第45話 残党(前編)
モンスターの部位の採集依頼と、南西の森への護衛依頼。
二つの依頼を達成してまとまった額の路銀を得た二人はその後、数日かけて商業区や歓楽街をのんびり見て回った。
そして今日、食料や飼葉などをしっかり買い込んだベンゼル達は、後ろ髪を引かれながらゴインを後にした。
ハーヴィーン王国への帰り道でまたゴインに寄ったら、その時はちゃんと節度をもって再びカジノを楽しもうと約束して。
「――オルバンって農業が盛んな街でしたっけ?」
「ああ。何でも、スコルティア帝国に流通する農産物の半分以上を賄っているそうでな。城壁の中だけでなく、外にも農地があるらしい。こう、城壁の周りをぐるーっと畑が囲んでいるそうだ」
リディーが広げていた世界地図を覗き込むと、ベンゼルはゴインの西北西に位置する街――オルバンを指で丸くなぞった。
『そうでな』『らしい』と曖昧な表現なのは、実際に見たことがないからだ。
前回の旅では回り道になるので、グレキンと同様、ベンゼル達はオルバンには寄っていなかった。
「へえ、畑がいっぱいなんですね! ってことは、私の村に似ているのかな?」
「牧歌的な街と聞いたことがあるから、雰囲気は近いかもしれないな」
「だったらいいなー! 私、あののんびりした雰囲気好きなんですよね! あ、もちろん都会も好きですけど!」
「そうか。じゃあオルバンも楽しめそうだな」
「はい! 今から楽しみです!」
☆
それから数週間が経ち――
「わぁ!」
高くそびえる岩の壁が見えてきたところで、リディーが目を輝かせた。
「これは見事だな」
城壁の外周を鮮やかな緑が囲んでいる。
辺り一面に畑が広がっているその光景に、さすがは農業都市と呼ばれているだけある、とベンゼルは感心した。
「あれだけ葉をつけているということは、そろそろ収穫の時期ですね!」
「へえ、わかるのか。さすがは農家の娘だけあるな」
「えへへ。あー、見てたら、お野菜食べたくなってきちゃいました!」
「うん、確かに。よし、着いたらさっそく飯にしよう。今日の昼飯は野菜尽くしだ」
「やった! じゃあ私――」
その後もオルバンに着いてからの予定を話し合っているうちに、ベンゼルたちは門までやってきた。
初めて見る街並みに期待を膨らませながら門をくぐる。
「……ん?」
「あれ?」
通りには酒場や飲食店といった店が立ち並んでおり、ずっと先にはほかの建物よりひと際大きな家があった。
きっと、あれが領主の館なのだろう。
さらに奥には、このオルバンの一番の特徴とも言える広大な畑が広がっていた。
話に聞いていた通り、確かに穏やかな街並みだ。
だが、穏やかなのはその風景だけ。
そこにいる人々の表情は皆暗く、街に重い空気が流れていた。
ルキウス達と旅していた時に、散々目にした街々のように。
「……何か事件でもあったんでしょうか?」
「だろうな。……よし、話を聞いてみよう」
ベンゼルはシュライザーを停止させると、近くに立っていた壮年の男に声を掛けた。
「すまない。話を聞きたいんだが、この街に何かあったのか? 皆、浮かない顔をしているようだが」
「ん? ……ああ、観光客か。だったらさっさとこの街から逃げるんだな」
「と言うと?」
「北の森で行方不明者が続出してんだ。んで、領主様は捜索のために兵士を何人か送ったんだが、そいつらも帰って来ねえ。きっと、そこにいたモンスターに全員殺されちまったんだろうよ」
「ほう、それで?」
「領主様お付きの兵士達が敵わない相手だ、モンスター避けも効果をなさねえだろう。ってことは、そのモンスターがいつこの街に来てもおかしくねえ」
「なるほど。皆、その可能性を恐れているということか」
「ああ。だったら他の街に逃げればいいと思うかもしれねえが」
彼らにも生活がある。
もしかしたらモンスターがこの街に来るかもしれないという、まだ予測に過ぎない状況で仕事をほっぽりだす訳にもいかないのだろう。
「いや、そう簡単な話でないことはわかる」
「そうかい。ま、あんたは俺達と違って、この街に留まる理由はねえだろ? だから今のうちに逃げろってことだ」
「そういうことか。わかった、そうさせてもらう。話を聞かせてくれてありがとう」
ベンゼルは男に頭を下げると、再びシュライザーを発進させた。
男にはああ言ったが、もちろん逃げるつもりなんてさらさらなかった。
「……もしかして、また突然変異したモンスターの仕業でしょうか?」
「わからん。が、俺達がやることは一つだけだ」
「俺達って、えっ? 私も連れてってくれるんですか!?」
「ああ。そもそも駄目だと言っても、お前は聞かないだろう?」
「まあ、それはそうですけど」
あははと笑うリディーに、ベンゼルは「フッ」と笑みをこぼした。
「さあ、まずは詳しい話を聞きに行くぞ」
「はいっ!」
ベンゼルは自分がなすべきことを果たすべく、ひとまず領主に会いに行くことにした。
☆
数十分後。
ベンゼル達は広々とした部屋の中で、眼鏡を掛けた女性と向かい合っていた。
この賢そうな女性こそが、このオルバンの領主だ。
お互いに会うのは初めてだったが、自己紹介や挨拶もほどほどにベンゼルが本題を切り出す。
「――で、北の森で行方不明者が続出していると聞いたのですが、詳しく聞かせてもらえますか?」
「ええ。まず、最初の行方不明者は二十代の男性。依頼仲介所の職員によると、彼は三週間ほど前に依頼を受け、ここから北の森に行ったそうです。しかし数日経っても戻って来ず、彼の知人達が捜索に向かったと聞いています」
「その彼らも戻って来なかった?」
「はい。そしてそんな彼らを探しにいった方達も。その知らせを一週間前に受けた私は、五名の兵士を森に向かわせました。皆、二等魔法を習得している強者だったのですが、未だ戻らず……。それでちょうど今、帝都に兵の派遣をお願いしようと考えていたところなのです」
「なるほど。それで街の人はモンスターの仕業だと言っていましたが、どのようなモンスターかわかりますか?」
「いえ……。そもそも、モンスターの仕業かどうかもわからないのです。何せ、戻ってきた者がいないものですから」
どんなモンスターかわかれば、それに合わせた戦い方ができる。
そう思って領主に話を聞きに来たが、新たな情報は得られなかった。
(まあ、仕方ない。相手が何であれ、やるべきことは変わらない)
「わかりました。では私達がその何者かの討伐および、行方不明者の捜索をしてきます」
「……よろしいのですか?」
「はい、もちろん」
「ありがとうございます。……実はベンゼル様が来てくださった時点で、私のほうからお願いするつもりでした。本当に恐縮ですが、何卒お願い致します」
「ええ。それで北の森というのは」
「はい、こちらです」
領主はテーブルにスコルティア帝国の地図を広げると、オルバンの北にある森を指差した。
「思っていた以上に大きな森だな」
「ですね。歩いて探していたら日が暮れちゃいそうです」
今回はモンスターの討伐だけでなく、行方不明者の捜索も目的の一つだ。
普通に考えればもう既に命はないだろうが、少しでも生存の可能性が残されている以上は急いだほうがいい。
「シュライザーの力を借りよう。馬車さえ外してやれば、あいつならどれだけ木が生えてようが関係ない」
「そうですね! あの子に乗って探せば速いですし!」
「よし、決まりだ。いくぞ」
「ベンゼル様、リディー様、どうかお気をつけて」
二人は領主に力強く頷いて、館を後にした。
そのまま入り口に待たせていたシュライザーのもとに戻ると、さっそく協力を申し出る。
「――という訳でな。疲れているところ悪いが、お前の力を貸してもらえないか?」
「ブルッ! ブルルンッ!」
「そうか、ありがとう。じゃあさっそく始めよう。リディー、お前はそっちを頼む」
二人は手分けして繋いでいる馬車を外す。
そして鞍を装着し、手綱を乗馬用のものに付け替えた。
「ほら」
ベンゼルは慣れた手つきでシュライザーの背中に跨ると、リディーに手を差し出した。
その手をリディーがおずおずと取ったところで、彼女を引っ張り上げる。
「振り落とされないよう、しっかり捕まってろよ」
「は、はい!」
リディーはこれが初めての騎乗となる。
だから怖いのだろう、凄まじい力でぎゅっと抱き着いてきた。
正直少し可哀想だが、今はそんなことを言っていられる状況ではない。
ベンゼルは心を痛めながらも、シュライザーを発進させた。
「――よし。シュライザー、飛ばしていくぞ」
「ブルッ!」
街の外に出たところでベンゼルが手綱を引くと、シュライザーはタタタッ、タタタッと駆け出した。
そのスピードはみるみるうちに上がっていき――
「ひいいいぃぃぃ!」
リディーの悲鳴を置き去りにした。
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