第49話 ドルガンとの再会(中編)

 ◆



 帝都ダルウィンへの道中。

 遭遇した盗賊達の処遇を巡ってベンゼルとルキウスが衝突、口論の末にルキウスが勇者権限を行使し、彼らは帝都に連行することに決まった。

 そして縛り上げた盗賊達を馬車の荷台に乗せた。


 これはその後の話だ。


「一つ聞いてもいいかな?」


 馬車を走らせてからすぐ、荷台からルキウスの声が聞こえてきた。

 ひと呼吸おいて、「ああ」と野太い声が上がる。


「君達は剣を持っていたけど、握り方が不自然だった。もしかして武器を手にしたのって、つい最近なんじゃない?」

「……そうだ」

「やっぱり。それなのにどうして盗賊になろうと思ったの? 普通、盗賊って腕に覚えがある人がなるものだと思うんだけど」

「……そんなの聞いてどうする」

「いや、ちょっと気になってさ。話したくないなら別にいいんだけど」


 大きな溜め息が聞こえてくる。

 それから少しして男が話し始めた。


「俺達は三人で宝石屋を営んでいたんだ。まあ、それなりに繁盛してな」

「うん」

「そろそろ二店舗目でも開くかと意気込んでいた時に、魔族が現れやがった。それからピタリと客が来なくなった。まあ、無理もねえ。いつ死ぬかわからないという状況で、宝石を買おうとする奴なんていねえ」

「……それは確かに」

「その頃、俺はガキが生まれたばかりでよ。何かと金が掛かって、貯金はすぐに底を突いちまった。そっちの二人も親が病で倒れたり、育ち盛りの子供がいたりでな。んで、とにかく金が必要だった俺達は――」

「盗賊になることにしたんだね」

「ああ。まあ、最初はまっとうに仕事を探していたんだが、このご時世だ、どこも雇っちゃくれねえ。そして腹を括ったというわけだ。その結果がこの有様だがな」


(家族のため、か)


 話を聞いて、ベンゼルは彼らの境遇に同情した。

 だが、共感はしない。

 どんな理由があったにせよ、悪事に手を染めていいことにはならない。


「なるほど。そんな事情があったんだね。……それで実際に盗賊になってみて、どう思った?」

「どうって、別に何も――」

「本当に?」

「……まあ、向いてねえとは思ったよ。人様を傷つけるなんて、俺にはとてもできねえ。見ろよ、たかが剣を向けただけなのに、まだ手が震えてやがる」

「後悔してる?」

「まあな」

「……わかった。じゃあ、もう二度と同じことをしないと誓うのなら、街に着いたら解放してあげる」


 ベンゼルは大きく溜め息を吐くと、馬車を止めた。

 呆れた顔で荷台に振り返る。


「ルキウス、さすがに見逃すのはやり過ぎだ。こいつらが罪を犯したのは紛れもない事実なんだ。罰せられるべきだろう。違うか?」

「うん、今回は君が正しいよ。これは僕のわがままだ」

「……なぜそこまでこいつらを労わる?」

「理由は色々あるよ。まず、もう二度と同じ過ちをしないとわかったから。他に被害に遭った人がいたら話は別だけど、今回が初犯のようだしね」

「それで?」

「後は小さい子供からお父さんを奪うのが嫌だったから。それと兵士の皆さんの手を煩わせたくなかったのもあるかな」


 スコルティア帝国の兵士は、大半が魔族との戦いに出向いていると聞いている。

 各街には数えるほどの兵士しか残っておらず、その僅かな人員のみでモンスターの討伐と治安の維持を行っているという状況だ。

 これ以上の負担を掛けたくないというのは頷けるし、子供のためというのもわかる。


「……でも、一番は自分に対する怒りかな」

「怒り?」

「僕がもっと早く勇者になっていれば。もっと先を急いでいれば。そうしてもっと早く魔王を倒せていたら、彼らはこんなことをしないで済んだと思ってね」

「……ルキウスさん。あなたが責任を感じる必要はどこにもありません」


 フィリンナの言う通りだ。

 勇者は女神様が選定するのだから、ルキウスの意志は関係なく、遅いも早いもない。

 それに自分達は道草を食うこともせず、とにかく先を急いでここまでやってきた。

 ルキウスが自分を責めるのは筋違いだ。


「うん。わかってはいるんだけど、どうしてもね」


 困ったように笑うルキウスに、ベンゼルは励ましの言葉を掛けようとして――辞めた。

 ここでどんな言葉を掛けたとしても、彼の考えは変わらないだろうから。

 なら、せめてルキウスのわがままを聞いてやろうと、ベンゼルは思った。


「……お前の気持ちはわかった。そいつらのことは好きにしろ」

「うん。ありがとう」


 ベンゼルは溜め息を吐きつつ正面に向き直ると、シュライザーの手綱を動かした。

 ほどなく、「ちょっといいか」と盗賊が切り出した。


「さっき、『もっと早くに勇者なっていれば』って言ってたが……もしやあんたは」

「そういえば名乗ってなかったね。僕はルキウス、こう見えても勇者なんだ」

「そうか、あんたが」

「魔王は必ず僕達が倒すから。だからそれまで、もう少しだけ頑張って」

「……ああ。その、すまなかった」

「うん。それで君達、名前は?」

「俺はドルガン。そっちがベベ。んで、こっちがギレンだ」

「ドルガン、ベベ、ギレンだね。改めて聞くけど、もう二度と同じことをしないと誓うなら、君達は解放する。どうする?」

「……本当にいいのか?」

「うん」

「……誓う。女神に誓って、二度とこんなことはしねえ。これからはまっとうに生きる」


 その声色は真剣みを帯びていた。

 まるで結婚式で新婚夫婦が生涯共に寄り添うことを女神に誓うかのように。

 そんなドルガンに他の二人も続いて宣言する。


「わかった。約束だよ」


 剣を抜く音が聞こえた直後、何かを斬る音が聞こえてきた。

 彼らを縛り上げていた縄を斬ったのだろう。


「それとこれ。少ないけど使って」


 何だろうと後ろを向くと、ルキウスがドルガンに金が入った巾着袋を差し出していた。


(まったく、どこまでお人好しなんだ)


 まあ、あの金はルキウスが自宅から持ってきた個人の小遣いであり、どう使おうが自由だ。

 俺がとやかく言うべきことではないと、ベンゼルは口を挟まなかった。


「私のも使ってください」

「えっ!? ……うーん、仕方ないかぁ。はい、あたしのも」


 ルキウスに続き、フィリンナとゼティアもそれぞれの巾着袋を差し出す。


「い、いいのか?」

「うん。お金に困ってるんでしょ? 遠慮せず使って」


 その言葉を受け、盗賊達は揃って頭を下げた。

 泣いているのか、鼻をすする音が聞こえてくる。


「……すまねえ。何から何まで、本当にすまねえ」

「いえいえ」

「この恩は絶対忘れねえ! 俺達にできることがあれば、何でも言ってくれ!」

「いや、別にお礼なんて――」

「そういう訳にはいかねえ! 俺も男だ。受けた恩には必ず応える!」


 ルキウスがうーんと唸る。

 少しして、何か思いついたのか「あっ」と声を上げた。


「じゃあ、さっそくいいかな?」

「おう! 何でも言ってくれ!」

「街に戻ったら、何か人のためになることをしてほしいかな。魔族のせいで困っている人達は他にも多くいると思うから」

「人のためになること……」

「うん。できる範囲でいいから」

「……わかった! いや、わかりやした! 俺達で何ができるか考えてみやす!」

「お願いね」

「へい! ところでルキウスの旦那」

「だ、旦那?」


 きょとんとするルキウスに笑いが起きる。

 そんな中、ベンゼルだけは表情を変えることなく、無言で手綱を動かしていた。




 その晩。

 夕食の後、ルキウス達が今晩の見張りの順番を話し合っている中、ドルガンが「見張りは俺達に任せてくだせえ」と言ってきた。

 ルキウスはその申し出をありがたく受け入れ、四人は横になっていた。


 ただ、ベンゼルだけは寝たふりをして、ドルガン達の様子を窺っていた。

 先ほど、盗賊にならざるを得ない理由を話していたが、口では何とでも言える。

 あれが嘘だった場合、彼らが仕掛けてくるのは自分達が眠りに就いた今だ。


(来たか)


 ルキウス達が寝息を立ててから一時間ほど経った頃、ドルガンがこちらに近づいてきた。

 ベンゼルは剣に手を掛けつつ、薄目で彼の動向を追う。

 すると、ドルガンはゼティアに毛布をかけ直して、元の場所に戻っていった。


 昼に、自分は彼らのことを『こんな時に盗賊をしているのは根っからの屑。人を簡単に殺しかねない』と判断を下した。

 だからそうなる前に殺そうとした。

 しかし、それは見当違いだった。

 ルキウスは『僕はそうは思わない』と言っていたが、その通りだった。


「フッ」


 ベンゼルは自分の見る目のなさに自嘲すると、ドルガン達に近づいていった。


「おっ、どうしたんですか、ベンゼルの旦那」

「少しいいか」

「へい、何でしょう」


 立ち上がったドルガン達に、ベンゼルは深々と頭を下げた。


「俺はお前達をどうしようもない屑と称し、殺そうとした。しかし、お前達が盗賊になった理由を聞いて、そして今の態度を見て、それが間違いだったことに気付いた。……すまなかった」

「よ、よしてくだせえ! 悪いのは俺達なんすから!」

「それでもお前達は根っからの悪人ではなかった。命を奪っていい理由にはならない。本当にすまなかった」

「わっ、わかりやした! 許します! だから、ほら、頭を上げてくだせえ!」


 許しを得て、ベンゼルは彼らと視線を合わせた。


「ありがとう」

「え、ええ! それより旦那。聞いてほしいことがあるんですが、いいですかい?」

「ん? 何だ?」

「昼に俺達はルキウスの旦那に、『人のためになることをしてほしい』と言われやした。それで今、三人で何ができるか話し合ってたところでして」

「ほう、それで?」

「食料や雑貨などを幅広く扱う商店を開こうかなって。そして赤字にならない程度に、とにかく安く商品を提供するんです。そしたら金に困っている人の役に少しは立てるかなと。どうですかね?」


 それを聞いて、ベンゼルは素晴らしい考えだと思った。

 だが、一つ大きな問題がある。


「いい考えだ。ただ、お前達にはその元手がないんじゃないのか?」

「そこはルキウスの旦那達から頂いたのを使わせてもらうつもりです。……まあ、その分、売上が安定するまでは家族に苦労を掛けることになりやすが」


 彼らは自分の家族を大切に思っている。

 何せ、食わせるために盗賊にまでなったのだ。

 その家族に負担を強いてまで商店を開こうとするのは、ルキウスとの約束を大切に思っているからだろう。


「……他に案はないのか?」

「へい。……俺達にできるのは商売くらいですから」

「そうか、わかった。少し待ってろ」


 ベンゼルは荷馬車に歩き、大きな巾着袋を手に取った。

 これはベンゼル個人の金だ。

 長年、兵士としてハーヴィーン王国に勤めていただけあって、結構な額が入っている。

 旅の途中で金が必要になるかもと思って一応持ってきてはいたが、結局一度も使うことはなかった。


「これを店のために使え。ルキウス達の金は家族のために使うといい」


 巾着袋を差し出すと、ドルガン達は驚きに目を見開いた。


「だ、旦那! さすがにこんな大金を受け取る訳には――」

「何も言わずに受け取れ。気が引けるようなら、昼間の詫びということにしてくれていい」

「……本当にいいんですかい?」

「ああ。無駄遣いはするなよ」

「もちろんです! この金は仕入れのために使わせてもらいやす! そして人々の生活の支えになる店を開くと誓いやす!」


 真剣な顔を向けてくるドルガンに、ベンゼルは笑みをこぼした。


「期待してるぞ」

「「「へい!」」」




 三日後。

 帝都ダルウィンに到着したベンゼル達は、商業区の外れに来ていた。


「――ここです」


 それを受け、ベンゼルはガラス張りの建物の前で馬車を止める。

 中を見てみると、いくつかのガラスケースがあり、そこに大小様々な綺麗な石が並べられていた。

 突き出し看板には『ドルガン宝石店』とある。


「ここまで連れてきてもらってありがとうございやした」

「どういたしまして」

「これから俺達は、この店を『ドルガン商店』に生まれ変わらせます。そして商売を通して、街の人のために役に立っていきやす」

「ああ、頑張れ」

「へい! それで最後にお願いがあるんですが」


 ルキウスが「ん?」と首を捻る。

 すると、ドルガンは途端に真面目な顔をした。


「魔王の野郎をぶっとばしたら、またここに来てくだせえ。そうして旦那達との約束をちゃんと果たしている俺らを見てほしいんです」

「わかった。また帰り道にここに寄るよ」

「ありがとうございやす! 待ってるので、必ず無事にまた顔を見せてくだせえ!」

「うん。約束するよ」


 ルキウスがドルガンと固く握手を交わす。

 そして彼らに別れを告げた勇者一行は、そのまま城へと向かうのだった。



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