第50話 ドルガンとの再会(後編)

「――ど、どういう関係なんですか?」


 それまであ然としていたリディーが、いよいよ尋ねてきた。

 大の大人が大の大人に号泣しながらしがみついているのだ、気になって当然だろう。


「こいつはな――」


 ベンゼルはドルガンを強引に引き剝がし、リディーに彼との出会いから別れまでを順を追って話した。


「――なるほど。そんなことがあったんですね」

「ああ。……っと、落ち着いたようだな」


 両手で顔を抑えて俯いていたドルガンが頭を上げた。

 目は真っ赤で、自慢の髭は涙と鼻水でべちゃべちゃになってしまっている。


「……すいやせん、お連れさんの前だってのに」

「気にするな。さあ、紹介しよう。彼女はリディー、ルキウスの妹だ」


 リディーがぺこりと頭を下げると、ドルガンは大きく目を見開いた。


「ルキウスの旦那の……」

「はい! 改めまして、リディー・スプモーニアっていいます! よろしくお願いします!」

「は、はじめまして! 俺はドルガンっていいやす! あなたのことはルキウスの旦那からかねがね。こちらこそよろしく頼みやす!」


 ドルガンは腰を直角に折った。

 そして頭を上げると、先ほどまでとは一転して悲しそうに眉を下げていた。


「その、ルキウスの旦那のことは本当に残念で……どうして旦那が……うぅ」

「えっ、あっ」


 再び涙ぐんでしまったドルガンに、リディーは困惑していた。


「おい、お前が泣いてどうする。見ろ、リディーが困ってるぞ」

「……へい。すいやせん、リディーの姐さん」

「ああ、いえ! そんなにもお兄ちゃんのことを大切に思ってくれて、ありがとうございます!」

「それはもう! 俺にとって、ルキウスの旦那はかけがえのない恩人でしたから……。あっ、もちろんベンゼルの旦那やゼティアの姐さん達も同じくらい大切に思ってやすよ!」

「フッ、そいつはどうもありがとう。ところで――」


 それからベンゼル達は互いに近況を話した。

 ドルガン達は今もあの時の約束を守っており、人のため、格安で商品を提供しているとのことだった。

 店をこの好立地に移転したのも、その一環だったようだ。


 姿が見えない他の二人――ベベとギレンは商品の仕入れのため、各地を飛び回っているとのこと。

 三人とも元気でやっており、その家族も皆、不自由なく暮らせているようだ。


 盗賊だった彼らが改心し、今は人々の役に立つため尽力している。

 それがわかって、ベンゼルは嬉しく思った。


(あいつらにも伝えてやらないとな)




「――それで話は変わるんだが、実はお前に頼みたいことが三つほどあってな」

「おっ! 何でも言ってくだせえ!」

「ありがとう。じゃあ、まずはここに書いてある物を、この金で足りる分だけ用意してほしい」


 ベンゼルは前もって用意していたメモと、路銀が入っているのとは別の巾着袋を差し出した。

 これはこの時のため、今まで手をつけてこなかったベンゼル個人の金だ。


「失礼しやすね。えー、食料に酒、日用雑貨に子供用のおもちゃですか」

「ああ。可能な限り大量に用意してほしい」

「大量にって、具体的にはどのくらいをお考えに?」

「そうだな……。大きな荷馬車が満杯になるくらいあれば助かる」

「それはまた結構な量で。そんな大荷物、一体どうするつもりなんで?」

「確かに。これって私達用じゃないですよね?」


 リディーが首を傾げた。

 このことはリディーにも伝えていなかったので、疑問に思うのも当然だ。


「世話になった奴への礼だ。悪いが、今はそれだけしか言えん」

「わかりやした! もちろん任せてくだせえ! ……ただ、それだけの多くの荷物となると、揃えるのに少し時間を頂きやすが」

「それは構わない。この後、この帝都を数日かけて観光して、それが終わったら北のマッカに行くつもりでな」

「そうでやしたか! なら、マッカから戻って来られるまでに用意しておきやす!」

「頼む」


 ドルガンは「任せてくだせえ!」と豪快に自分の胸を叩いた。

 頼もしい限りだ。


「ただ、旦那から金は受け取れねえ。この荷物を揃える金は俺が――」

「いや、そういう訳にはいかない。さっきも言ったが、これは世話になった奴への礼の気持ちでな。俺の金でなければ礼にならん。だから素直に受け取ってくれ」

「……わかりやした。ベンゼルの旦那がそう言うのなら」

「ああ。それで二つ目の頼みだが、荷が用意できたら馬車にそれを載せて、俺達についてきてほしいんだ。往復で二週間くらいの旅になると思うんだが……頼めるか?」

「聞かれるまでもねえ! 喜んでお供させて頂きやす!」

「そうか、悪いな」

「へへっ! あ、それで旦那、頼みたいことが三つあるって仰ってやしたが、あと一つは?」

「ああ、それは目的地に着いてから言わせてもらう」

「そうですか。へい、わかりやした! んじゃ、さっそく頼まれた品を用意いたしやす!」

「頼りにしてるぞ」


 その後、ベンゼル達はドルガンにしばしの別れを告げると、店を出た。


「さて、これで用事は終わりだ。という訳で、お待ちかねの観光といこう」

「はいっ! あ、まずは腹ごしらえしませんか? 甘いもので!」

「……よく飽きないな。まあいい、じゃあカフェでも探すか」

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