第34話 激闘を終えて

 数時間かけて、ベンゼル達はエヴァリアムスの近くまで戻ってきた。

 西門に向かうと、出発時にはいなかった門番達が目に入る。


 やがて彼らもこちらに気付いたようで、手を振ってきた。

 知らない顔だ。

 きっと、民と一緒にシェルターに避難していたのだろう。


「お帰りなさい! 大将から話は聞いております! それでミュー・レッドグリズリーのほうは……?」

「ああ、倒した。死傷者もゼロだ」


 そう言うと、兵士達は「おおっ!」と歓喜の声を上げる。

 間もなく、揃って頭を深く下げてきた。


「「この度はお力をお貸しくださり、本当にありがとうございます!」」


 明るい声色で言ってくる門番達に、ベンゼルが「どういたしまして」と返す。

 その直後、一緒に戦った兵士のうちの一人――少佐である強面の男性が荷台から顔を出してきた。


「大将達のほうはどうなった? ミュー・レッドグリズリーを倒せたのか?」

「あっ、少佐! はい、二体とも討伐できたとのことです!」

「そうか。……それで犠牲者は?」

「いません! 何名か負傷者は出てしまったようですが、全員命に別条はないとのことで!」


 その言葉に少佐を始めとした兵士達はもちろん、ベンゼルとリディーも安堵の溜め息を吐いた。


「よかった。それで大将は大統領府か?」

「はい! 大統領閣下と一緒に少佐達のお帰りを待っておられます!」

「わかった、ありがとう。では、ベンゼル様」


 顔を向けてくる少佐に頷いて、ベンゼルはシュライザーを発進させた。


 そうして街の中に入ると、先ほどまではなかった人々の姿があった。

 脅威がなくなったからだろう。

 これまで訪れた街と同様に、皆、笑みを浮かべている。


 その様子にベンゼルとリディーは頬を緩めた。



 ☆



 外と同様、大統領府の中も喧騒に包まれていた。

 事後処理に追われているのか、皆、せかせかと動き回っている。

 けれども、その表情は明るかった。

 まるで忙しく働けることが嬉しいかのように。


 そんな彼らを微笑ましく思いつつ、前を歩く兵士達についていくことしばし。

 少佐がひときわ大きな扉を押し開け、中に入っていく。

 ベンゼルも一歩遅れて部屋に入ると、大将とモノクルを掛けた賢そうな男性が目に映った。

 ここ、アメリオ共和国の現大統領だ。


 近づいていくと彼らも自分達に気付き、大将が嬉しそうな顔で口を開いた。


「おお、戻ったか!」

「はっ! 報告いたします! 作戦通り、おびき寄せたミュー・レッドグリズリーは無事討伐できました。死傷者もおりません!」


 大将と大統領が同時にほっと息を吐く。


「そうか! それは本当によかった。……ご苦労。お前達はもう下がっていい。ゆっくり休め」


 少佐達は返事をすると、大統領と大将に順に一礼する。

 そしてベンゼルとリディーにも深く礼をしてから部屋を出ていった。

 バタンと扉が閉まった音が聞こえたと同時、大統領が歩み寄ってくる。


「お久しぶりです、ベンゼル様。ようこそお越しくださいました」

「ご無沙汰しております、閣下。お変わりないようで何よりです」

「ベンゼル様も。目を覚ましてくれて幸甚こうじんの至りです。それで隣にいらっしゃるのがハーヴィーン王が仰っていた?」

「ええ。リディーです」

「初めまして! リディー・スプモーニアと申します!」

「リディー様ですね。私は――」


 そうして挨拶と自己紹介を終えたところで、大統領が真剣な顔で切り出した。


「ベンゼル様。大将から話は伺いました。魔の手から世界を守ってくれた上で、我が国の窮地まで救ってくださって。本当に何とお礼を申し上げればよいか」

「いえいえ、そんな。当然のことをしたまでですよ」


 ベンゼルが大統領にそう答えると、大将と共に深々と頭を下げてきた。

 ほどなく、大統領がリディーに向き直る。


「リディー様。他国であるにもかかわらず、我々のために危険をかえりみずに戦ってくださり、誠にありがとうございます。ルキウス様に似て本当にお優しいお方だ。あなた方ご兄妹には感謝してもしきれません」

「あっ、ど、どういたしまして!」


 慌てるリディーにも二人はこうべを垂れる。

 そんな彼らの様子に、心の底から感謝してくれているのが伝わってきて、ベンゼルは嬉しい気持ちになった。


「では、大将」


 大統領の呼びかけに大将が頷く。

 部屋の奥に歩いていき、机からやたら大きな巾着袋を手に取ると、そのまま戻ってきた。


「つきましては、アメリオ共和国からの感謝の印として、こちらをお受け取りください」


 大統領が言い終えると、大将が巾着袋を差し出してくる。

 反射的に受け取ると、ズシリとした重みが手に伝わると同時にじゃらじゃらと音が鳴った。


 察しはついたが、一応確認のためベンゼルは口を開けてみる。

 入っていたのはやはり大量の金貨。

 数年は遊んで暮らせる額だ。


 そんな大金、受け取る訳にはいかない。

 なぜなら魔族の出現により、どの国も経済的なダメージを受けていることを知っているからだ。

 仮に余裕があったとしても、その金は国民のために使ってあげてほしい。

 ベンゼルはそう考えている。


 だから、各国の王からお礼をしたいと言われても、ベンゼルは金を受け取らなかった。

 それは今回も変わらない。


 ベンゼルは無言で巾着袋の口を閉じると、大将に差し出した。


「ありがとうございます。しかし、こちらは受け取れません。そのお気持ちだけで十分です」

「いえ、そういう訳にはいきません。ぜひお受け取りください」


 大統領が食い気味でそう言ってくる。

 大将も巾着袋を受け取ろうとしない。

 一度ならず二度までも救われた立場として、お礼をしない訳にはいかないと思っているのだろう。


 だが、そこで折れるベンゼルではない。

 国民のために使ってくれ、と大将に巾着袋を押し付ける。


 しかし、相手も中々強情で、ベンゼルと同じく引こうとしない。

 それから押し問答を繰り返すことしばらく。

 なおも折れてくれない大統領に、ベンゼルは頭を悩ませた末、妥協案を出すことにした。


「大将。同行してくれた兵士に聞いたのですが、ミュー・レッドグリズリーの討伐に参加した者には特別報酬を出すのでしたよね?」

「ええ」

「それはいくらですか?」

「えっ? あっ、えー、一人当たり金貨十枚と考えておりますが……」

「そうですか」


 ベンゼルは巾着袋の中から、金貨を二十枚手に取った。


「では、私とリディーの二人分でこれだけ頂戴します。頑張ったのは皆同じですから、特別扱いは不要です」

「いや、そういう訳には! 魔族から世界を救ってくれたことへのお礼もありますし!」

「そちらは必要ありません。他国からも受け取っておりませんので、お気になさらず」


 そう言うと、大統領は「うーん」と唸る。

 少しして、諦めたように頷いた。


「……わかりました。では、せめて美味しい食事とお酒を用意しますので、お二人をおもてなしさせてください」

「ありがとうございます。それなら喜んで」

「よかった。なら今日はお疲れでしょうから、明日の夕方頃はいかがでしょう?」

「はい、大丈夫です」

「そうですか! では、ご足労をおかけいたしますが、明日の17時にまた大統領府にお越し頂けますか? 本日は宿を用意しますので、そちらでお休みください」

「承知いたしました。ありがとうございます」


 大統領と大将に頭を下げてから、ベンゼルとリディーは大統領府を出た。

 その瞬間、リディーが「ふあぁ~」と大きなあくびをする。


 さすがに疲れたのだろう。眠そうな顔をしている。


「さあ、宿にいって休もう」

「ふぁい……」


 入り口で預かってもらっていたシュライザーを引き取ると、二人は真っ直ぐに用意してもらった宿に向かう。

 やがて到着し、部屋に上がって防具を外した途端、リディーはベッドに倒れ込む。

 すぐにスヤスヤと寝息が聞こえてきた。


(リディー、今日は本当によく頑張ったな。ゆっくり休め)


 ベンゼルは頬を緩め、リディーにそっと毛布を掛けた。

 そして自分も鎧を脱ぐと、隣のベッドに潜り込む。


 これだけ疲れたのは久々だな。

 そんなことを思いながら目を閉じると、あっという間に眠りに就いた。



 ☆



 翌日。

 よほど疲労が溜まっていたのだろう、二人が目覚めた時にはもう昼過ぎだった。

 風呂に入って汚れを落とし、遅めの昼食をとると、二人は宿を出る。


 そうして街の中心部に向かって歩くことしばらく。


「おお」

「わぁっ!」


 広々とした広場に出た瞬間、二人は感嘆の声を上げた。


 あちこちから聞こえてくる音楽の数々。

 顔を向けると、ギターをかき鳴らしている人に笛を吹いている人、ボンゴを叩いている人や歌を歌っている人など、それぞれの手法で音楽を披露している人達が目に入る。


 少し視線をずらすと、自身の前にイーゼルを置いた人々の姿があった。

 彼らはキャンバスに向かって小刻みに筆を動かしている。


 反対側に顔を向ければ、今度は石や氷を器用に削っている人達が見えてくる。


 そんな彼らの周りには多くの人が集まっており、皆、楽しそうに笑みを浮かべていた。

 きっと、これがエヴァリアムスの本来の光景なのだろう。

 ベンゼルとリディーも彼らに釣られて顔を綻ばせる。


「よし、俺達も一つずつ見て回ろう」

「はいっ!」


 その後、二人は軽快な音楽に身を揺らしたり、上手な絵に感心したりと、それぞれの芸術を楽しみながら広場を一周した。


 やがて全てを見終えたところで、突然若い男に声を掛けられた。

 話を聞くとその男は劇団員のようで、今から劇場で演劇があるからよかったらどうかとのこと。

 ベンゼル達は「ぜひ」と答えると、その場でチケットを購入し、劇場へ移動した。



「――ふー、面白かったですね!」

「ああ。これまであまり触れてこなかったが、演劇というのもいいものだな」

「ですね! ねっ、また帰り道でここに寄った時、見に行きましょうよ!」

「そうだな、そうしよう。ルキウス達にも感想を話してやりたいしな」


 そう言うと、リディーは「やった!」と嬉しそうに呟いた。

 そんな彼女を微笑ましく思いつつ、ベンゼルは広場の中央にある大きな時計に目を向ける。


 時刻は16時半前。

 もう大統領府に向かったほうがいいだろう。


「よし、そろそろ大統領府にいくぞ。遅れる訳にはいかないからな」

「あっ、はい!」


 しばらくして大統領府に着くと、大統領や大将を始めとした多くの人に歓迎された。

 その後、美味しい料理と酒を堪能しつつ、芸術の国ならではの演奏や舞踊を楽しむのであった。

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