第42話 愛馬へのプレゼント
フィリンナの墓参りから二日後の朝。
「ルゼフさん! 今日が何の日だかわかりますか?」
着替えをしながら顔を向けると、リディーは笑みを浮かべていた。
ベンゼルはフッと笑うと、「当たり前だ」と大きく頷く。
「シュライザーの誕生日だろ?」
「はい! それでルゼフさん、何をあげるかってもう考えてます?」
「ああ。俺は飼葉を贈るつもりだ」
「えっ? 飼葉って、あの子には普段から良いもの食べさせてますよね? それ以上に良いものなんてあるんですか?」
自分とルキウスにシュライザーを貸してくれた時、ハーヴィーン王は健康面を気にしてか、『必ず最高級の飼葉を与えるように』と言っていた。
その言いつけを守るため、そして自分もシュライザーには健康でいてほしいという思いから、前回の旅ではもちろん、今回の旅でも極力最高級の飼葉を与えている。
もちろん、馬宿に宿泊する際も与える飼葉の銘柄は指定している。
そんな訳で『誕生日だから普段よりも良いものを』と、考えているであろうリディーが驚くのは自然なことだった。
「いや、俺が贈るのは不自然に安く、それでいて見るからに身体に悪そうな低品質のやつだ」
「身体に悪そうって……な、何でそんなのを?」
「前回の旅の途中、そんな飼葉を食わさせざるを得ない場面があってな。その時、あいつはいつにも増して美味そうに食っていたんだ」
「えっ、本当ですか?」
「ああ。よほど気に入ったんだろうな。その後もしばらくはその飼葉を要求された。まあ、身体に悪そうだから駄々をこねられても与えなかったがな」
「へえ、そうだったんですか! ……ってことは、もしかしていつもあげているご飯って、あんまり美味しくないのかな?」
リディーが首を傾げる。
普段あげている最高級の飼葉より、低品質のものを美味しそうに食べていたと聞かされれば、そう考えるのも無理はないだろう。
「いや、普段与えているものが不味いというよりかは、その時の飼葉が特別美味かったんだろう。毎日あげている餌はそれはそれで美味そうに食っているしな」
「あっ、確かに! じゃあ、ルゼフさんが言う通り、その安いご飯がすっごく美味しかったんですね! ……でも、安いご飯が高いご飯よりも美味しいだなんて」
「まあ、俺達も高くて健康的な飯より、安くて味が濃い不健康そうな飯のほうが美味いと感じることもよくあるからな」
そう言うと、リディーは顔をハッとさせた。
「確かに! シュライザーもきっとそれだったんですね!」
「あくまで予想だがな。という訳で誕生日くらいは健康面に目を瞑って、その安い飼葉を与えてやろうと思ったんだ」
「なるほどー! うん、それはいい考えですね!」
「そうか、そう言ってもらえてよかった。……あっ、このことは陛下には内緒だぞ?」
ベンゼルが口に人差し指を当てると、リディーは笑いながら明るく返事をした。
「それでお前は何をあげるか、もう決めているのか?」
「いえ、実はそれがまだ……。前から考えてはいたんですけど、中々いいものが思いつかなくって」
「そうか。なら目的の飼葉を探しつつ、店を色々見て回ってみるか」
「あっ、はい! ありがとうございます!」
「ああ。じゃあ行こう」
☆
アイルサには昨日と同様、平和な光景が広がっていた。
そのことを嬉しく思いながら商業区の中央部を歩いていたベンゼルは、他の店よりひときわ大きな店の前で足を止めた。
看板には雑貨屋と書かれている。
「よし、まずはここだ」
リディーが頷いたのを確認して中に入る。
広々とした店内には棚がいくつも置かれており、日用品から食料まで様々な品が並べられていた。
「いらっしゃいませ! 今日は何をお探しで?」
「馬の飼葉を買いに来たんだが、扱っているだろうか?」
「はい! うちで扱っていない物などありません! ささっ、こちらです」
若い男性店員の案内に従って店の奥へ進むと、角のコーナーに穀類に青草や干し草などが混ざったものが入った桶が複数あった。
お目当ての飼葉だ。
「うちが仕入れているのはどれも新鮮な材料を使っておりまして! もちろん、雑草などはしっかりと取り除いていますのでご安心を!」
売り文句を受けて桶の中を見てみれば、艶やかな緑色の草が見え隠れしている。
確かにこの飼葉は新鮮そうだ。
そのまま値札に視線を落とすと、普段購入している高級品よりかは安いものの、結構な値段だった。
それなりに上等なものなのだろう。
「そうか。しかし、この値段は手を出せないな。もっと安いものはないだろうか?」
今、ベンゼルが探しているのは、見るからに身体に悪そうな質の悪い飼葉だ。
記憶では前にシュライザーが気に入っていた飼葉は、もっと色がくすんでいたし、値段も安かった。
なので金銭的に余裕がないと嘘をつき、安い飼葉を見せてもらうように言ってみたところ、店員は渋い顔をした。
「うちで扱っているのはこれだけですね。安いものをお探しなら、もっと街はずれにある店に行かれたほうがよろしいかと。では、ごゆっくりー」
先ほどまでとは打って変わって店員は淡々と言うと、他の客のもとに走っていった。
金を持っていないと言ったベンゼル達は見限られたのだろう。
正直、気持ちがいい対応ではないが、商売である以上は仕方ない。
そんなことよりも良いことを聞いた、とベンゼルは口角を上げる。
「もっと街はずれにある店か。よし、さっそく行ってみよう」
☆
数十分掛け、二人は城壁沿いまでやってきた。
アクセスの悪さからか、中央部よりもだいぶ人の数が少ない。
それでも閑散としているとまではいかず、居住区のように落ち着いた雰囲気が漂っていた。
そんな街はずれに到着してからすぐ、『雑貨屋』と書かれた看板がベンゼルの目に入った。
先ほど寄った雑貨屋よりも一回りも二回りも小さく、外壁には年期が入っている。
さっそく中に入ると、ただでさえ広くない店内が棚と様々な品物で埋め尽くされていた。
「おっ、らっしゃい! ゆっくり見ていってくんな!」
「ありがとう。で、飼葉は置いているか?」
「ああ、もちろん! ほら、そっちの角だ」
筋骨隆々な男性店主が指差した先には、いくつかの桶があった。
その中には萎れた草や穀類、すっかり茶色くなってしまっている人参などが混合された状態で入っており、それらに白い粉末がまぶされていた。
見るからに質が悪い。
白い粉末は鮮度をごまかすための何らかの調味料だろう。
値段も普段買っている飼葉一杯分の二十分の一ほどの額で、異常に安い。
(これだ!)
不自然に安く、それでいて見るからに身体に悪そうな低品質な飼葉。
まさしくベンゼルが探していたものだった。
前にシュライザーに与えたのはアメリオ共和国で購入したものだったので、全く同じではないだろうが、まあそれほど違いはないだろう。
「これを一杯……いや、二杯分もらえるか?」
「二杯だな、あいよ! ちょっと待っててくんな!」
店主は桶を手に取ると、カウンターに戻っていく。
その直後、リディーがぼそっと呟いた。
「これ、本当に食べさせて大丈夫なのかな……」
リディーが心配するのも当然だ。
何せ素人目にもはっきりとわかるほど質が低いのだ、シュライザーの健康面を考えると勧んで与えたいものではない。
だからといって、この飼葉を作っている人や販売している店主を非難するつもりは毛頭ない。
こうして安価で提供してくれているおかげで、馬を所有できている人も多く居るからだ。
もっとも、ベンゼルはシュライザーにこれを継続的に与えたいとは全く思わなかったが。
「――へい、お待ち!」
店主が大きな革袋を持って戻ってきた。
代金と引き換えにベンゼルは飼葉を受け取ると、そのまま店を後にする。
これでベンゼルの用事は終わりだ。
「さて、次はお前があげるプレゼントだな。見ているうちに良い物があるかもしれないし、色々回ってみよう」
「はい、お願いします!」
☆
シュライザーへの誕生日プレゼントを探しがてら、二人は旅に必要な物を買い足すべく、様々な店に寄っては買い物をしていた。
そうしてリディーの希望で大きな衣料品店に寄り、街中で着る普段着を一緒に見て回っていた時――
「ん?」
リディーが首を傾げた。
「どうした?」
「何でしょう、これ」
視線の先を見てみると、自分の背丈ほどある大きな布がたくさん吊るされていた。
赤・青・白・黒――と色合いが豊かで、ラインが入ったものやいくつもの星印がプリントされたものなど、デザインも凝っている。
一見するとテーブルクロスのように思えるが、この布は何かを包むような形状をしているので恐らく違うだろう。
ベンゼルも首を捻っていると、話が聞こえたのか、近くに居た女性店員がやってきた。
「こちらは
「へえ、馬用の服! おしゃれですね!」
「はい! でもおしゃれなだけじゃなく、ちゃんと利便性もあるんですよ!」
「ほお、それは一体?」
「まずは防寒ですね! お馬さんは元々寒さには強いそうですが、それでも寒い季節や冷える夜なんかは体調を崩してしまうこともあるらしくて。それを防ぐためですね! 他には雨や汚れを防いだり!」
「なるほど。……しかし、いきなり服を着せられては馬もストレスを感じるんじゃないか?」
いくら馬のためになると言っても、馬自身がストレスを感じるようでは逆効果になってしまう。
ベンゼルは店員の話を聞いて馬衣に興味を持ったが、それだけが気掛かりだった。
「そうですね、中には負担に感じる子も居るかもしれません。ただ、実際に色んなお馬さんに試着してもらったところ、嫌がる子は一頭も居なかったそうです!」
「へえ、じゃあ大丈夫そうですね! ねっ、ルゼフさん。私、シュライザーへの誕生日プレゼント、この服にしようと思うんですがいいですか?」
「ああ。あいつがどう感じるかはわからないが、まあ嫌がったら着せなきゃいいだけだしな」
「よかった! じゃあ服にします! えーっと――」
☆
買い物を終えたベンゼル達は、宿泊している馬宿に戻ってきた。
馬房に入ると、二人に気付いたシュライザーがすくっと立ち上がる。
「おお、起きてたか。悪いな、休んでいるところ」
シュライザーは気にするなと言わんばかりに、「ブルルッ!」と返事をした。
ベンゼルとリディーは顔を見合わせると大きく頷き、リディーがシュライザーの目の前に立った。
「誕生日おめでとー! これ、私からのプレゼント!」
リディーが綺麗に畳まれた馬衣を差し出すと、シュライザーは「ブルッ?」と首を傾げた。
さすがのシュライザーも見ただけでは、この布が何なのかわかっていないようだ。
「今着せてあげるね! えっと、確かここをこうして……」
「こうだ」
女性店員から聞いた着せ方を思い出しながら、二人は協力してシュライザーに服を着せていった。
「――おお! カッコイイ!」
「ああ、よく似合っている」
外側に白いラインが入った真っ赤な馬衣が、黒鹿毛の立派な馬体をより引き立てている。
この馬衣はリディーが悩みに悩んで選んだものだ。
『黒い身体には絶対赤が合う!』と言っていたが、確かにその通りだった。
「……それでどうかな? 動きにくかったり、邪魔だったりしない?」
リディーの言葉を受け、シュライザーはその場で足踏みをしてから、グルリと一周した。
「ブルルッ! ブルルーンッ!」
「ほんと!? よかったー! こちらこそいつもありがとうね!」
大丈夫、ありがとうと答えるシュライザーの頭を、リディーは嬉しそうな顔で優しく撫でた。
少しして、リディーがぴょんと横に跳ねたところで、今度はベンゼルがシュライザーの前に立つ。
「シュライザー、誕生日おめでとう。そしていつも俺達を運んでくれて本当にありがとう。これは俺からのプレゼントだ」
ベンゼルが空の桶の中に飼葉を入れると、シュライザーは頭を近づけた。
鼻をクンクンとさせてしっかりと匂いをかぐと、むしゃむしゃ食べ始める。
ほどなく、シュライザーはバッと頭を上げた。
「ブルッ! ブルルルルーン!!」
「そうか、美味いか。あっ、言っておくが、この飼葉は今日だけだからな。明日からはまたいつもの……って、聞いてないな」
「そんなに美味しいんですね!」
「みたいだな。まあ、喜んでもらえてよかった。……シュライザー、これからもよろしく頼む」
「よろしくね!」
「ブルッ!」
桶に頭を突っ込んだまま答える愛馬に、ベンゼルとリディーは苦笑した。
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