第23話 少女の依頼
翌日。
宿で昼食をとりおえると、ベンゼルとリディーはこの国の依頼仲介所に足を運んだ。
船旅中の食事および港町クラローでした買い物により、路銀が少なくなってきたからである。
「ん?」
「えっ?」
中に入った瞬間、ベンゼル達は目を丸くする。
受付カウンターの前で、幼い女の子が「うええええん!」と大泣きしていたからだ。
「よしよし、どうしたの? 大丈夫?」
言いながらリディーは少女のもとに歩み寄って頭を撫でる。
ベンゼルは女の子のことをリディーに任せ、自分は受付の若い男性職員に事情を聞くことにした。
「どうした? 何かあったのか?」
「あ、いらっしゃいませ。……えっと、この子が依頼を出しに来たんですが」
「依頼? こんなに小さな子が?」
「はい。今日がお母さんの誕生日だそうで、そのプレゼントとしてブルーウィーズルの石がほしいとのことでして」
ブルーウィーズルとは、額に綺麗な石のような物質を備えたイタチに似たモンスターのことだ。
港町クラローからこの王都までの道中でベンゼル達も数度遭遇した。
「ほう、それで?」
「ただ、うちではその依頼を受け付けられなくて……。というのも、報酬がお金ではなく、似顔絵を描くということで」
依頼仲介所では規則にて、依頼の報酬は現金と決まっている。
報酬の一部を税として徴収するためだ。
そのため、物や労力などを対価として依頼を出そうとしても受け付けてもらえない。
これはあくまでハーヴィーン王国の話だが、そもそも各国に似た施設があるのはスコルティア帝国の文化をそれぞれの国が真似たため。
規則もそのまま採用しているため、報酬が現金でなければならないのはここカナドアン王国でも変わらないはずだ。
(そういうことか)
この女の子は依頼を受領してもらえなかったから泣いているのだな、とベンゼルはこの事態を理解した。
「なるほど。確かに似顔絵では依頼は受け付けられないものな」
「ええ。こちらも受領してあげたいのは山々なんですが、規則があるので……。かといって追い出す訳にもいかなくて」
職員が小さく溜息を吐く。
その表情は『一体どうしたものか』と困惑している様を物語っていた。
「あの、ルゼフさん」
話を聞いていたのだろう。
ようやく泣き止んだ女の子の頭を撫でながら、リディーが何か言いたげに名前を呼んできた。
彼女が言いたいことはわかっている。
ベンゼルはリディーに頷くと、しゃがんで女の子と目線を合わせた。
「話は聞いた。今日はお母さんの誕生日なんだってな」
「……うん。それでね、プレゼントをあげたいの」
「そうか。それでブルーウィーズルの石がほしいんだな?」
女の子はコクリと頷く。
それを確認すると、ベンゼルは気になっていた疑問をぶつけた。
「わかった。でも石を手に入れてどうするんだ? そのまま渡すのか?」
「ううん。あのね、お店で青い石のペンダントを見てたらね。お店の人が『石を持ってきてくれたらペンダントにしてあげる』って言ってくれたの」
その言葉にベンゼルは安心した。
石を取ってくるだけなら造作もないが、加工してやることはできないからだ。
「そうか。そういうことなら、石は俺達が取ってきてやろう」
そう言うと、女の子はぱあっと顔を明るくさせた。
「ほんとっ?」
「ああ。任せろ」
「やったぁ! ありがとう、お兄ちゃん!」
満面の笑みを浮かべる女の子に、ベンゼルとリディー、それに職員も頬を緩める。
「よし。じゃあ、今から取りに行ってくるから……そうだな。二時間後、15時頃に噴水前の広場に来てくれ」
「わかった!」
「ああ。さあ、時間になるまでは家でゆっくりしてろ」
「あっ、ちょっと待って!」
小さな背中を軽く押して外へ出ていくよう促すと、少女はそう言って立ち止まった。
くるりと振り返って顔をじっくりと見つめてくる。
「な、なんだ?」
「ううん!」
女の子は首を横に振ると、今度はリディーの顔を注視する。
しばらくして満足そうに頷いた。
「じゃあ、お兄ちゃん、お姉ちゃん! よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げた少女は外へ飛び出していった。
「ありがとうございます。助かりました」
厄介事がなくなったからだろう。
職員がホッとした顔で礼を述べてくる。
「気にするな。あの子のためだ」
そう言うと、ベンゼルはリディーと共に依頼仲介所を後にした。
☆
城壁の外に出て、王都近くを
「――そっちにいったぞ!」
「はいっ! 【アイシクルショット】!」
リディーが手を伸ばしたと同時に複数の氷柱が現れた。
直後、鋭く尖った氷柱が一斉に発射され、向かってきていた黒い身体に次々に突き刺さる。
ほどなくして、そのモンスター――ブラッディドッグはピクリとも動かなくなった。
勝利を確認したリディーは笑みを浮かべ、ベンゼルのもとにタタタっと駆け寄る。
「よくやった。もうブラッディドッグ程度なら余裕だな」
「はいっ! 戦いにもだいぶ慣れてきました!」
「そうか。だが油断するなよ。一瞬の気の緩みが死に繋がるからな」
リディーが真剣な表情で大きく頷く。
ベンゼルはそんなリディーに「よし」と呟くと、辺りを見回した。
「しかし、ブルーウィーズルが全く見当たらないな」
「ですねー。王都に来るまでは何度か見かけたのに……」
「まったく、こういう時に限って。仕方ない、もう少し歩いてみるか」
「はい、そうしま……って、あっ!」
リディーが目を見開いて大声を上げる。
「ん? どうした?」
「あそこ! あそこ見てください!」
指の先を見てみると少し離れたところに岩があり、その陰から何者かが顔を出していた。
目を細めてさらに注目してみたところ、キラキラとした青い輝きが目に入る。
「おっ、ブルーウィーズルじゃないか! よく見つけた。やるな、リディー」
「えへへ、ありがとうございます! それじゃ、さっそく倒しましょう!」
「ああ。よし、いくぞ」
「はい!」
二人は同時に地面を蹴った。
岩まで残り数十歩のところまで来ると、向こうもこちらに気付いたようで牙をむき出しにして威嚇してくる。
直後、頭部の石がキラリと光ったかと思うと、少ししてイタチの前に複数の氷柱が現れた。
先ほどリディーが使っていた魔法――アイシクルショットだ。
「俺の後ろに隠れてろ!」
リディーを自身の後ろへ回らせたと同時、氷柱が一斉に向かってくる。
だが、この程度の魔法、ベンゼルには脅威でもなんでもない。
大剣を素早く振るって、飛んできた氷柱を全て弾き落とした。
「リディー、今だ!」
「【ロックランス】!」
石が再び光を帯びた瞬間、地中から現れた岩の槍がイタチの身体を貫く。
以降、ブルーウィーズルは動かなくなった。
「よし。今回もよかったぞ」
「やった! ありがとうございます!」
「ああ。それじゃあさっさと石を回収して、あの子に持っていってやるとするか」
「はいっ!」
☆
数十分後。
ベンゼルとリディーは王都の中央にある噴水の前にやってきた。
そして辺りをキョロキョロ見回していると――
「あっ、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこにいたのは依頼仲介所で泣いていたあの少女。
その小さな右手には丸められた紙が握られている。
「おお、来たか。ほら、約束の物だ」
ベンゼルは少女にブルーウィーズルの石を差し出した。
女の子の顔がぱぁっと明るくなる。
「わぁ! ありがとう!」
「ああ」
「どういたしまして!」
純真な礼の言葉に二人も笑みを浮かべる。
すると、少女は持っていた紙を手渡してきた。
「これは?」
「お礼! 頑張って描いたの!」
「お礼?」
首を傾げながらベンゼルが紙を広げる。
そこには大小二人の人間らしきものが描かれており、頭の部分が大きいほうは茶色に、小さいほうは銀色に塗られていた。
それを見て、ベンゼルは職員の言葉を思い出す。
(なるほど。これは報酬の似顔絵か。ということは、この大きいほうが俺ということだな)
ベンゼルは頬を緩める。
覗き込んでいたリディーも同様に顔を綻ばせ、しゃがんで少女と目線の高さを合わせた。
「ありがとう! お姉ちゃん、すっごく嬉しい!」
「ほんとっ?」
「うん! ねっ、ルゼフさん?」
「ああ。最高の報酬だ。ありがとう」
少女はえへへと笑うと、深く頭を下げてくる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、本当にありがとう! これ、お店に持ってかなきゃだから、あたしはもういくね!」
「そうか。気を付けてな」
「じゃあね!」
「うん! ばいばーい!」
女の子は笑顔で大きく手を振って走り去っていった。
「ふう! いいことをすると気持ちがいいですね!」
「そうだな」
ベンゼルは受け取った似顔絵に視線を落とす。
しばらく眺めてから紙を丸めると、大切そうに革袋へしまった。
「よし。じゃあ依頼仲介所にいくぞ。まだ本来の目的を果たせていないからな」
「あっ、はい!」
そうして二人は依頼仲介所に向かって足を動かした。
その表情は充実感に満ち、嬉しそうだった。
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