第24話 口論
各々依頼を引き受け、幾ばくかの路銀を得たことで二人はその翌日、王都シースィーを発った。
遭遇したモンスターを蹴散らしつつ南西へ進むこと数日。
ベンゼル達はカナドアン王国とアイリーシュ王国の国境にそびえ立つ関所に辿り着いた。
そこでハーヴィーン王から授かった書状を見せると、王が話を通してくれていたこともあって難なく入国を許可してもらえた。
そして二人はアイリーシュ王国の領土に足を踏み入れたのだった。
「えーっと、次に行くのは」
「ターラモアだな。ほら、ここだ」
リディーが広げた世界地図を覗き込むと、ベンゼルは次なる目的地を指で指し示す。
するとリディーは顔をハッとさせた。
「ターラモア。ターラモアっていえば……」
「ん? どうした?」
「……あの、お手紙に書かれてたんですけど、お兄ちゃんとルゼフさんはターラモアで、その、喧嘩というか口論になったんですよね?」
恐る恐るといった様子でリディーが尋ねてくる。
その問いを受け、ベンゼルは当時のことを思い返した。
「ああ、そんなこともあったな」
「い、一体、何があったんですか?」
ベンゼルとルキウスの仲はリディーもよく知っている。
そんな二人がなぜ口論に至ったのか、そのいきさつが気になるのだろう。
「……あの時はな――」
別に隠すようなことでもない。
そう考えたベンゼルは初めてルキウスと意見が食い違い、激しい口論をした時のことをリディーに話し始めた。
◆
ターラモアに辿り着き、門番の兵士達にルキウスが勇者であることを伝えた直後。
「お願いします! どうか、どうかお力をお貸しください!」
若いほうの兵士が顔をハッとさせると、そんなことを言いながら深々と頭を下げてきた。
事態がよくわからず、ベンゼル達は顔を見合わせる。
そしてベンゼルが事情を聞こうとしたところ――
「馬鹿っ、辞めろ!」
もう片方、上官と思しき初老の兵士が、若い兵士に向かって声を荒らげた。
若い兵士は一瞬怯むも、「で、でも!」と反抗する姿勢を見せる。
「あの、何かあったんですか?」
「ああ、いえ! 何でもありません! お気になさらず!」
その後も繰り返しルキウスが尋ねるも、初老の兵士が遮ってくる。
無理やり聞き出す訳にもいかず、二人はモヤモヤとした気持ちを抱きながら街の中に入った。
数十分後、ベンゼル達は領主の館にやってきた。
村や街に寄った際は必ずそこの代表者に会うよう、ハーヴィーン王から言われていたためである。
というのも、代表者伝いに自分達の現在地を各地に伝えてもらう必要があるからだ。
兵士に連れられて執務室に入ると、両肘を机の上に立て、組んだ両手に額を預けている壮年の男性が目に入った。
彼がこのターラモアの領主なのだろう。
「領主様、失礼します。勇者様がご到着されました」
「……そうか」
領主はゆっくりと椅子から立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
その表情には疲れの色が見えた。
これまで各地の代表者に会った時、いつも喜ばれていたこともあって、その反応にルキウス達は首を捻る。
「勇者ルキウス様、ベンゼル様、ようこそいらっしゃいました。ご無事で何よりです。私はこのターラモアを任されている者です」
「あっ、どうも。ルキウスです。各街への報告と物資の補給をお願いしに参りました」
「承知いたしました。本日中に馬車へ物資を積んでおきますので、それまではごゆっくりお休みください」
「はい、ありがとうございます。……それで、あの、何かあったんですか?」
門でのやり取りに加え、
そう考えたルキウスが尋ねると、領主は大きく溜め息を吐き、口を開いた。
「……実は数日前に、北にある洞窟にミュー・レッドグリズリーが現れまして」
レッドグリズリーとは、赤い体毛を纏ったクマ型のモンスターのことだ。
屈強な肉体に加え、火の魔法も行使してくる手強いモンスターだが、それでも鍛錬を積んだ戦士が二人もいれば倒せる。
だが、頭に『ミュー』と付けられている個体は話が別。
ミューとはミュータントの略語であり、その名の通り突然変異を起こしたモンスターを示す言葉だ。
変異したモンスターは、総じて身体の大きさや保有する魔力量が通常個体の倍以上となる。
ただでさえ、それなりに強力なレッドグリズリーが突然変異を起こしたとなると、それはかなりの脅威である。
モンスター避けも効果をなさず、洞窟内で食料が尽きた際は、このターラモアにやってくるだろう。
とはいえ、それまでは猶予がある。
そうなる前に王都から兵を派遣してもらい、数十名で挑めば決して倒せない相手ではない。
実際、ベンゼルも二十歳の頃、王都シャントリューゼ近くに現れたミュー・レッドグリズリーの討伐に参加し、計四十名で立ち向かった結果、死者を出すことなく討伐できた。
それ故、なぜ領主がここまで頭を悩ませているのか、とベンゼルが首を捻っていると領主が話の続きを口にした。
「それで、そのミュー・レッドグリズリーが現在進行形でこちらに向かってきてまして……」
「……そうですか。それで王都に兵の要請は?」
ベンゼルが問うと、領主は力なく首を縦に振った。
「もちろん出しました。しかし、王都からの兵が到着する頃にはもう……。なので、このターラモアにいる兵だけで討伐しなければならないのですが、その戦力がギリギリで……」
そう聞いて、ベンゼルは門番の若い兵士が何を頼みたかったのかを理解した。
きっと自分達に『ミュー・レッドグリズリーを討伐してほしい』と言おうとしていたのだろう、と。
初老の兵士がそれを止めていたのは、魔王討伐という使命がある自分達の邪魔をしたくなかったからだ。
「ちなみに戦える人員は何名ほど?」
「……今は三十名ほどです」
三十名となると、実力にもよるが、かなり厳しい戦いになるだろう。
ギリギリ倒せるかどうかといったところで、勝てたとしても確実に数十名は命を落とす。
だからといって、ベンゼルにしてやれることは何もない。
スコルティア帝国最北端の都市――ヌリーシュでは今もなお、各国から集結した兵達が懸命に魔族の侵攻を食い止め、自分達の到着を待っている。
なので、自分達は一刻も早くヌリーシュに向かい、そして魔王を倒さねばならない。
ここで時間を食っている暇はないのだ。
「……わかりました。僕達が倒してきます」
ベンゼルが聞かなければよかったと思っていると、ルキウスがそんなことを言い出した。
ベンゼルはもちろん、領主も目を丸くする。
「……ルキウス。気持ちはわかるが――」
「僕達に任せてください」
ルキウスはベンゼルの言葉を遮り、ミュー・レッドグリズリーの討伐を申し出た。
そんな彼に舌打ちをすると、領主に「少し失礼します」と告げてから、強引にルキウスを執務室の外に連れ出した。
「おい、どういうつもりだ。俺達には魔王を討伐するという、何よりも重大な使命があるだろう!」
「……じゃあ、ベンゼルはそのためにこの街や兵士の皆さんを切り捨てろって言うのか?」
「随分な言い草だな。何も彼らが負けると決まった訳ではない」
「でも、その可能性はある。それがわかっていて何もしないというのは、僕にはできない」
その言葉を受け、ベンゼルは大きく溜め息を吐く。
そして子供に諭すように、優しい口調で告げる。
「……ルキウス。気持ちはわかる。俺だって本当は力になってやりたい。でも、それはできない。なぜなら俺達には成すべきことがあるからだ。わかるだろう? 頼むから冷静になってくれ」
「冷静に、か。僕はずっと冷静だよ。むしろ、ベンゼルのほうこそ冷静になってよ」
ルキウスが言い放つと、ベンゼルは激昂し彼の胸倉を掴んだ。
顔をウンと近づけ、キッと睨みつける。
「いい加減にしろ! ヌリーシュでは今も魔族に多くの人が殺されている! だから俺達は先を急がなければならない! そんな簡単なことがわからないのか!?」
「君が言っていることは正しいよ! だけど、僕は勇者だ!」
「ああ、そうだ! だからお前は一刻も早く魔王を倒さなければならない!」
「そうだね! でも、目の前の人も救えず何が勇者だ!」
ベンゼルが声を荒らげると、ルキウスも同様に言い返してくる。
その後も「先を急ぐべきだ」「ミュー・レッドグリズリーを倒すべきだ」のやり取りを繰り返すも、互いに一歩も引こうとしない。
しばらくして、ルキウスが諦めたかのように溜め息を吐いた。
「こうなったら仕方ない。本当はこんなことしたくないんだけど」
「おい、まさか――」
「……勇者権限を行使する。僕達はミュー・レッドグリズリーを倒しに行く」
勇者権限。それは勇者に与えられた絶対的な権限だ。
その権限は各国の王すらも上回る。
これは元々、勇者一行が魔王討伐の旅を円滑に進められるよう、村や街が物資の供出を拒んだ時などの際に無理やり応じさせるためのものだ。
万が一拒否すれば、勇者に斬り捨てられても文句は言えず、勇者も罪には問われない。
考えようによってはいくらでも悪用できてしまうが、そもそもそういったことを考える人間は女神から勇者に選ばれないため問題はない。
それに勇者は世界のために戦ってくれる存在ということもあり、ルキウス達も物資の供出を渋られるなんてことは一度もなかった。
その勇者権限が行使された以上、ベンゼルはルキウスの決定に逆らえない。
もしも逆らえば、ルキウスは自分をパーティーから外すだろう。
そうなれば、長年夢見た魔族への復讐が果たせなくなってしまう。
「…………」
その瞬間からベンゼルは口を閉じるほかなかった。
「……戻ろう」
ルキウスが執務室に入り直す。その後をベンゼルは渋々追った。
そしてルキウスは再び領主に「自分達が倒してくる」という旨を伝えた。
「そうしてもらえると本当に助かるのですが……よろしいのですか? 勇者様には魔王を討伐するという使命が……」
「はい。それも大事ですが、困っている人達を見捨てるなんてことはできないので」
「……そうですか。ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
その後、ルキウスとベンゼルはシュライザーが引く馬車に乗り、ターラモアを発った。
数日掛けてミュー・レッドグリズリーを見つけると、勇者ならではの強力な魔法で難なく討伐。
それから二人はまた数日掛け、ターラモアに戻った。その間、戦闘中を除いて会話はほとんどなかった。
領主に討伐したことを伝えると、すぐにその旨が街中に通達された。
ひとまずの脅威が去ったからだろう、館を出ると住民は皆明るい笑みを浮かべていた。
(……ルキウスの判断に従っていてよかったかもしれないな)
その光景にベンゼルは考えを改め直した。
こうして皆が無事に笑っていられるのは、ルキウスの決断があってこそ。
先を急いでいれば、ヌリーシュでの被害者を減らせていたかもしれないが、それはあくまで可能性の話。
自分の判断が間違っていたとは思わないが、それでも救えるかわからない命よりも、確実に救える命を選んだのは正しかった、と。
「ルキウス」
名前を口にすると、ルキウスはこちらを向いた。
そこでベンゼルは深く頭を下げる。
「この間は怒鳴ったりしてすまない。今ではお前の判断が正しかったように思う。もしも先を急いでいれば、彼らの命はなかったかもしれない」
「ううん。僕のほうこそごめん。無理やり従わせたりなんかして……」
「いや、俺のほうこそ――」
お互いに自分が悪いと押し問答を続けることしばらく。
最終的にどちらも正しく、どちらも悪かったという結論で落ち着き、二人は固く握手を交わした。
そうして仲直りをすると、馬車に荷物を積んでもらうまで宿でゆっくりと過ごし、疲れを癒した。
その翌日、領主や街の人達に見送られながら、二人は本来の目的である魔王討伐に向けて出発したのだった。
◆
「そんなことが……。お兄ちゃんとルゼフさんのことだし、些細な理由ではないと思ってはいましたけど……」
「まあ、今ではそれもいい思い出だ。あいつの信念や優しさもそこで理解できたからな」
「そ、そうですか」
思っていた以上に口論の理由が重かったからだろう。
リディーは気まずそうな顔をしている。
そこでベンゼルは空気を変えるため、もう一つ話をしてやることにした。
「そうそう。口論と言えば、ルキウスとは目玉焼きに何をかけるかで揉めたこともあったな」
「えっ? 目玉焼きですか?」
「ああ。俺はソース派なんだが、あいつは醬油派らしくてな。どちらのほうが美味いかで言い争ったもんだ」
「そんなことで!?」
驚きの表情を浮かべた後、リディーはあまりのくだらさなにおかしく思ったようでくすくすと笑ってくれた。
そんな彼女の様子にベンゼルも頬を緩める。
「あっ、ちなみに私は塩だけのやつが好きです!」
「……なに? 正気か?」
「はい! だって卵の味を楽しみたいですから!」
「いや、待て待て。目玉焼きには――」
そこから何とも平和な口論が繰り広げられたのは言うまでもないだろう。
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