第22話 花の種
時折リディーに戦闘を任せつつ、出くわしたモンスターを討伐しながら馬車を走らせること数日。
二人はカナドアン王国の王都――シースィーに辿り着いた。
門をくぐって中に入ると、リディーが感嘆の声を上げる。
「すっごーい! 本当にお花だらけです!」
「言った通りだろう? ……しかし、改めて見ると本当に凄いな」
立ち並ぶ家や店の前には花壇が設けられており、色とりどりの花が顔を見せている。
さらに扉や壁にも多数の花が飾られていて、上を見上げれば空中に張られた糸に花が巡らされていた。
さすがは花の国と称されるだけあって、どこもかしこも花尽くしである。
「ですね! あー、本当に綺麗! 私、もうこの国大好きになっちゃいましたっ」
「そうか。なら、ぜひ女王にもそう言ってあげてくれ。きっと喜ぶ」
「あっ、そっか。確かカナドアン王国をこういう風にしたのって、今の女王様なんですよね?」
「ああ。現女王が即位するまではこれといった特徴がない国だったんだが、あの陛下の働きで花の国としてここまで広く知られるようになったそうだ」
そう説明するとリディーは「へえ!」と感心し、再び街並みに顔を向けた。
目を輝かせる彼女を微笑ましく見ていることしばし。
ベンゼルが「よし」と切り出した。
「それじゃあ今から女王に謁見しにいくぞ。ハーヴィーン王
「えっ、私もですか?」
「ん? 嫌なのか? それなら俺一人で行ってくるが」
「あ、いえ、嫌って訳ではないんですけど。その、呼ばれているのはルゼフさんなので、そうじゃない私が一緒に行ってもいいのかなって」
「そんなものいいに決まっているだろう。お前は俺の連れだし、何より勇者の妹なのだからな」
「そ、そうですか! なら私もご一緒します!」
「ああ。じゃあ行こう」
二人は馬宿にシュライザーを預けると、その足で街の中央にそびえる城に向かった。
☆
女王が話を通してくれていたからだろう。
城門で門番をしている兵士達に素性を明かすと、「お待ちしておりました!」と強く歓迎された。
その後、言われた通り城門にて、城の中へ入っていった兵士が戻ってくるのを待つこと数分。
今なら会えるとのことで、ベンゼル達は兵士に連れられて城の中へ足を踏み入れた。
兵士が大きな扉を押し開けると、まず目に入ったのは花で彩られた玉座とそこに腰掛ける初老の女性。
あの女性こそが、このカナドアン王国の女王だ。
他に大臣や護衛の兵士の姿もある。
ベンゼルとリディーが玉座まで歩み寄ると、女王は嬉しそうな顔で口を開いた。
「おお、来よったか! 待っておったぞ、ベンゼルよ!」
言葉を返す前にベンゼルは床に片膝を突いて頭を下げた。
リディーも続くと、女王は大きく溜息を吐く。
「ご無沙汰しております。陛下におかれましてはご機嫌麗しく――」
「よさぬか! 堅苦しいのは苦手だと前にも言っただろう! さあ、立て立て!」
促されるままベンゼル達は立ち上がる。
すると女王は「それでいい」と頷き、話を戻した。
「さて、ベンゼル。まずは
「ありがとうございます」
「うむ。それで隣にいるめんこいのが、ハーヴィーン王が言っていた勇者ルキウスの妹、リディーだな?」
横に視線をずらすと、女王はリディーの名前を口にした。
話からするに、どうやら自分達が城を発った後にハーヴィーン王が彼女のことも伝えてくれたようだ。
「は、はい! リディー・スプモーニアと申します!」
リディーは声を震わせながら言葉を返す。
面識があったハーヴィーン王とは異なり、カナドアン女王は初対面。
それも他国の王となれば緊張するのも無理はない。
「そうか。……兄のことは本当に残念だった」
その言葉を受け、リディーは俯いてしまう。
しかし、ほどなくして顔を上げるとその表情には笑みが浮かんでいた。
「はい。でも、お兄ちゃんは勇者としての使命をちゃんと果たせました。だから確かに寂しくはありますけど、そのことを悔やんではいません!」
リディーが言うと、女王はひと呼吸おいて「ふふ」と微笑む。
「さすがは勇者の妹、兄に似て強いのだな。……さて、話を戻そう。ベンゼル」
「はっ!」
「其方に顔をだしてほしいと言ったのは、改めて礼を言いたかったからでな。余も含め、皆が今こうして笑って暮らせていられるのは其方らのおかげだ。民を代表して礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
女王は玉座から立ち上がり、こちらに向かって深々と頭を下げてきた。
心の底から感謝してくれているのだろう。
これなら死んでいった仲間達も少しは報われる。
「もったいなきお言葉にございます!」
「ふふ、何がもったいないものか。……さて、その感謝の気持ちを込めて、カナドアン王国からも其方に何か贈りたいと思っている」
「あっ、いえ、そんな。お言葉だけで――」
「そう言うな。余もそなたに報いたいのだ。だから希望する物があれば遠慮なく言ってくれ」
「……ありがとうございます。では、花の種をいくつか頂けないでしょうか」
考えた末にそう言うと、女王は目を丸くした。
他にも大臣や兵士、それにリディーも驚いたような表情を浮かべている。
まさかここで花の種を所望するとは思っていなかったのだろう。
それもベンゼルが。
「花の種、か。それならいくらでも贈らせてもらうが……一体何に使うつもりなんだ? 其方は特別花が好きという訳ではないだろう?」
「はい。種はゼティアとフィリンナの墓に埋めてやりたいと思いまして。……彼女らは花が大好きでしたから」
◆
馬車に乗って先を目指していたある日のこと。
「あっ! ベンゼルっ、馬車止めて!」
突然、荷台に乗っているゼティアが大声を上げた。
「わかった!」
答えつつ、ベンゼルはシュライザーを停止させる。
ルキウスと共に御者台から飛び降りると、剣を抜いて馬車の後ろに駆け寄った。
その瞬間、ベンゼルは目を瞬いた。
目に映ったのは、道端にある小さな花畑の中で笑みを浮かべるゼティアとフィリンナ。
「えっと、もしかして馬車を止めさせたのって、花を見たかったから?」
「うん! ねえ見て、ルキウス。このお花、すっごく可愛い!」
「癒されます~」
「……なんだ。てっきり魔族かモンスターが現れたんじゃないかと」
ルキウスが大きく溜息を吐く。
そんな彼の横にベンゼルが並ぶと険しい表情で口を開いた。
「まったく。あいつら、この旅を遠足か何かと勘違いしているんじゃないか?」
「まあまあ。ここのところずっと気を張りっぱなしだったし、たまにはいいんじゃないかな」
そう言って、ルキウスが優しい笑みを向けてくる。
女性陣のほうに視線をずらすと、二人は満面の笑みを浮かべていた。
あんな風に笑っているのを見るのは久しぶりだ。
「……そうだな。確かにお前の言う通り、たまには心を休ませるのも必要かもな」
「うん。よし、じゃあちょっと早いけど、今日はここで野宿にしよう」
ゼティアとフィリンナにそう声を掛けると、二人は嬉しそうな顔をする。
その様子にルキウスとベンゼルも頬を緩めた。
◆
それからもゼティアとフィリンナは花を見かける度に顔を綻ばせていた。
そして『魔王を倒したら四人で世界を回る』という約束をした後、二人はこの花の国に訪れることをとても楽しみにしていた。
だが、それはもう叶わない。
だからベンゼルは、せめて二人の墓をたくさんの花で彩ってやろうと考え、この国に来たら様々な花の種を購入しようと決めていた。
花の種を要求したのはそういった理由があったからだ。
「……なるほどな。わかった! そういうことなら喜んで贈らせてもらおう!」
「ありがとうございます」
「うむ! では大臣よ。さっそくいくつか見繕ってまいれ!」
「かしこまりました!」
命じられた大臣は急いで玉座の間を後にする。
それを確認すると女王は再びベンゼルに視線を向けた。
「さて、ベンゼルよ。他に希望する物はないか? 遠慮する必要はないぞ!」
「ああ、いえ。それで十分でございます」
「むう、そうか。……なら、せめて今日はこの城で其方をもてなさせてくれ。美味い酒と食事を用意させるのでな。あっ、もちろんリディーもな!」
「わかりました。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます!」
「よし! では、これより支度をさせる! それでそうだな、19時頃にまた城へ来てくれ。それまでに花の種も用意しておく」
「承知いたしました。よろしくお願いいたします」
ベンゼルとリディーは深く頭を下げてから城を出た。
そして王都を見て回ること数時間。
19時前に城に戻ると、大広間にテーブルが並べられており豪勢な料理が用意されていた。
二人はそれらを食べつつ、女王や城に仕える多くの人と様々な話に花を咲かせるのであった。
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