第21話 リディーの初戦闘
長い船旅を終え、ベンゼル達はようやくカナドアン王国の玄関口――港町クラローに到着した。
船から降り、乗り降り口すぐの入国管理所にて、稽古の見物客と談笑しながら順番が回ってくるのを待つこと数分。
自分達の番がやってきた。
「お待たせしました。旅券の呈示をお願いします」
「ああ。では、これを」
言いながら、ベンゼルはハーヴィーン王から授かった書状を差し出す。
旅券ではないからか、若い女性の職員は怪訝な顔でそれを受け取ると、少しして突然あわあわし出した。
それもそのはず、書状には二人の素性と、身元はハーヴィーン王国が保証するという内容が書かれている。
単なる観光客だと思っていた二人が、実は世界を救った英雄の一人と勇者の妹だとわかれば、そうなるのも無理はないだろう。
「しょ、少々お待ちくださいっ!」
女性職員は慌てた様子で奥に引っ込んでいく。
ほどなくして初老の男性が現れ、自分達の前に座ったかと思うと顔を寄せてくる。
そして小声で話し始めた。
「ベンゼル様、リディー様、大変お待たせいたしました。私はここで所長をやっている者です。陛下からお話は伺っております。ささ、どうぞ。お通りください」
言い終えるとその男性は顔を離し、笑みを浮かべてそのまま口を開いた。
「ようこそ、カナドアン王国へ!」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます!」
こうして二人は書状のおかげでスムーズに入国審査を終えた。
船で親しくなった客達に別れを告げると、船員が連れてきてくれたシュライザーと共に町のほうに歩き出した。
数分後。
街並みが見えてきたところで、リディーが目を輝かせる。
「わぁ、お花がいっぱい! さすが花の国ですね!」
家に店、広場の中央や道の脇など、至るところに色とりどりの花が植えられている。
これが花の国と呼ばれる
「ああ。でも王都はもっと凄いぞ。辺り一面、花だらけだからな」
「へえ、そうなんですか! すっごく楽しみです!」
「そうか、リディーも花が好きなのだな」
「はい! とっても可愛いし、見てると癒されますから!」
笑顔で話すリディーに釣られ、ベンゼルも頬を緩める。
「よし。それじゃあ今日はゆっくり休んで、さっそく明日出発するか」
「あっ、はい! そうしましょう!」
その後、軽く観光しつつ諸々の買い物を済ませたベンゼル達は宿を取り、明日に備えるのであった。
☆
翌日。
昼食をとった二人は馬車の御者台に乗り、港町クラローの門までやってきた。
そこでベンゼルはリディーに改めて注意を促す。
「いいか? 昨日も言ったが、このカナドアン王国はモンスター避けがなされていない。それはつまり、いつモンスターに襲われてもおかしくないということだ。だから油断するなよ」
「はい!」
その返事にベンゼルは頷くと、手綱を操りシュライザーを発進させた。
それから数十分が経った頃。
「……でたな」
だいぶ先のほうに大柄な黒い犬――ブラッディドッグの姿を四つ捉えた。
その名の通り、生物の血液を好む犬型のモンスターだ。
魔法を使わないためそこまで脅威ではなく、ハーヴィーン王国軍では新米兵士の練習台扱いされている。
「あ、あれがモンスター! 久々に見ました」
モンスター避けのおかげもあって、ハーヴィーン王国では街道を進んでいる時にモンスターと出くわさなかった。
なのでリディーは旅に出てから初めての対面となる。
それ故、怖がっているであろうリディーを安心させようと、「俺に任せておけ」と言葉を掛けようとした瞬間――
「ルゼフさん、あのモンスターって強いんですか?」
平然とした様子でそんなことを尋ねてきた。
「……ん? いや、そこまで強くはないが」
「そうですか! だったら私に戦わせてくれませんか?」
「なに?」
「ほら、ルゼフさんのおかげでだいぶ強くなりましたし!」
稽古の甲斐あって、確かにリディーはカンパーニ村を発った時とは比べ物にならないほど強くなった。
ブラッディドッグ程度なら問題なく倒せるほどに。
「まあ確かにそうだが……」
とはいえ、万が一ということもある。
リディーを危険な目にさらさないためにも、ベンゼルはその申し出を断ることにした。
「やはりダメだ。お前を危険な目に遭わせ――」
「お願いします! いざという時に大切な人を守るためにも、実戦経験を積んでおきたいんです!」
リディーは言葉を遮って頼み込んできた。
そこでベンゼルは再び頭を悩ませる。
これまでリディーが努力を重ねてきたのは今彼女が言った通り、いざという時に大切な人を守るため。
その時が実際に訪れたとして、実戦経験があるとないのでは大きく異なる。
「……わかった、いいだろう。だが一体だけだ。俺が他の三体を倒した後、残りの一体を相手しろ」
考えた末、ベンゼルは条件付きで戦闘を認めることにした。
一体だけならまず負けないだろうし、万が一苦戦するようなら自分が倒せばいいと考えて。
「はい! ありがとうございます!」
「ああ。じゃあ、少し待ってろ。さくっと三体倒してくる」
群れまでだいぶ近づいたところでシュライザーを停止させ、御者台から飛び降りた。
鞘から大剣を抜いて地面を蹴る。
向こうもこちらに気付いたようで距離を詰めてくる。
やがて間合いに入ると、そのままの勢いで剣を大きく左に払った。
あまりにも速いその斬撃を避けられるはずもなく、先頭を走っていた二体の身体は上下に分かたれる。
ひと呼吸おいて、残りの二体が左右に分かれて攻撃を仕掛けてきた。
ベンゼルは大剣を振り払い、右から攻めてきたブラッディドッグを瞬殺。
残りの一体の噛みつき攻撃は左手のガントレットで防いだ。
「リディー、いくぞ!」
「はいっ!」
返事を確認するや否や、ベンゼルは左腕にぶらさがっているブラッディドッグをリディーに向かって放り投げる。
ほどなくして、身体を捻って綺麗に着地した黒い犬は口を大きく開き、リディーに飛び掛かった。
(さあ、どうする)
ベンゼルなら大剣を振るって両断するところだが、リディーの筋力と片手剣では傷を負わせるのがやっと。
そのまま噛みつかれ、大傷を負ってしまうだろう。
なので、剣で斬りかかるのは最悪の選択肢だ。
ここでリディーが取るべき最善の行動は――
(そうだ、それでいい)
リディーは身体を翻し、嚙みつき攻撃をひらりと避けた。
間髪容れずに着地したブラッディドッグの背後から、両手で握った剣を真っ直ぐに突き刺す。
それにより相手が動きを止めたところで、リディーは
「【ロックランス】!」
瞬間、地面から鋭く尖った岩が生えてくる。
その岩の槍は黒い身体を貫通、ブラッディドッグは絶命した。
「倒せた……!」
「よくやった。満点の出来だ」
初勝利を喜んでいるリディーにそう言うと、彼女は一層笑みを深くする。
「ありがとうございます! これもルゼフさんのおかげです!」
「フッ、何を言う。これはお前の努力の
リディーの戦いぶりは思っていた以上のものだった。
これなら彼女が望むのであれば、もう少し戦闘を任せていいかもしれない。
ベンゼルはそんなことを考えながら、その後もリディーを褒めてやると彼女は嬉しそうにしていた。
そして二人はシュライザーのもとに戻ると、引き続きカナドアン王国の王都を目指すのであった。
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