第20話 船上での一幕

 段々と身体が船の揺れに慣れてきたようで、五日も経つとリディーはすっかりと元気を取り戻した。

 これで問題解決……と思いきや、二人には新たな問題が浮上していた。


 暇だ。

 最初は船内を歩き回ったり、海を眺めたりしているだけでも楽しかったが、数日もすると完全に飽きてしまった。


 リディーにルキウスとの旅について話してやろうと思っても、大抵の話は馬車の中で伝え済み。

 これから訪れる街のことは『実際に足を運んだ時の楽しみに』と本人の希望もあってしないでいる。

 遊び道具などは当然持ってきていないし、唯一暇が潰せそうなベンゼルが持っている小説も二人とも既に読んでしまっている。


 そんな訳で時間を持て余している二人は今、それぞれのベッドに仰向けになってぼけーっと天井を見つめていた。


「……暇ですねー」

「そうだな……」


 何度繰り返したかわからないやりとりをもう一度したところで。

 リディーが「そうだ!」と声を上げながら上半身を起こした。


「ルゼフさんとお兄ちゃんって船に乗ってた時、何をして時間潰してたんですか?」


 自分も同じことをしようと思っているのだろう。

 光明を見出したと言わんばかりに目を輝かせる。


「俺達はずっと稽古だ。それ以外の時間もそれぞれで素振りしたりして鍛錬に励んでいた。まあ、その時は他に客がいなかったからな」


 当時は外国にいこうとしている者などいるはずもなく、船は貸切状態だった。

 だからこそベンゼルとルキウスは周りを気にすることなく、存分に稽古に励めたという訳だ。


「稽古! それですよ! ルゼフさん、私にもお願いします!」

「何を言っている。『その時は他に客がいなかったから』と言っただろう」

「そうですけど! ほら、他のお客さんの邪魔にならないように隅っこのほうでやれば! みんな海に飽きちゃったのか、デッキに出ている人そんなにいないですし!」


 言われてみれば確かにここ数日、デッキに人影はそんなにない。

 なので、もしかしたら隅のほうで慎ましく稽古する分には許してもらえるのではないか。


 この時間にリディーに稽古をつけられていればと、ただただ流れゆくこの時をもったいなく感じていたこともあって、ベンゼルはリディーの考えに乗ることにした。


「確かにそうだな。よし、じゃあ船員に聞くだけ聞いてみよう」

「はいっ!」



 ☆



 数十分後。

 二人はデッキの中央で、木剣を構えて向かい合っていた。


 あの後、船員に木剣による打ち込み稽古をしていいか聞きにいったところ、呆気なく許可をもらえたからだ。

 それも渋々といったどころか、『ぜひそうしてくれ』と歓迎されてしまった。


 なんでも客達から暇を訴える声が多数上がっているらしく、『剣術の稽古風景を見せてくれれば皆さんの暇も紛れるでしょうから』とのこと。

 要は客達の暇つぶしのため、見世物になってくれということだ。


 という訳で二人は隅っこではなく、デッキの中央で堂々と稽古を始めようとしているのである。


「さあ、来い」

「はいっ!」


 元気よく返事をすると、リディーは地面を蹴った。

 彼女は防御面においては言うことなしなので、最近は攻撃面を重点的に鍛えている。

 普段は魔法も使わせているが、今は船の上ということもあって魔法の使用は当然禁止だ。


「たぁっ!」


 掛け声を上げながら木剣を突き出してくる。

 以前よりも速い。

 ここ数日の稽古の成果がしっかりと出ている。


「いいぞ。その調子でどんどんこい」

「はいっ!」


 リディーは教えた通り、的確に剣を振るってくる。

 このまま努力を重ねれば、ルキウスまでとはいかなくても立派な剣士になれるだろう。

 もっとも、魔法を使える以上、そこまで剣の腕は磨かなくていいのだが。


 そんなことを思いながら稽古を続けていると――


「おっ、なんだなんだ?」

「わー、すげー!」

「見て、お母さん! なんかやってる!」

「おう、剣の修行かい! いいぞ! 嬢ちゃん頑張れ!」


 木剣を打ち合う音が聞こえたからだろうか、自分達の周りにぞろぞろと客がやってくる。

 皆、興味津々といった様子でこちらを眺めており、その場に座り込んで見学する者まで現れた。

 中には演劇でも楽しむかのように、酒を片手に声援を送ってくる者まで。


 そんな彼らに時折会釈を返しながら、稽古を続けること数時間。

 リディーの顔にも疲れの色が見えてきたことで、今日はそろそろ終わりにしようと思ったその時――


「お姉ちゃん、必殺技だー!」


 先頭に座っていた小さな男の子が、右腕を掲げながら大声を上げた。

 思わぬ言葉に、それまで真剣な表情を浮かべていたリディーが目を瞬かせる。


「ひ、必殺技? ……ルゼフさん、どうしましょう?」


 グググっと剣を押し付けながら小声で尋ねてくる。

 カナドアン王国に着くまでの残り数日、これからもこうして共有スペースを占領させてもらうことを考えると、愛想よくしておくことに越したことはない。

 ベンゼルは観客の望みを叶えてやることにし、小声でリディーに言葉を返した。


「適当に考えろ。お前が何かしたら、それに合わせて俺が倒れてやる」

「そ、そんなこと言われても!」

「いっけー!」

「お姉ちゃん、頑張れー!」

「負けるなー!」


 先ほどの男の子に加わり、他の子供も声援を上げる。

 リディーは困惑していたが、やがて意を決したような顔をしたかと思うと、大きく後ろに飛びのいた。

 直後、剣を大きく振りかぶって突っ込んでくる。


「く、食らえー! リディースペシャルアターック!」

「……や、やられたー」


 敢えて剣で防がずに袈裟斬りを浴びると、ベンゼルは棒読みで言いながらうつ伏せに倒れた。

 大根役者もびっくりな演技力だが、子供達は気にならなかったようでリディーを囲んで楽しそうにはしゃいでいる。


 少しして起き上がると、子供達の親が近づいてきた。


「すみません、うちの子が」

「真剣にやってるとこを邪魔してしまって」

「ああ、いえ。喜んでもらえたなら何よりです」


 愛想よく答えると、親達は礼を言って子供と共に去っていく。

 それと入れ替わるように、今度は見学していた大人達がそばに寄ってきた。


「いやー、楽しませてもらったぜ!」

「だな! よっしゃ! こいつはその礼だ!」

「一生懸命な女の子はいいねえ。あたしゃ感動したよ!」

「本当にね~。ほら、これ食べて明日からも頑張るんだよ!」

「明日も楽しみにしてるぜー!」

「これで暇しなくて済むわ! お礼にこれもらって!」


 観客達はそんなことを言いながら、次々に食べ物や菓子を手渡してくる。

 それをベンゼルとリディーが困惑しながらも受け取ると、彼らは足早に去っていった。


「……なんだか喜んでもらえたみたいですね」

「そうだな。別に楽しませようなどとは思っていなかったが、まあ、喜んでくれるならそれに越したことはない」

「そうですね!」


 リディーは嬉しそうに微笑む。

 その後、二人は自分達の船室に向かった。


「それにしても、ククッ。リディースペシャルアタックときたか」

「し、仕方ないじゃないですかっ! あんな急に言われたら!」

「フッ、いいではないか。カッコいいぞ、リディースペシャルアタック」

「もー! 何度も言わないでください! それを言うなら、ルゼフさんの演技も酷かったですよ!」

「……フン、お前の必殺技よりはマシだ」

「あー、ひっどーい! いいですもん、明日までにもっとカッコいいやつ考えますから!」

「そうか。そいつは楽しみだ」


 そんな話をしているうちに二人は船室に戻ってきた。

 そのまま風呂に直行し、それぞれ汗と疲れを洗い流すと、ふかふかのベッドに身体を沈めるのであった。

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