第40話 アイスケーキ

 シュライザーを走らせること数十分。


「……あの、ルゼフさん。申し訳ないんですけど、一旦馬車を止めてもらえませんか?」


 それまで黙っていたリディーが、突然そんなことを言ってきた。


「ああ、もちろん構わないが……急にどうした?」

「その……さっきの人に剣を向けたことを謝りたくて」


 そう聞いてベンゼルは目を丸くした。

 確かに先ほどのリディーの行動は褒められたものではないが、元はと言えば悪いのは盗賊だ。


 だからリディーが謝る必要はどこにもない。

 そう思うベンゼルだったが――


(まあ、どうするかはリディーの自由だしな)


 ベンゼルは「わかった」と答えると、シュライザーを停止させる。

 そうして一緒に御者台から飛び降りると、二人は馬車の後ろに回った。


「……あの」


 リディーが声を掛けると、荷台に乗っている盗賊達は「ひぃ!」と悲鳴を上げた。

 それに構わず、リディーはバッと頭を下げる。


「降参したのにもかかわらず襲い掛かったりして……さっきは本当にごめんなさい!」


 まさか謝られるとは思ってなかったのだろう。

 斬りかかられた頭領はもちろん、手下の三人も目を瞬く。

 ほどなく、頭領が慌てた様子で話し始めた。


「あっ、い、いえ! わりいのは俺らのほうですから! き、気にしないでくだせえ!」


 先ほどの威勢のよさはどこへやら。

 頭領がぺこぺこと頭を下げてくる。


 リディーを刺激するのはマズいと考えたのか、それともベンゼルが睨んでいたからか。

 いずれにせよ、頭領はリディーの謝罪を受け入れた。


「でも……」


 それでも、頭を上げたリディーはなおも浮かない顔をしている。

 本当に申し訳なく思っているのだろう。


 そこでベンゼルがさらに目つきを鋭くさせる。

 盗賊達は再び悲鳴を上げると、頭領が口を開いた。


「ほ、本当に俺なら大丈夫っすから! む、むしろ、ああしてもらえて目が覚めたっていうか! なっ、お前ら!?」

「え、ええ! おかげで親分も心を入れ替えようって思ったって! あっ、も、もちろん俺達も!」

「そうですそうです!」

「だから、ほ、本当に気にしねえでくだせえ!」


 盗賊達が順に言葉を並べる。

 それを聞いて、リディーは少し表情を和らげた。


「……ほ、本当に?」

「ええ、本当です! 本当ですとも! 姐さんのおかげで、俺達は改心しました!」


 その言葉にリディーはぱぁっと顔を明るくさせた。

 自分の行動が心を入れ替えるきっかけになったと言われたのだ、気も楽になるだろう。

 もっとも、本当はそんなこと微塵も思っていないだろうが。


「よかったな、リディー」

「はいっ!」


 リディーが笑みを向けてくる。

 いつも通り、元気で明るいリディーだ。


 ベンゼルは頬を緩めると、リディーと一緒に御者台に上がった。

 その瞬間、後ろから大きな溜め息が四つ聞こえてきた。



 ☆



 数十時間後。

 ベンゼル達はとうとうスイーツの都と言われている都市――グレキンに到着した。

 門番に挨拶を済ませたところで、「そうそう」とベンゼルが話を続ける。


「ここに来るまでの道中で盗賊に襲われまして。捕らえましたので、後はそちらにお任せしてもよろしいでしょうか?」

「盗賊?」

「ええ。おい、お前ら降りてこい」


 馬車に向かってそう言うと、荷台から降りてきた盗賊達がとぼとぼとこちらに歩いてきた。

 それを目にして二人の門番は目を見開く。


「こ、こいつらは!」

「お、おい! こっちに来い! お前らもだ! 痛い目に遭いたくなければ大人しくついてこい!」


 片方の兵士が頭領の腕を掴むと、引きずるように街の中へ連れていく。

 その後を手下三人が追っていった。


「もう悪いことしちゃダメですからねー!」


 そんな彼らにリディーは笑みを浮かべながら手を振る。

 やがて彼らの姿が見えなくなったところで、もう片方の兵士が自分達の前に立った。


「ルゼフさんにリディーさんでしたか。盗賊を捕まえて頂き、本当にありがとうございます!」

「あっ、いえいえ。お力になれたようで何よりです」

「はい、それはもう! 本当にありがとうございます! つきましては懸賞金をお渡しいたしますので、大変申し訳ないのですがこのまま少しお待ち頂けますか? すぐに別の者が参りますので」


 その言葉にベンゼルとリディーは同時に首を傾げる。


「懸賞金?」

「ええ。あの盗賊達には懸賞金を掛けられておりまして。捕獲に協力して頂いた方にお支払いすることになっているのです」

「へえ、そうだったんですか。……わかりました。そういうことなら――」


 懸賞金は盗賊を捕らえた者全てに支払われるもの。

 世界を救ってくれたお礼と言って、自分一人だけに特別に捻出されたものとは訳が違う。

 なので、これまで頑なに金銭を受け取りたがらなかったベンゼルだが、今回は素直に受け取らせてもらうことにした。



 兵士やリディーと話しながら待つことしばし。

 門にまた別の兵士がやってきた。


「大変お待たせいたしました。この度は盗賊を捕獲してくださり、本当にありがとうございました。こちらがその懸賞金です。どうぞお受け取りください」


 その兵士が小さな巾着袋を手渡してくる。

 受け取って中を見てみると、金貨が十数枚入っていた。


「ありがとうございます。頂戴いたします」

「あ、ありがとうございますっ!」

「こちらこそ。繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。……それでお二人は観光に?」

「ええ」

「そうですか。では、どうかゆっくりと楽しんでいってください」


 後から来た兵士がそう言うと、もう片方の兵士と顔を見合わせる。

 そして同時に頷いた。


「「ようこそ、グレキンへ!」」



 ☆



 門番の兵士達に別れを告げると、ベンゼルとリディーは門をくぐった。


「わぁ!」

「おお」


 広がった光景にリディーはもちろん、ベンゼルも感嘆の声を上げる。


「ほう……これがグレキンか」


 勇者一行は一刻も早く魔王を討伐すべく、最短距離でヌリーシュに向かっていた。

 なので回り道になるグレキンには寄っておらず、ここに来るのはベンゼルも初めてだ。

 そんな訳でいつにもなくベンゼルもワクワクとしていた。


「よし。まずは馬宿探しだ」

「はいっ!」



 馬宿はすぐに見つかった。

 手続きを済ませた二人は部屋に荷物を置くと、すぐさま宿を後にする。


「さて。それじゃあ――」

「スイーツですか!?」


 リディーがグッと身を乗り出してくる。

 ベンゼルは目を瞬かせると、少しして苦笑した。


(先に観光をと考えていたが、まあそれは後でいいか)


「ああ。スイーツを食いにいこう」

「やったー!」


 両手を上にあげて喜びを表現するリディー。

 ベンゼルはフッと笑うと、リディーと一緒に歩き出した。



 街並みを眺めながら歩くことしばらく。


「ん?」


 広々とした広場に出た瞬間、甘い匂いが鼻に届いた。

 辺りを見回してみると、多数ある店の半分以上がスイーツを扱う店だった。

 そのほとんどにカフェが併設されている。


「すごーい! お菓子屋さんがこんなに!」

「これは……想像以上だな。さすがはスイーツの都といったところか」


(ここにあいつがいたら凄いことになっていただろうな)


 フィリンナのことだ、感激のあまり泣き出してしまうかもしれない。

 その様子を想像して、ベンゼルは顔を綻ばせた。


「ねっ、ルゼフさん! どのお店に入ります?」

「お前が決めていいぞ。正直違いがわからんのでな」

「そうですか! じゃあ、私が決めますね! えーっと」


 口に人差し指を当てながら、リディーが辺りを見回す。


「じゃあ、あそこ! あのお店入りましょう!」

「ああ、わかった」



 ☆



「さて、と」


 呟きながら、店員が置いていったメニューを広げる。

 その瞬間、ベンゼルは目を丸くした。


(こ、こんなにあるのか)


 ケーキにシュークリーム、プリンやタルトといった生菓子のイラストと説明がページを埋め尽くしている。


(これはリディーもさぞ驚いているだろうな)


 顔を上げると、リディーはテーブルに広げたメニューにウンと顔を近づけていた。

 その目は大きく開かれており、時折ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる。


 普段とは様子が違うリディーに苦笑いを浮かべると、再びメニューに視線を落とす。

 そしてページをめくると、次はクッキーやフィナンシェといった焼き菓子達が現れた。


(……菓子ってこんなにも種類があるんだな)


 そんなことを思った矢先、まだページがあることに気付く。

 めくってみると、最後のページにはアイスクリームやシャーベットなどの冷菓が掲載されていた。


(さて、どれがいいか)


 先にグレキンへやってきたのは、フィリンナの墓にスイーツを供えるため。

 ここから彼女の故郷であるアイルサまではかなり離れており、着くのに時間が掛かるので日持ちするものを選ばなければならない。


 その日持ちするスイーツの中から、食べて美味しかったものを買っていこうとベンゼルは考えている。

 とはいえ、どれが日持ちするかなんてベンゼルにはよくわからない。

 生菓子よりも焼き菓子が日持ちすることはわかるが、それも何日持つのか。


 うーんと頭を悩ませることしばらく。

 結局ベンゼルは店員の力を借りることにした。


「すまない」

「はーい! お決まりですかー?」

「いや、一つ聞きたいことがあって。少し相談に乗ってもらえないだろうか」

「はい、もちろんです!」

「ありがとう。実は――」


 生きている友人への手土産ということにして、ベンゼルは自分の考えと悩んでいる理由を伝えた。


「うーん、そうですねえ……」


 女性店員が顎に手を当てる。

 ほどなくして、「あっ、でしたら!」と明るい声を上げた。

 メニューを開き、冷菓のページの一番下を指差す。


「でしたら、こちらのアイスケーキはいかがでしょうか?」

「アイスケーキ?」

「はい! こちらはアイスクリームでできたケーキでして。冷凍しているので他のスイーツよりもずっと日持ちするんです!」

「へえ、そうなのか。でも途中で溶けてしまうんじゃないのか?」

「大丈夫です! 持ち帰られる時は特別な容器に入れてお渡ししますので、その容器に向かって一日一回コールドブリーズを発動してください! そうして頂ければ数か月は問題ありません!」


 コールドブリーズとは、凍てつくような冷気を発生させる三等魔法のことだ。

 言わずもがなベンゼルは使えないが、リディーは使える。

 リディーに顔を向けると、任せてくださいと言わんばかりに頷いてくれた。


「そうか。丁寧にありがとう。じゃあ、このアイスケーキを頂こう」

「はい! 味はいかがしますか?」

「えー、そうだな」


 メニューに目を向ける。

 バニラ・チョコレート・レモン・イチゴ・チーズ――と様々な種類があった。

 一番美味しかったものを買っていこうと考えているが、食べ比べをしようにも種類が多すぎて全部は食べられない。


「全種類一切れずつください!」


 うーんと悩んでいると、リディーが明るい声でそう言った。

 かしこまりましたと女性店員が去っていく。


「お、おい! 全種類なんて俺一人じゃとても食いきれんぞ」

「わかってますよ! だから一緒に食べましょ!」

「一緒に? いや、お前は自分が食いたいものを頼めば――」

「大丈夫です! 私もアイスケーキ食べたかったので!」


 先ほど確認した時、リディーは食い入るように生菓子のページを見ていた。

 だから本当は生菓子を食べたかったはず。

 なのにもかかわらずアイスケーキを注文したのは、自分に気を遣ってくれたのだろう。


(……リディーは本当に優しいな)


 連日走らせっぱなしだったシュライザーを休ませるためにも、グレキンにはしばらく滞在するつもりでいる。

 その間、ゆっくりと観光しつつ好きなだけスイーツを食べさせてやろう。

 そんなことを思うベンゼルであった。



 ☆



「「ふう」」


 十数枚もの空の皿を前に、二人は同時に息を吐いた。


「一生分食った気分だ」

「ですね! もうお腹一杯です!」


 腹をさすりながらそんな会話をしていると、先ほどの女性店員がやってくる。


「当店自慢のアイスケーキ、いかがでしたか?」

「ああ、初めて食べたがどれも美味かった」

「本当に美味しかったです!」

「そうですか! ありがとうございます! それでお客様、お持ち帰りのほうはいかがいたしますか?」

「このアイスケーキをホールでもらえるか。味はイチゴで頼む」


 いずれも美味しかったが、中でもイチゴ味のアイスケーキが特に美味しいとベンゼルとリディーの意見が一致した。

 なのでイチゴ味をフィリンナへの手土産として買っていくことに決めたのだ。


「イチゴ味をホールですね! ご注文ありがとうございます! すぐにご用意できますが、このままお持ち帰りになりますか?」

「いや、しばらくはグレキンに滞在するつもりでな。そうだな……一週間後にまた来るから、その時に受け取るのでもいいか?」

「はい、もちろんです!」

「そうか、何から何までありがとう。じゃあ、頼む」



 ☆



 当初の予定では、路銀を稼ぐため依頼仲介所で依頼を受けるつもりだったが、懸賞金という思わぬ臨時収入を得た。

 そんな訳でひたすら観光を楽しみつつ、毎日のようにスイーツを味わうこと早一週間。


 アイルサまでの長い旅路に備え、食料や物資を買い込んだベンゼル達は最初に訪れたスイーツ店に向かった。

 そこでイチゴ味のアイスケーキを受け取ると、満足した顔でグレキンを後にするのだった。

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