第39話 盗賊

 ベンゼルの誕生日から数日後。

 今日も二人はグレキンを目指して街道を進んでいた。


「えーっと、ダークネスバイトは……」


 隣からぼそぼそと声が聞こえてくる。

 ちらりと目をやると、太ももの上に広げた二等魔術教本を真剣な顔で見つめていた。


(今日もリディーは頑張ってるな)


 ベンゼルはフッと笑うと、正面に視線を戻す。


(ん?)


 その時、向かい側からこちらに走ってきている数名の人影が目に入った。

 ほどなく、彼らの手元がキラリと光る。

 何だろう、と目を凝らしてみると、少ししてそれが剣であることに気付いた。


 兵士であれば普通は馬車で移動するため、恐らく彼らは兵士ではない。

 とすれば、考えられるのはなんらかの依頼を受けてどこかに向かっている一般人か、もしくは盗賊だ。


 どちらなのかまだ判断できないが、警戒するに越したことはない。

 ベンゼルは小さく息を吐くと、目つきを鋭くさせた。



 そのままシュライザーを走らせることしばらく。

 先ほどの彼らと残り数メートルのところまできたところで。


「おい! そこの馬車、止まりやがれ!」


 先頭に立つ、見るからに悪そうな大柄の男が怒声を上げた。

 その後ろには、剣を構えた男が三人。

 ニヤニヤと下卑げびた笑みを浮かべている。


 間違いない、盗賊だ。


「えっ?」


 リディーが顔を上げる。

 数度目を瞬くと、こちらに顔を向けてきた。


「ルゼフさん、この人達は?」

「盗賊だ」

「……とう、ぞく?」

「ああ。いいか、お前はここでじっとしていろ」


 小声でそう言うと、ベンゼルはシュライザーを停止させた。


「よーしよし! 聞き分けがいいじゃねーか! ……って、おっ!」


 頭領と思われる大柄な男が、リディーを見てニヤリと笑う。


「いい女連れてんじゃねーか! おい、兄さん! 馬車と女を置いてきな! 後、持っている物もな!」

「わかりました。ですから、どうか命だけは」


 言葉とは裏腹に落ち着いた声色でそう言うと、ベンゼルは御者台から降りた。

 船の上でリディーの必殺技を受けて倒れた時と同様、とんでもなく下手な演技だが、盗賊達には必死に命乞いしているように聞こえたらしい。

 四人の男は「ぎゃはは!」とバカ笑いした。


「みっともねえ野郎だな! 立派なのは鎧だけか! だがまあ、賢い判断だ。さあ、さっさと持っている物を寄越しな!」

「はい」


 返事をして盗賊達に近づいていく。

 そうして手を伸ばせば触れられる距離までくると――


「ぐふぅ!」


 頭領の腹を思いっきり殴りつけた。

 くの字に身体が曲がり、その場にくずおれる。


 そのままベンゼルは流れるように、頭領の真後ろに立っていた二人の男にも拳を浴びせた。

 バタン、バタンと男達が倒れ込む。


「お、お前!」


 さらに後ろに立っていた男が手を伸ばしてくる。

 それと同時にベンゼルは膝蹴りをお見舞いした。

 恐らく魔法を発動させようとしていたのだろうが、その前に男は背中から倒れ伏した。


 盗賊をしているくらいだからクイックスペラーではないだろうと考えていたが、その通りだったようだ。

 ベンゼルは安堵の息を吐くと、地面に両膝を突いてうめき声を漏らしている頭領の側に立った。


「騙してすまん。魔法を使われたくなかったのでな。……さて、他に手下はいるか? 正直に言え」

「うぐぅ……」

「さっさと答えろ。もう一発殴ってほしいか?」

「ごほっ、い、いねーよ」

「本当か? おい、俺の顔を見ろ」


 ゆっくり顔だけ向けてくる。

 その表情は怯え切っていた。


「ほ、本当だ! ここにいるので全員だ! だ、だからもう勘弁してくれ!」

「そうか。じゃあ、剣を捨てろ。抵抗するなら容赦しない」

「わ、わかった!」


 頭領は握っていた剣を放り投げた。

 それを見たベンゼルは「よし」と呟き、腕を掴んで強引に立たせる。


 そうして馬車に連行していると、リディーがふらふらと近づいてきていた。

 右手には抜き身の剣が握られている。

 様子がおかしい。


「……リディー?」


 どうしたのだろうと、不安げに彼女の名を呼ぶ。

 すると、リディーは返事をする代わりに地面を蹴った。


(おいおい、まさか!)


 慌てて大剣を抜く。


「ひいいいぃぃ!」


 横から情けない声が上げる。

 リディーが頭領に向かって斬りかかってきたからだ。

 それをベンゼルが大剣で防ぐ。


「……おい、何をしている」

「邪魔しないでください。こいつは殺さないといけないんです」


 冷たい声で言いながら、グググっと剣を押し付けてくる。

 その表情は憎悪に満ちていた。


「殺す、だと?」

「はい。ルゼフさんが殺さないなら私が殺します」

「馬鹿なことを言うな! とにかく一旦落ち着け!」

「私なら落ち着いてますよ。だから早くどいてください」


 淡々と言ってくるリディーに舌打ちすると、ベンゼルは全力で剣を押し返した。

 バランスを崩したリディーが尻餅をつく。


「落ち着いているだと? 嘘をつけ! お前はこんなことをする奴じゃないだろう! 一体どうしたというんだ!」

「……だって」

「何だ!?」


 ベンゼルが声を荒らげると、リディーはキッと睨みつけてきた。

 みるみるうちに顔を紅潮こうちょうさせる。


「だって! お兄ちゃんが命を犠牲にしてまで、世界を平和にしてくれたのに! こいつらは、そのせっかくの平和を!」


 いつにもなく強い口調で言葉を並べる。

 かと思えば、リディーは両手で目を覆った。

 すすり泣く声が聞こえてくる。


「……リディー」


 ベンゼルはリディーの心情を理解した。

 最愛の兄が命に代えて築き上げた平和な世界を、この盗賊達は規模が小さいとはいえ壊そうとした。

 それが許せなかったのだろう、と。


 気持ちはわかる。憎く思うのも当然だ。

 だが、それにしたってリディーが手を下すのはダメだ。

 こいつらは然るべき場所で、相応の罰を与えられる必要がある。


(まあ、そんなこと俺が言える立場ではないんだがな)


 前に盗賊と遭遇した時のことを頭に浮かべると、ベンゼルは自嘲じちょうした。



 ◆



 スコルティア帝国の中央南にある都市――ゴインを出発してから数十日。

 この日も勇者一行は帝都ダルウィンを目指して、街道を北上していた。


「……ん?」

「どうした?」

「見て、あそこに人が」


 ルキウスが前方を指差す。

 目を細めてよく見てみると、遥か先のほうにいくつかの人影があった。


「本当だ。……きっと帝都から逃げてきたんだろうな」


 魔族が現れた場所から最も近い都市――ヌリーシュは抵抗虚しく既に陥落。

 現在はモーレンゼの北に防衛線を張り、そこで各国から集結した兵士達が魔族の侵攻を食い止めてくれている。

 と、先日ゴインの領主からそう聞かされた。


 その防衛線が突破されてしまえばモーレンゼが狙われ、モーレンゼが落ちれば次は帝都ダルウィンだ。

 だからそうなる前に彼らは南へ避難しようとしているのだと、ベンゼルは予想した。


「うん。……急ごう」

「……ああ」


 これ以上、戦死者を出させないため。

 そして、自分の身を守るために思い出が詰まった家やそれまでの生活を手放す。そんな辛い思いをする人も出させないためにも、一刻も早く魔王を討伐しなければ。

 改めてそう思うベンゼルであった。



 そのまま街道を進むことしばし。

 先ほど確認した人影が三名の中年の男性であることがわかったと同時、それまで立ち止まっていた彼らが急にこちらに駆け寄ってきた。


「お、おい! 止まれっ!!」


 そのうちの一人、髭を生やした男がそう言って、残り二人と一緒に自分達の前に立ち塞がる。

 自分達に何か用でもあるのだろうか。

 ルキウスと顔を見合わせて同時に首を傾げると、ベンゼルはシュライザーを停止させた。


「あの、僕達に――」

「も、持っているもの全て寄越しやがれ!」


 男達が一斉に剣を向けてくる。


「「えっ?」」


 ルキウスとベンゼルが驚きの声を上げる。

 間もなく、「ん、何?」と荷台から顔を出してきたゼティアとフィリンナも同じ反応をした。


「……お前ら、もしかして盗賊か?」

「ああ、そうだ! わ、わかったら、さっさと馬車と荷物を寄越しやがれ!」

「そう、か。……盗賊か」


 魔族の出現により世界は危機に瀕している。

 だから今は皆で手を取り合って協力しなければならないというのに、そんな状況でまさか盗賊をしているとは。


 ベンゼルは心の底から呆れる。

 そして怒りが湧いてきた。


「おい、聞こえてねーのか!? 早く荷物を――」

「【エアプレッシャー】」

「うおっ!」


 ルキウスが発動した一等魔法により、男達は一斉に地面に両手両膝を突く。

 エアプレッシャーは空気の重圧を上から押し当てる魔法だ。

 本来なら身体がぺしゃんこになってもおかしくないが、そこはルキウスが加減しているらしい。


 ベンゼルは御者台から降りると、大剣を抜いてゆっくり男達に近づく。

 冷たい目で見降ろしながら、四つん這いになっている髭面の男に剣を向けた。


「最期に言い残すことはあるか?」

「……へっ、特にねえよ」

「そうか。じゃあ――」


 ベンゼルがゆっくり剣を振り上げる。

 そうして振り下ろそうとした瞬間、腕を凄い力で掴まれた。


「……ルキウス、どういうつもりだ」

「それはこっちの台詞だよ。ベンゼル、君は何をしようとしたのかわかっているのか?」

「当たり前だ。こいつらを殺す。安心しろ、お前の手を汚させはしない」


 ベンゼルは淡々と答える。

 するとルキウスはキッと睨みつけてきた。


「殺すだって?」

「ああ」

「ふざけるな! そんなことは僕が許さない!」


 声を荒らげるルキウスにベンゼルは目を瞬く。

 ほどなく、バカにするかのように「フッ」と笑った。


「おいおい、待ってくれ。まさかとは思うが、お前はこいつらをこのまま生かすと言うんじゃないだろうな?」

「ああ、そうだ! 彼らには然るべき罰を受けてもらう! だから殺させはしない!」


 その言葉にベンゼルは激昂し、彼の胸倉を掴む。


「『殺させはしない』だと? ふざけるな! 平常時ならまだしも、こいつらは世界が大変なことになっているにもかかわらず盗賊をしている最低の屑だぞ!? こんなどうしようもない屑どもは生きる資格などない!」

「ふざけてるのはベンゼルだよ! それを決めるのは君じゃない!」

「ちょっと二人とも!」

「お、落ち着いてください!」


 ゼティアとフィリンナが慌てた様子で間に入ってきた。

 そんな二人にベンゼルが声を荒らげる。


「おい、ゼティア! フィリンナ! お前らもこのバカに言ってやれ! こいつらはここで殺すべきだとな!」

「えっ、い、いや、ベンゼルの気持ちもわかるけど、殺すのはさすがに……」

「わ、私もゼティアちゃんに同感です……」

「ほら。ベンゼル、君は間違ってる」

「何だと!?」


 ベンゼルはグッと顔を近づけると、そのまま自分の考えを主張した。



 殺す、殺さないの言い争いを続けることしばらく。

 突然、ルキウスが溜め息を吐いた。


「わかった。もういい。……勇者権限を行使する。彼らはダルウィンに連れていき、そこで相応しい罰を受けてもらう」

「なっ!?」


 まさか勇者権限を行使されるとは思っておらず、ベンゼルは言葉を失った。

 ターラモアで口論した時と同様、これでもうルキウスの決定に逆らえない。


「…………」


 ベンゼルは口を閉じると、悔しさにグッと拳を握りしめた。


「……ゼティア。荷台に縄があるから持ってきてくれる?」

「う、うん!」


 ゼティアがシュライザーのもとに走る。

 少しして戻ってくると、ルキウス達三人は手分けして盗賊達の手を縄で縛った。


「さあ、立って」

「は、はい」


 ルキウスが髭面の男を立ち上がらせる。

 そうして馬車に向かって歩き出した瞬間――


「……ルキウス」


 ベンゼルはルキウスを呼び止めた。


「……何?」

「一つだけ聞かせてくれ。これは反論ではない」

「わかった、いいよ」

「……こいつらはこんな時にも盗賊をしている根っからの屑だ。服役を終えて出所した後に同じことを繰り返してもおかしくはない。だから俺は殺すべきだと判断した。これが平常時であればお前が言う通り、拘束して近くの街に連行していただろう」

「うん。それで?」

「そんな悪質な奴らだ。人を簡単に殺しかねない。それで本当に殺される人が出てきてしまったら? お前はそうなった時のことを考えているのか?」


 そう問うとルキウスは俯いた。

 意地が悪い質問であることは自分でもわかっている。

 しかし、聞かずにはいられなかった。


 少ししてルキウスが顔を上げると、首を横に振った。


「……でも、そんなことにはならないよ」

「なぜだ? なぜそう言い切れる?」

「この人達は声も、剣を握る手も震えていた。それに殺意も全く感じられなかった。……だから君は根っからの屑だって言うけど、僕はそうは思わないんだ」


 頭に血が上っていたからか、声と手が震えていたのには気付かなかった。

 もしかしたらルキウスの勘違いかもしれないが、仮にそうだったとしても、たったそれだけのことでそう判断できるほどベンゼルは単純ではない。


 でも、ルキウスはそう言っている。

 もう彼の決定に逆らえない以上、それを信じるしかない。


「そうか。……だったらいいんだがな」


 ルキウスは小さく返事をすると、髭面の男と一緒に歩いていった。

 それを見たベンゼルは大きく溜め息を吐き、少ししてから馬車に戻った。



 ◆



 縄で縛った盗賊達を荷台に乗せると、ベンゼルは御者台に座った。


 それから数十分後。

 リディーが申し訳なさそうな顔で御者台に上がってくる。


「落ち着いたか?」

「……はい」

「そうか。よかった」


 ベンゼルがそう言うと、少ししてリディーは頭を深く下げてきた。


「ルゼフさん、本当にごめんなさい! 気持ちが抑えきれなくなって」

「気にするな。気持ちはわかる」

「でも……」

「いいんだ。さあ、そろそろ行くぞ」

「……はい」


 自己嫌悪に陥っているのか、リディーは沈んだ顔つきをしている。

 いつものように元気になってほしいが、今何か言ってもあまり響かないだろう。


(早くグレキンに行って、美味いスイーツを食わせてやらないとな)


 そんなことを考えながら、ベンゼルは手綱を動かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る