第8話 御者台での会話
カンパーニ村を出発して間もなく。
ベンゼルが思い出したかのように「そうだ」と切り出した。
「リディーさん。一つお願いがあるのですが」
「あっ、はい。何でしょう?」
「実は私が目を覚ましたことは陛下に伏せてもらっていまして。まだ一部の人しか知らないのです。というのも、私の
「あー、確かに街にベンゼルさんが来たってなったら、その度に騒ぎになっちゃいますもんね」
「ええ、自分で言うのもなんですが。そういう訳なので、私のことをベンゼルとは呼ばないでほしいのです」
今の自分の姿なら、ただ名前が同じなだけの別人と思われることだろう。
だが、万が一ということもあるので、それを防ぐためのお願いだ。
「わかりました! あ、でも、そしたら何てお呼びすれば?」
「ルゼフ、と。私のことはルゼフとお呼びください」
「ルゼフさんですね。了解です! あ、よかったら、どうしてルゼフなのかお聞きしてもいいですか?」
「ルキウス、ゼティア、フィリンナ。このルゼフという名は、大切な仲間達の名の頭文字をつけさせて頂きました」
旅の最中、名乗る必要がでてくることも多々ある。
もちろん公的な場では本名を名乗るが、宿の宿泊などちょっとした時には偽名を使おうと王都を発った日に考えていた。
そうして思いついたのがルゼフだ。
彼らの名をつけることで忘れなくなるし、愛着も持てる。
「なるほどっ! 素敵な名前ですね! ……そうだ、私からもお願いがあるんですけど、いいですか?」
「はい、私にできることなら」
「その、敬語を辞めて頂けないかなって。私のほうがだいぶ年下なのに敬語って、何だかムズムズしちゃって。それと名前もできたら呼び捨てのほうが……」
世界を救った勇者様の妹君。
それも親御さんの前ということもあって、ベンゼルは不得意な敬語で接してきた。
でも、本人が辞めてくれと言うなら無理をする必要はどこにもない。
「フッ、そうか。ならばそうさせてもらおう。正直言うと敬語を使うのは苦手でな。そう言ってもらえて助かった」
「ならよかったです! それで、ベンゼ……じゃなくって、ルゼフさん。私達これからどこに行くんですか?」
「一旦、王都に戻るつもりだ。陛下が他国に入国するための手続きをしてくれていてな。書状を用意してもらっているから受け取りにいく。それにリディー用の剣や防具も買わないといけないしな」
「あ、そうですよね……って! ルゼフさん!!」
リディーは大きく目を見開いた。
「ん? どうした?」
「わ、私、お金のことすっかりと忘れてしまってて。これだけしか持ってないんですけど……」
どこからか取り出した巾着袋を、申し訳なさそうな顔をして広げて見せてくる。
中に入っていたのは銀貨が四枚と数枚の銅貨だけ。
「ああ、金なら心配しなくていい。俺が全部出す」
「えっ? いや、そんな……」
「大丈夫だ。とにかくお前は金のことは気にしなくていい」
「でも……」
それから彼女の両親としたのと同じように押し問答を繰り返すことしばし。
ようやくリディーが遠慮を辞めたところで――
「あの、ルゼフさんってそんなにお金持ちさんなんですか……?」
首を傾げて、恐る恐るそんなことを尋ねてきた。
「いや? 俺の手持ちはこれだけだ」
ベンゼルが平然と巾着袋の中を見せると、リディーは絶句した。
一体、どの口で『金なら心配しなくていい』と言ったのかと思っているのだろう。
「安心しろ。路銀が尽きたら俺が稼いでくる」
「か、稼いでくるって、どうやって?」
「依頼仲介所で依頼を引き受けるんだ。お前も知っているだろう?」
「『依頼仲介所』……? いえ、初めて聞きました」
「そうか。まあ、カンパーニ村にはないものな。俺も利用したことがあるのは一回だけなんだが――」
依頼仲介所とはその名の通り、民間人同士の依頼を仲介する国営施設のことだ。
誰かに何かを頼みたい者・頼みを引き受けて金を得たい者、その双方の間に立つことで交渉を円滑に進めるために設立された。
名称は違えど世界各国に似たような組織があり、ある程度の規模の街には一つは存在する。
誰でも気軽に発注・受注ができ、国が間に入っているという安心感から利用者は多く、日夜様々なやり取りがなされている。
――と、ベンゼルはリディーに依頼仲介所の概要について簡単に説明した。
「へえ! そんなのがあったんですね!」
「ああ。依頼の内容によってはかなり稼げることもある。『モンスターの部位を取ってきてくれ』だとかな。まあ、その分危険ではあるんだが――」
「ルゼフさんだったら余裕ってことですね!」
「その通りだ。だから金のことは俺に任せておけ」
そう言うと、リディーはなぜか顎に手を当て黙り込んだ。
ほどなくして、明るい顔を向けてくる。
「あの、依頼って簡単なやつもあるんじゃないですか?」
「ああ。俺が行った時は家の掃除や引っ越しの手伝い、デッサンのモデルなんかもあったな」
「やっぱり! なら、ルゼフさんが依頼を受ける時、できそうな依頼があったら私はそれを引き受けることにします!」
「ん? なぜだ?」
「だって、ルゼフさんに甘えっぱなしになる訳にもいかないですし! っていっても、私はそんなに稼げないかもですけど……」
その言葉にベンゼルはフッと笑みをこぼした。
「そうか。わかった。じゃあ依頼仲介所に行く時は一緒に行こう」
「はいっ!」
(さすがはルキウスの妹だ。まだまだ若いというのにしっかりしている)
明るい返事をしたリディーにそんなことを思っていると、ふと一つ疑問が生まれた。
「っと、そうだ。リディーよ。一つ確認しておきたいんだが、水は魔法で出せるのか?」
「はい、もちろん!」
「そうか。なら水を買う必要も運ぶ必要もないな。助かる」
「あっ、そっか。ルゼフさんはその……魔法を使えないんでしたよね」
「ああ。俺は剣の腕一本でこれまでやってきた。だからまあ戦闘は問題ないんだが、生活する上で多少の不便があってな。主に水の調達で」
「そうですよね……。でも、お水とか火なら私に任せてください! 必要になったらいつでも言ってくださいね」
リディーはそう言って笑みを向けてくる。
それに釣られてベンゼルも頬を緩めた。
「ああ、頼りにさせてもらおう」
いつでも水や火を用意してもらえる。
それに何より、話し相手がいるというのは良いものだ。
これで、ここ数日辛く感じていた食事の時間も楽しいものになるだろう。
ベンゼルは早くもリディーという仲間が増えたことを喜ばしく思った。
「なあ、リディー」
「何でしょう?」
「これからよろしく頼む」
手綱から左手を放し、リディーに伸ばす。
「はい、こちらこそです!」
その手をリディーは嬉しそうに両手で握った。
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