第9話 ルキウスとベンゼルの出会い

 何気ない会話をしながら馬車を走らせることしばらく。

 今度はリディーが「そうだ!」と声を上げる。


「王都と言えば、お兄ちゃんとルゼフさんが初めて出会った場所ですよね! よかったら、その時のお話って聞いてもいいですか? お兄ちゃんの手紙にも『ベンゼルさんが仲間になってくれた』ってことしか書かれてなくて」

「ああ、そういえば話していなかったな」


 昨日、家族に諸々もろもろ話した時も彼の活躍についての話題がほとんどだったので、自分達の出会いについては話していなかった。


「俺とルキウスの出会いはな――」


 今からおよそ三年と半年前。

 初めてルキウスと会った日のことを懐かしく思いながら、ベンゼルは語り始めた。



 ◆



 兵舎の一階に用意された訓練場。

 そこでベンゼルは自分の部下に剣の稽古をつけていた。


「いいぞ、その調子だ」

「はい、ありがとうございます」

「お前は踏み込みが甘いな。踏み込む時は指の付け根を意識してみろ」

「はっ!」

「それでお前は――」


 その後も訓練場を回って指導を続けることしばらく。

 ある時、城につかえるメイドが慌てた様子で訓練場に飛び込んできた。


「勇者様がっ! 勇者様がお城にご到着されました!」


 カンパーニ村から『勇者が誕生した』との手紙が王都に届いたのが数日前。

 その知らせが本当のことだとわかって改めて嬉しかったのだろう。

 兵士達は「おおっ!」と感嘆の声を上げ、表情を明るくさせる。

 ベンゼルも口には出さないが、彼らと同じ思いだった。


「それで陛下から、『佐官以上の者は謁見の間に集まるように』とお達しがありまして。なので、えーっと、ここはベンゼル少佐だけですね。少佐は急ぎ、謁見の間までお願いします!」

「わかった、すぐに行く。お前達は引き続き稽古に励むように」


 部下達にそう言うと、ベンゼルは訓練場を後にした。



 数分後。

 ベンゼルはシャントリューゼ城の二階にやってきた。


 門番をしている兵士に扉を開けてもらい謁見の間に入ると、そこには佐官から将官まで錚々そうそうたる顔ぶれが揃っていた。

 部屋の中央に置かれた玉座の前には、ハーヴィーン王と勇ましい顔をした金髪の青年が並んで立っている。


(あの青年が勇者か。さすがと言うべきか、いい面構えをしている)


 そんな感想を抱きながら、ベンゼルはひざまずいている将校達の間に加わり、自身も片膝を突く。

 そのまま残りの将校達が来るのを待ち、やがて全員が揃ったところで王が口を開いた。


「うむ、皆揃ったようだな。では紹介しよう。こちらが女神様の神託を受け、勇者とならせられたルキウス・スプモーニア様。魔の手から我らを救ってくださる希望の光だ!」


 その言葉に将校達は「うおおぉぉ!!」と色めき立つ。

 少しして王が手をかざすと、瞬時に全員が口を閉ざした。


「さて、それでは本題に入るとしよう。これより勇者様は魔王討伐へ旅立たれる。その旅に同行することを志願する者はいるか! いれば、前に出るがよい!」


 王がそう言うと、すぐさま一人の男が前に出た。

 少将のデルッゴだ。

 ひと呼吸おいて、大佐のネルレイと中佐のオッドも前に出てデルッゴの隣に並ぶ。


 その他の者は跪いたまま微動だにしない。

 といっても、彼らは何も怖気づいている訳ではない。

 自分では力不足であり、勇者の足手まといになるとわかっているからこそだ。


 それはベンゼルも例外ではなかった。


「ベンゼル、お前は志願しなくていいのか? 小さい頃、『またいつの日か魔族が現れたら、その時は勇者と一緒に旅に出て絶対に魔族を打ち倒してやる』といつも言っていただろう?」


 自分の気持ちを我慢してそのまま跪いていると、隣の大佐が小声でそう言ってきた。


 魔族に故郷を、そして家族を奪われた恨みは忘れたことがない。

 だからその気持ちは今も変わっていない。いないのだが――


「……はい。魔法を使えない私では、足手まといにしかならないでしょうから」


 それを叶えるだけの力が自分にはないとベンゼルは思っていた。

 剣技を磨くことに全てを懸けただけあって、剣には自信がある。

 剣だけなら、この場にいる誰にも負けることはないだろう。


 ただ、魔法というものは剣なんかよりもずっと強力で、その魔法を使えない自分は剣と魔法の両方に優れた他の将校達に強さで圧倒的に見劣りする。

 そんな自分が志願しても選ばれるはずがないし、そもそも志願することすら恐れ多かった。


「魔法を使えなくてもお前には剣があるだろう。それに選ぶのはあそこにいる勇者様だ。ダメで元々、志願するだけしてみてもいいんじゃないか?」


 大佐が言いながら笑みを向けてくる。

 ベンゼルの気持ちを知っているからこその後押しだろう。

 考えた末、確かにと感じたベンゼルはその言葉に頷き、王の眼前まで歩いていった。


「うむ。志願するのはデルッゴ、ネルレイ、オッド、ベンゼルの四人だな。では、一人ずつ自分の武についてルキウス様に伝えよ。そしてルキウス様は誰を連れていくかお選びください。もちろん力不足だと判断したなら無理に選ぶ必要はございません」


 王がそう言うと、最初にデルッゴが自分の武勇を語った。

 それにネルレイとオッドが続く。

 そしてベンゼルの番がまわってきた。


「ベンゼル・アルディランと申します。私は魔力を持たずに生まれ、恥ずかしながら魔法は一切使えません。ですがその分、剣の鍛錬に全てを注ぎました。その甲斐あって剣には相応の自信があり、誰にも負けるつもりはありません」

「へえ、剣を!」


 ルキウスが感心したかのように声を上げる。

 その後、ルキウスは顎に手を当てて何やら考え始め、それから少し経ったところで口を開いた。


「皆さん、ありがとうございました。本当は四人ともについてきてほしいところですが、そういう訳にはいかないですもんね」

「ええ。人数が増えれば、その分運ぶ食料も増え、馬車の進行速度に影響が出ますので。アイリーシュ王国で魔術師を迎えることも考えますと、連れていかれるのは一名がよろしいかと」


 そう説明した大臣に「ですよね」と返すと、ルキウスはベンゼルに視線を向けた。


「では、ベンゼルさん。僕と一緒に来てくれますか?」


 驚きのあまりベンゼルは目を瞬かせる。


「……わ、私でよいのですか?」

「はい。僕は女神様から絶大な力を与えてもらいました。でも、それはあくまで魔力だけなので、剣においては全然で……。なので、僕にはないその剣の腕で前衛として戦ってほしいんです。それと僕に剣を教えてほしくて」


 それを聞いて、ベンゼルは自分が選ばれた理由に納得した。

 何気なく辺りを見回すと、選ばれなかったデルッゴ、ネルレイ、オッドに王と大臣。

 その他、後ろで跪いている将校達が頷いてくる。


 任せた。ということだろう。

 ベンゼルも彼らに頷きを返すと、ルキウスの前で跪いた。


不肖ふしょうベンゼル・アルディラン。この命、今日より勇者様と共に」

「はい! よろしくお願いします!」


 ルキウスが笑顔で手を差し伸べてくる。

 ベンゼルは立ち上がり、その手を握り返した。


「はっ! 私のほうこそよろしくお願いいたします」



 ◆



「へえー! それがお兄ちゃんとルゼフさんの!」

「ああ。そこから俺とルキウスの旅が始まったという訳だ」

「なるほどー! そこから旅を通じて仲良くなって!」


 ベンゼルは微笑みながら頷いた。


「俺達はかけがえのない友となった」


 その言葉にリディーも顔を綻ばせる。


「そうですか! ねっ、もっとお兄ちゃんとルゼフさんのお話、聞かせてください!」

「ああ、そうだな。じゃあ――」

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