第7話 新たな旅の仲間

 待つこと数分、家の扉が勢いよく開かれた。


「お、お待たせしましたっ」


 初老で銀髪の男性と金髪の女性が揃って頭を下げてくる。


(なるほど。ルキウスは母に、妹は父に似たのか。道理で髪の色や雰囲気も違う訳だ)


 そんなことを思いながら、ベンゼルは椅子から立ち上がって礼を返す。

 そうして互いに初めましての挨拶を終えると、四人はリビングのテーブルを囲んだ。


「――それで、ルキウスについてお話があるとお聞きしたのですが……」

「ええ。彼の最期は既に陛下からお聞きになっているかと思います。ですが、それはあくまで推測に過ぎませんでした。私がこうして目覚めた今、実際に彼の最期を見た者として改めてご説明に参った次第です」

「……そう、ですか」

「はい。お辛いことと存じますが、彼が何を思い、どんな最期を遂げたのか。私の口から話させてください」


 両親とリディーが頷いたのを確認すると、ベンゼルはまず彼の最期について話し始めた。

 内容は先日、王に話したのと同じだ。


 それが済むと、今度は彼が旅の最中に見せた勇敢さや優しさ、そして考えていたことなどをかいつまんで話す。

 最初こそ暗い表情を浮かべていた家族だったが、ルキウスの雄姿を伝えているうちに次第に笑顔が見えるようになった。

 そして家族のほうからもルキウスが幼い頃などの話を聞かせてもらっていると、気付けば外は真っ暗になっていた。


「――おや、気付けばもうこんな時間に。ベンゼルさん、お腹は空いていませんか?」

「えっ、あ、はい。昼前に食べたきりなので、もうだいぶ」

「そうですか! では、よければ夕飯を食べていかれませんか? 美味しいお酒もありますので! あ、どうせならもう泊まっていってください!」


 ルキウスの父がテーブルに身を乗り出してくる。

 表情を見るに、母とリディーも賛成のようだ。


 恐らくもっとルキウスの話を聞きたいのだろう。

 そう考えたベンゼルは、彼らのためにもその厚意に甘えさせてもらうことにした。


「……ではお言葉に甘えて。ただすみません。厩舎に今晩までの約束で馬を預けていますので、延長してもらうよう頼んできます」


 そう言って、ベンゼルは一旦家から出て厩舎へ。

 厩務員に追加で金を支払い、延長を認めてもらうと再び家に戻る。

 その後、ベンゼルはルキウスの母が作ってくれた豪勢な料理を食べながら、様々な話に花を咲かせるのだった。



 ☆



 翌朝。

 ルキウスの家族と共に朝食を食べ終え、そろそろおいとまさせてもらおうとした瞬間――


「あの、ベンゼルさん。ベンゼルさんはこれから旅に出て、世界を見て回るんですよね?」


 リディーがそう尋ねてきた。

 世界を巡ることは昨晩伝えており、ルキウスの家族三人はそれを応援してくれた。


「ええ。それが仲間達の願いですから」


 答えると、リディーは深呼吸を繰り返す。

 その様子を不思議そうに眺めていると、意を決したような面持ちで口を開いた。


「お願いします! その旅に私も連れていってください!」


 思いもしない申し出にベンゼルは目を白黒させる。


「……な、なぜでしょうか?」

「お兄ちゃんが。……お兄ちゃんが命を懸けて守ってくれたこの世界。それを私も見てみたいって思ったんです!」


 リディーは真剣な顔でそう伝えてきた。


 ルキウスはこの世界とそこに生きる人々を愛し、命を代償にしてまでそれらを守った。

 最愛の兄がそこまで愛した世界はどんなに素晴らしいものなのか、とリディーは気になったのだろう。

 気持ちはわかる。が、簡単には首を縦に振れない。


 魔族がいなくなったとはいえ、未だモンスターの脅威があるからだ。

 このハーヴィーン王国はモンスター避けのため、街道の土に優秀な魔術師数名の魔力が込められている。

 これは動物と同じく、自分よりも強い存在に喧嘩を売らないというモンスターの性質を利用したものである。

 それ故、モンスターと遭遇する可能性は低く、危険性はそれほどない。

 アイリーシュ王国とスコルティア帝国も同様だ。


 一方でカナドアン王国とアメリオ共和国は、小国ゆえにそのような取り組みがなされておらず、街間を移動する際に常に襲われる可能性がある。

 リディー一人くらいなら守ってやれるが、それでも万が一ということもある。

 彼女をそんな危険な目に遭わせる訳にはいかない。


「……申し訳ありませんが、許可できません」

「ど、どうしてですか!?」

「危険だからです。途中で通ることになるカナドアン王国とアメリオ共和国はモンスター避けがなされていません。それはつまり、常にモンスターに襲われる可能性があるという訳です」

「わ、私だって簡単な魔法なら使えます! それに、け、剣だって!」


 リディーは引き下がらない。

 テーブルに身を乗り出して必死に訴えてくるその様は、何が何でもついていくという揺るがない意思を感じられた。

 ベンゼルは少し考え、やがて諦めたかのように溜め息を吐く。


「……私は魔法は少しもわかりませんが、剣の扱いなら教えてあげられる。貴女の兄にしたように」

「えっ? じゃ、じゃあっ!」

「いざという時に自分の身を守れるよう、野宿の時は毎晩稽古をつけます。ただ、それは非常に辛いものになるでしょう。……それでもを上げず、ついてくる自信がありますか?」


 そう問うと、リディーは黙り込む。


(ほう)


 ここで「あります!」「できます!」と即答しないことにベンゼルは好感を抱く。

 しっかりと考えた上での判断なら、とやかく言うつもりはない。


「……はい。あります。だって、だって私は勇者の妹ですから」


 迷いが見えない真剣な目つきに、ベンゼルは大きく頷いた。


「わかりました。なら私は構いませんが……ご両親はいかがでしょう」


 それまで黙って聞いていた両親に視線をずらす。

 ベンゼルが許可を出しても、両親が反対すれば当然この話はなしだ。


「娘を……リディーをよろしくお願いします」


 やはりと言うべきか、両親は揃って頭を下げてきた。

 きっとリディーは昨晩のうちに両親を説得していたのだろう。

 両親も『ベンゼルが一緒なら大丈夫だろう』と考えて。


「はい。娘さんは命に代えても守り抜き、必ず無事にここまで連れ帰ります」


 堂々とした言葉に両親は安心したのか頬を緩める。

 それを確認すると、ベンゼルはリディーのほうに向き直った。


「では、リディーさん。長い旅になります。私はここで待っていますので、しっかりと旅支度を」

「あっ、はい! すぐに準備してきます!」


 そう言い残して、リディーはリビング横の部屋に入る。


「ベンゼルさん、こちらを。これで足りればいいのですが……」


 そのタイミングを見計らったかのように、彼女の父が言いながら巾着袋を差し出してきた。

 何だろう。と、首を捻りながら口を開けると、入っていたのは数十枚の金貨と大量の銀貨。


(なるほど、そういうことか)


 リディーの旅の資金に。ということだろう。


「いえ、こちらは結構です」


 ベンゼルは巾着袋を押し返した。

 スプモーニア家は食うのに困るほどではないが、決して裕福な家庭ではないということをルキウスから聞いていたからだ。

 それに王から、ルキウスの代わりに受け取るように言った魔王討伐の報奨金も、『国のために使ってくれ』と言って拒まれてしまったと聞いている。


 つまり、今も家計に余裕はないはずだ。

 赤の他人であれば遠慮なく受け取るところだが、彼らは親友の両親。

 負担を掛けたくなかった。


「……えっ? いや、あの」

「大丈夫です。お金のことも含め、娘さんのことは全て任せてください」

「い、いえ、そういう訳には!」


 金の面倒まで見させる訳にはいかないと考えているのだろう。

 中々引こうとしない。


「では、こうしましょう。私はルキウスに命を救われました。その恩返しとして、彼の妹の旅費を負担する。これはルキウスに対してのお礼ですので、ご両親が遠慮されることはありません」

「し、しかし……」


 その後も押し問答を続けることしばし。

 一向に受け取ろうとしないベンゼルにようやく両親が折れ、感謝の言葉を並べられたところで――


「お待たせしました!」


 リディーが大きな鞄を引きずりながらリビングに戻ってきた。


「ええ。では、出発しましょうか」

「はいっ!」


 ベンゼルは頷くと、ルキウスの実家――スプモーニア家を出た。

 両親は村の入り口まで見送りに来てくれるようで、リディーの大荷物は父が持ってくれている。


「あっ、お兄ちゃんに報告とお別れだけ言っていってもいいですか?」

「ええ、もちろん。私もリディーさんの後に手を合わさせてください」


 リディーは嬉しそうに頷くとタタタッと墓まで駆けていき、しゃがんで両手を合わせた。

 しばらくしてリディーが立ち上がったのを見て、今度はベンゼルが墓の前で膝を突く。


(昨日ぶりだな。既に聞いているだろうが、お前の妹も旅に同行することになった。

 お前としては心配で仕方ないだろうが、彼女のことは何があっても俺が守る。だから安心してくれ。

 ……さて、俺はもう行くよ。次に来る時は聞き飽きるほどたくさんの土産話を持ってくる。それまでしばしの別れだ。

 じゃあなルキウス、我が最高の友よ)


 ベンゼルは墓に拳を当ててから立ち上がった。

 そしてルキウスの家族のもとに駆け寄る。


「お待たせしました、では行きましょうか」

「はいっ! じゃあ、お兄ちゃん! 行ってくるね!」



 ☆



 歩くこと数分。

 四人は村の入り口までやってきた。

 ベンゼルは厩舎からシュライザーを連れ出すと、リディーの前で停止させる。


「シュライザー、こちらはルキウスの妹のリディーさんでな。これからの旅に彼女も同行することになった」

「初めまして! 私はリディー。あなたのことはお手紙でお兄ちゃんからよく聞いてました。これからよろしくね!」


 リディーがそう言うと、シュライザーは「ブルっ!」と声をあげ、彼女の胸の辺りに頭を撫でつけた。


 シュライザーなりの挨拶だ。

 自分とルキウス、それにゼティア、フィリンナと初めて会った時にも同じ行動をしていたのが懐かしい。


 そのやり取りが済んだところでシュライザーに馬車を接続し、リディーの荷物を乗せる。

 そうして二人は御者台に座った。


「よし。それでは行きましょう。お父様、お母様。ありがとうございました。娘さんのことはお任せください」

「はい、娘をお願いします」

「ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」

「お父さん、お母さん、私なら大丈夫だから心配しないで! またお手紙出すね!」

「ああ。無理をせずに元気でな」

「気をつけてね。ベンゼルさんに迷惑掛けちゃだめよ」

「はーい! じゃあ、行ってきます!」


 こうしてベンゼルは、新たに得た旅の仲間――勇者の妹リディーと共にカンパーニ村を後にした。

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