第6話 勇者の妹

 数日掛けて、ベンゼルは王都南の村――カンパーニ村の前までやってきた。

 ここは住民のほとんどが農業を営んでいる農村で、ハーヴィーン王国に流通している農作物の大半がこの村で作られたものだ。


 そして勇者――ルキウス・スプモーニアの故郷でもある。

 ベンゼルは彼からどんな村なのか度々聞いていたが、実際に来るのは初めてだ。


(のどかな場所だな)


 そんな感想を抱きながら、シュライザーを引いて村の中へ入る。


 入り口には警備のために王都から派遣された兵士が二名立っていたが、挨拶するだけで何も言わずに通してくれた。

 立派な鎧に身を包んでいたからだろう。

 きっと新米の兵士が王都から農作物を回収しに来たとでも思っているはずだ。


 正体がバレなかったことにホッと安堵の溜め息を吐くと、入り口近くの厩舎きゅうしゃへ向かった。


「――おおっ! こりゃあ立派な馬だねえ」


 こちらに気付いた初老の厩務員きゅうむいんが目を丸くしながら近づいてくる。


「ああ。この馬を晩まで預かってもらえるか?」

「晩までだね。あいよ」

「それと手入れも頼みたい。金は……これで足りるか?」


 革袋から巾着袋を取り出すと、中から銅貨を数枚手に取って厩務員に渡した。


「あー、二枚多いね」

「そうか。ならそれは心付けとして受け取っておいてくれ」

「おっ! 旦那、太っ腹だねえ。ありがとうよ!」

「ああ。……っと、そうだ。スプモーニアに用があるのだが、場所を教えてもらえないか?」

「スプモーニアさんだね。それならあそこの道を右に行って、一番奥の赤い屋根のお宅がそうだよ」

「赤い屋根の家だな。わかった、ありがとう。じゃあ、頼む」


 そう言うとベンゼルは厩舎を出て、教えてもらった道を進んだ。



 ☆



 しばらく歩いていると、赤い屋根の家が見えてきた。

 ベンゼルは「よし」と呟き、そのまま家の入り口に向かう。


「ん?」


 その途中、家の左側に丸みを帯びた大きな石があることに気付く。


(ルキウス……)


 それが友の墓だとすぐに理解したベンゼルは、先に彼へ挨拶することにした。

 ルキウスの墓参り。

 それこそがこの村を訪れた一番の目的だったからだ。


 墓まで歩いて地面に片膝を突く。

 そこに刻まれたルキウスの名を少し眺めてから、目を閉じた。


(久しぶりだな、ルキウス。来るのが遅くなってすまない。ずっと寝たきりだったみたいでな。そういう訳だから許してくれ。

 それと、あの時俺を助けてくれてありがとう。俺が今こうして生きていられるのはお前達のおかげだ。

 ……さて、今日は一つ報告があってな。お前達とした、平和になった世界を見て回るという約束。俺はこれからその約束を果たしてくる。……まあ、時間の都合で世界中というのは難しいかもしれないが。

 少なくとも、お前と旅したこのリキュルテ大陸とウィスキル大陸の街は全部見て回ってくるつもりだ。

 そして全てを見終わったらまた報告に来る。だから楽しみに待っていてくれ)


 心の中で伝え終えると、ベンゼルは立ち上がった。

 振り返った瞬間、こちらに向かって歩いてきている銀髪の少女が目に入る。


 きっと彼女も勇者の墓参りに来たのだろう。

 そう考えたベンゼルは会釈をすると、向こうもペコリと頭を下げてくる。

 そのまますれ違い、さあルキウスの家に行こうとしたその瞬間――


「お客さんなんて久しぶりだね。どう、お兄ちゃん。いっぱいお話できた?」


 後ろからそんな言葉が聞こえてきた。


(お兄ちゃんだと? ということは、まさかあの娘が)


 ベンゼルは急いで墓まで戻り、水の魔法で墓石を洗っている少女に声を掛けた。


「すまない。もしや貴女がリディー……リディー・スプモーニア殿か?」


 リディー。

 旅の最中、ルキウスが何度も口にしていた彼の最愛の妹の名だ。


「えっ? あっ、はい。私がリディーですけど……」


 その少女は困惑した様子でリディーと名乗った。

 ということは、彼女がルキウスの妹で間違いない。

 髪色に加えて、顔もあまり似ていなかったので気がつかなかった。


「……そうでしたか。これは申し遅れた。俺……いや、私はベンゼル。ベンゼル・アルディランと申します」

「ベンゼル……。って、えっ!? も、もしかしてお兄ちゃんのお仲間さんの!?」

「はい。貴女の兄君あにぎみには大変お世話になりました」


 そう言うと、リディーは「わぁ!」と感嘆かんたんの声をあげた。


「よかった、目を覚まされたんですねっ! ……ん? でもお兄ちゃんから手紙で聞いていたイメージとはだいぶ違うような……」


 途端にリディーはいぶかしみ、ベンゼルを下から上まで舐めるように見る。


 ルキウスが自分のことをどう伝えているかは知らないが、恐らく『筋骨隆々でたくましい男』とでも表現しているのだろう。

 彼は度々自分の肉体をうらやんでいた。


 対し、今の自分はすっかりと痩せてしまい、筋骨隆々とは程遠い。

 まるで別人のようだ。

 もしかしたら偽物なのかも、と怪しまれてしまっても仕方がない。


「ああ、これは二年間も寝たきりだったもので。すっかり筋肉やら何やらが衰えてしまって。……そうだ。では、私がベンゼルであることを証明するために、彼から聞いたあなたのことを話しましょう」

「私のこと?」

「はい。まず歳は彼の四つ下。彼が生きていたら、今は……二十一歳なので、貴女は現在十七歳。そして好きなものは甘い菓子。苦手なものは虫とお化け。確か、虫が出た時はルキウスの後ろに泣きながら隠れて――」

「わーっ!! わかりました! 信じます! あなたは紛れもなく、お兄ちゃんの仲間のベンゼルさんです!」


 恥ずかしかったのか、慌てた様子でリディーがベンゼルの言葉を遮る。

 ベンゼルが口を閉じたのを確認すると、胸を押さえながら「ふぅ」と溜め息を吐いた。

 ほどなくして、笑みを向けてくる。


「すみません、疑うようなことを言ってしまって。改めまして、私はルキウスの妹のリディーです。目を覚まされて本当によかったです! それで今日はお墓参りに来てくれたんですか?」

「ええ。それともう一つ用がありまして。……貴女の兄君の最期について、私の口からご家族に説明に参りました」


 リディーの顔が途端に曇る。

 改めて兄の最期を聞かされるとなれば無理もないだろう。

 だが、彼女達は知らなければならない。

『恐らく』『多分』といった推測ではなく、紛れもない事実を。


「そうだったんですね。……わかりました! では、ベンゼルさん、こちらへどうぞ。狭いところですが」


 そう言うと、リディーは家に入れてくれた。

 促されるままリビングの椅子に腰を下ろすと、リディーが水の入ったカップを差し出してくる。


「お父さんとお母さんは畑に出てるので、すぐに呼んできますね! すみませんが、少しだけ待っててください!」

「あっ」


 別に急ぎではないので、わざわざ仕事を中断してもらう必要はない。

 ベンゼルは申し訳なさから引き留めようとするも間に合わず、リディーは家から飛び出していってしまった。


(仕方ない。せめて時間を取らせないよう手短に済ませよう)

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