第54話 ジルゴ 1

 マッカを発ってから二週間弱。

 何事もなく、帝都ダルウィンに戻ってきたベンゼル達は、その足でドルガンの店にやってきた。


「――いらっしゃいませ!」

「どうも。ドルガンに用があるんだが」

「あっ、もしかしてルゼフ様とリディー様でいらっしゃいますか?」

「ああ」

「でしたらどうぞ二階へ! 店長がお待ちです!」


 ベンゼルとリディーは店員に礼を言って、言われた通りに二階へ上がる。

 中年の男が大量の木箱に囲まれ、あくせくと働いていた。


「よう」

「こんにちは、ドルガンさん!」

「ん? おお、ベンゼルの旦那にリディーの姐さん! お帰りなせぇ! 今日お戻りに?」

「ああ、ついさっきな。それで来て早々で悪いんだが――」

「荷物ですね! もちろん準備できてやすよ! どうぞこっちへ!」


 ベンゼル達はドルガンに連れられて一階へ。

 そのまま店を出て、併設されている建物に入ると、そこは馬房兼馬車置き場となっていた。


 その中で最も大きな馬車――シュライザーが引いているものより一回り大きい――をドルガンが叩く。


「日持ちしない食い物以外はここに。足りないもんがあれば用意しやすんで、一度確認してもらっていいですかい?」

「わかった」


 ベンゼルは馬車に上がると、積まれた木箱を一つずつ確認していく。


 干し肉、ビスケット、ドライフルーツといった日持ちする食料。

 エール、葡萄酒、リンゴ酒とそれぞれ書かれた木樽。

 大小さまざまな袋、ろうそく、鍋、食器などの日用雑貨。

 積み木、人形、パズル、絵本といった子供が喜びそうな玩具。


 事前に頼んでいた物が全て揃えられていた。


「ここにさらに食料が加わるってことだよな?」

「ええ。生肉に野菜、卵や乳製品なんかは常温で保管できないんで、出発当日に積ませて頂きやす。あっ、言われた通り、魚は用意していやせんが」

「ああ、魚は大丈夫だ。……うん、完璧だ。よくぞここまで揃えてくれた。さすがだな、ドルガン」

「へへ! ありがとうございやす! んで、出発はいつにしやす? 俺はいつでも構いませんが」

「うーん、そうだな……」


 できるだけ早くこの品々をあいつに届けてやりたい。

 それに店のことを考えると、この馬車はなるべく早く空けたほうがいいだろう。


 とはいえ、長旅だったし、少なくとも二~三日はシュライザーを休ませてやりたい。

 あと、路銀が少なくなってきたので、ここらで稼いでおきたいという気持ちもある。


 何より、ドルガンにはこれから約二週間、付き合ってもらうことになるのだ。

 家族とはしばらく離れ離れになってしまうので、その前にゆっくり家族との時間を過ごしてほしい。


「では、明々後日の朝一なんかはどうだ?」

「明々後日の朝一ですね。ええ、もちろん大丈夫です!」

「ならそれで。悪いな、付き合わせて」

「とんでもねえ! 俺はずっと旦那達に恩返ししたいと思ってたんだ。ようやく役に立てる日が来て、むしろ嬉しく思ってるんですぜ?」

「そうか。そう言ってもらえると助かる。じゃあ待ち合わせの場所と時間についてだが――」



 ☆



 依頼仲介所で依頼を引き受けたり、前回見て回れていなかったところを観光したりすること三日。

 早めに宿を出て、諸々の買い物を済ませたベンゼル達は、北門へとやってきた。


 門の前には二頭の馬に引かれた大きな馬車が止まっており、その隣にドルガンが立っていた。

 近づいていくと向こうもこちらに気付いたようで、明るい顔で駆け寄ってくる。


「おはようございやす!」

「おはよう。すまない、待たせてしまったようだな」

「ああ、いえ! 俺もついさっき着いたばかりなんで。それとシュライザーの旦那もお久しぶりです! 変わりねえようで何より」


 それを受け、シュライザーは「ぶるるん!」と声を上げると、ドルガンの胸の辺りに自分の頭を撫でつけた。


「『お前もな』、だそうだ」

「へへ、おかげさまで。んじゃ、さっそく行きやすか!」

「ああ。今日からしばらくよろしく頼む」

「よろしくです!」

「ええ、こちらこそ!」



 ☆



 帝都を出発した二台の馬車は街道に沿って、北へ北へと進んでいた。

 そうして辺りが暗くなってきた頃、ベンゼル達三人は鍋を囲んでいた。


「――ほら、ドルガン」


 ベンゼルがドルガンに椀を手渡す。

 中身はクリームシチュー、ドルガンからのリクエストだ。


「すいやせん! ありがとうございやす!」

「ああ。じゃあいただきます」

「「いただきます!」」


 三人は手を合わせると、それぞれスプーンを口に運ぶ。

 ほどなく、ドルガンから「ああ……」と野太い声が漏れる。


「……美味え。やっぱ旦那のクリームシチューが一番だ」

「フッ、よく言う。あれだけの店のオーナーなんだ、普段からもっといいものを食っているだろう」

「まあ、それなりには。でも、俺にとっちゃ旦那のシチューは特別ですから。……それと、ルキウスの旦那のポトフも」


 クリームシチューとポトフは、かつてベンゼルとルキウスがそれぞれドルガン達に振舞った料理の一つだ。

 ベンゼル達にとっては定番中の定番メニューで、特別でも何でもなかったが、ドルガンにとっては今も忘れられない思い出の味となっているらしい。


 だが、そのポトフはもう二度と食べられない。

 ――と、そう考えているのだろう、ドルガンは悲しそうに俯いた。


 そんな彼を前にベンゼルとリディーは顔を見合わせると、大きく頷く。


「お兄ちゃんのポトフ、食べたいですか?」

「……ええ、叶うことなら」

「じゃ、明日私が作りますね!」

「『私が作る』って……あっ!」


 ドルガンは何かに気付いたかのように目を見開いた。


「そういうことだ。さすがは同じ家庭で育っただけあって、リディーが作る料理はどれもルキウスの味でな。中でもポトフの再現度は完璧だ」

「おお……! じゃ、じゃあ、姐さん。お願いしてもいいですかい?」

「はい、もちろん!」


 また、思い出の味を食べられる。

 その奇跡にドルガンの顔がぱぁっと明るくなる。


 そしてルキウスのことをこれまでに想ってくれているのが嬉しくて、ベンゼルとリディーもまた頬を緩めるのであった。



 ☆



 ベンゼルは後ろのドルガンに見えるよう、横に手を伸ばした。

 そうしてシュライザーを停止させると、ドルガンとその隣に座っていたリディーが駆け寄ってくる。


「どうしたんですか? こんなところで突然止まって」

「ああ、ここから街道を外れるのでな。モンスターと遭遇する可能性があるから、注意してくれって伝えたかったんだ」

「街道を外れるって、そいつはまたどうして?」

「あそこが今回の目的地だからだ」


 ベンゼルが北東を指差す。

 そこには広大な森が広がっていた。


「……森?」

「この荷物は『世話になっていた奴への礼』って仰っていやしたが、あんなところに旦那の恩人がいるんですかい?」

「ああ。という訳で、リディーはそのままドルガンの馬車で来てくれ。モンスターが出たら――」

「はい! 私がドルガンさんを守ります!」

「頼む。じゃあ行こう」




 それから数日。

 一向は何事もなく森までやってきた。

 食料の多さや魔素の濃さから、森の中は外と比べてモンスターの数が多い。

 だから一層周囲を注意するように、と、ベンゼルは二人に伝えると、そのまま森へ入っていった。


(次はあっちだな)


 森の中は木々が生い茂っており、馬車が通れる隙間はほとんどない。

 それでも何とか通れる場所を見つけ、一行は遠回りをしながらもひたすら奥へ進んでいく。


 そうして数時間が経った頃、先のほうに少し開けた場所が見えてきた。


(……遅い。さすがにもう俺達に気付いているはずだが)


 一向に動きがないことに、ベンゼルは焦りを覚える。

 もしかしたら彼らは既に。そんな不安が頭をよぎった矢先――


「招かれざる者達よ。どうやってここまで来たかはわからないが、今すぐここから立ち去れ」


 と、どこからともなく声が聞こえてきた。

 先ほどの心配は杞憂だったようで、ベンゼルはほっと息を吐く。


 そして後ろの二人に止まるよう手で指示を出すと、ベンゼルは御者台から飛び降りた。

 ほどなく、リディーとドルガンが慌てた様子で駆け寄ってくる。


「さ、さっきのは?」

「だだだ、旦那ぁ!」

「大丈夫だ。さあ、行こう」


 怯える二人を余所にベンゼルは堂々と進んでいく。


「これが最後通告だ。命が惜しければ今すぐ立ち去れ。さもなくば容赦しない」

「えっ? えっ?」

「あ、あの、何かすごく嫌な気配がするんですけど、ほんとに大丈夫ですか?」

「ああ。だから攻撃するなよ」


 そう言い残してベンゼルはさらに進む。


「くそっ! 警告はしたからな!」


 声を無視して広場に出ると、数時間ぶりに日の光がベンゼルを照らす。

 も、すぐにベンゼルは大きな影に覆われた。


 上を見上げると、緑色の巨大なトカゲのような生き物が降ってきていた。

 布を全身に纏っており、両手にそれぞれ剣が握られている。


 それは着地するや否や、向かってきた。

 ベンゼルはすかさず大剣を抜くと、二本の剣から繰り出された斬撃の数々を見事に受けきっていく。


「腕を上げたな、ジルゴ」


 そう、彼こそがジルゴ。

 決戦前夜、ルキウスが名を挙げていたうちの最後の一人だ。


 名を呼ぶと、ジルゴの鋭く尖っていた目が急にくりりと丸くなる。


「……俺の名前を知っているということは……お前、まさか」

「ああ、久しいな。元気そうでよかった」


 ジルゴは目を瞬くと、フッと笑みをこぼした。


「なるほどな。ここまで辿り着けたのも、魔力感知に二人しか反応しなかったのも、お前であれば頷ける」


 ジルゴが手を伸ばしてくる。


「久しぶりだな、ベンゼル。無事、回復したようでよかった。それと気がつかなくてすまない」

「気にするな。もう慣れている」


 ベンゼルは彼の手を取り、固く握手を交わした。

 そして数年ぶりの再会にお互い頬を緩めていると――


「あ、あの……」


 リディーが怯えた顔で声を掛けてきた。


「そ、それって、ま、魔族ですよね? ど、どうしてルゼフさんと魔族がそんな……」

「おっと、すまない、紹介が遅れたな。こいつはジルゴ。お前が言う通り魔族ではあるが、悪い奴ではない。俺ら勇者一行の協力者であり、俺の命の恩人だ」

「えっ、きょ、協力者?」

「ああ。こいつはな――」


 ベンゼルは自分達とジルゴの関係について、彼との出会いから順を追って語り始めた。

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