第14話 鼻歌と思い出の味
食料に日用品。リディー用の剣と防具。
その他諸々の買い物を終えたベンゼル達は兵士に見送られながら、王都シャントリューゼを発った。
日が落ちたところで街道の脇に馬車を止め、助言しながらリディーの素振りを見守ること数時間。
「よし、今日はここまでだ」
「はいっ! ありがとうございました! じゃあ、すぐにご飯作りますねっ」
そう言って、リディーは料理の準備を始めた。
これまではリディーが素振り中にベンゼルが料理を作っていたが、馬車での移動中、突然リディーが『いつも任せてばっかりで申し訳ない』と言い出した。
それから『気にするな』『でも……』の押し問答を繰り返し、結局押し切られる形で今後は交代で料理を作ることに決まった。
そして今日はリディーが担当することになったという訳だ。
「ふっ、ふふん。ふふん、ふーん」
気遣いに甘え、料理が出来上がるのを王都で買った小説を読みながら待っていると、鼻歌が聞こえてきた。
ベンゼルはハッとして顔を上げる。
「その歌は」
「あっ、ごめんなさい、つい癖で。うるさかったですか?」
とんでもない。と、ベンゼルは首を横に振る。
「ルキウスがよく歌っていたと思ってな」
◆
ルキウスと王都シャントリューゼを出発して間もない頃。
「ふっ、ふふん。ふふん、ふーん」
ベンゼルが剣を磨いていると、聞き慣れた鼻歌が耳に届いた。
「そういえば料理する時、お前はいつもその歌を歌っているな。何の歌なんだ?」
「ああ、これは母さんが料理中によく歌っていた歌でさ。気付いた頃には、僕も料理をする時には口ずさむようになっちゃって。うるさかったかな?」
「いや、そんなことはない。ただ、ふと気になっただけだ」
「そっか、ならよかった」
「ああ」
こうして会話を終わらせると、ベンゼルは再び剣の手入れに集中した。
この時のベンゼルはさほど気にしていなかったが、度々聞いているうちにすっかりと気に入ってしまい、
「「ふっ、ふふん。ふふん、ふーん」」
気付けばルキウスが歌い出すと、それに釣られて自分も一緒に口ずさむようになっていた。
その後、ゼティアが仲間になった時、フィリンナがパーティーに加わった時も同じ流れを繰り返し――
「「「「ふっ、ふふん。ふふん、ふーん」」」」
ルキウスが料理当番の時は、皆で鼻歌を歌うのが恒例となったのだった。
◆
「へえ、お兄ちゃんが! この歌は――」
「母上殿がよく歌っていたのだろう?」
「あっ、はい! 毎日聞いていたせいか、凄く耳に残っちゃって」
「フッ、そうだな」
相槌を打つと、ベンゼルは軽く息を吸って――
「ふっ、ふふん。ふふん、ふーん」
鼻歌を口ずさんだ。
すると、リディーはぱぁっと顔を明るくさせる。
「「ふっ、ふふん。ふふん、ふーん」」
そして二人の鼻歌が調和した。
☆
「ルゼフさん、出来ました!」
料理が完成したようでリディーが声を掛けてくる。
「そうか。楽しみだ」
答えながら焚き火の近くに腰を下ろすと、リディーから大きな椀を手渡された。
中には大きく切った肉や野菜がごろごろと入っている。
(ポトフか。そういえばルキウスもよく作っていたな)
かつての日々を懐かしく思いながらベンゼルは手を合わせる。
「いただきます」
「はい、どうぞ!」
頷いてからスプーンを口に運ぶと、ベンゼルは驚きに目を見開いた。
(これは……懐かしい。ルキウスの味だ)
よく考えれば、同じ家庭で育ったのだから味付けは似て当然である。
それでもベンゼルはその完璧な再現に強く感動した。
「……ど、どうですか?」
目を閉じて一言も発さないその様子に、もしかしたら口に合わなかったのかもと感じたのだろう。
リディーは不安そうに尋ねてくる。
「美味い。それに、懐かしい味だ」
答えながらベンゼルはポトフを食べ進める。
その言葉にホッとしたようで、リディーは小さく息を吐いてから笑みを浮かべた。
「よかった! このポトフはお兄ちゃんの得意料理で! だから、ルゼフさん達にも作ってあげてたんじゃないかと思いまして」
「ああ、よく作ってくれた。……ん? もしや、今日ポトフを作ったのは」
「はい! その、喜んでもらえるかなって!」
ポトフを今日のメニューに選んだのは、簡単に作れるからでも、単なる思いつきでもない。
兄が作っていたであろう料理を再現することで、思い出に浸ってもらおうと考えたからだ。
それがわかって、ベンゼルは心の底から嬉しく思った。
「……そうか。ああ、とても嬉しく思う。ありがとう」
「えへへ、どういたしまして! あっ、お代わりどうですか?」
「もらおう」
「はい! まだまだいっぱいあるので、たくさん食べてくださいね!」
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