第56話 ジルゴ 3

本日3話更新しておりまして、こちらは2話目になります。

ジルゴ2からが本日更新分となりますので、まだお読みでない方はそちらからご覧ください。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 他にもベンゼル達はさまざまな話をジルゴから聞いた。

 中でも重要だったのが――


「なるほど、色々ありがとう。それで一番聞いておきたいのが次の質問なんだけど」

「なんだ?」

「僕達が今回魔王を倒せたとして、次に攻めてくるのはいつ頃になると思う?」


 それはベンゼルも気になっていた。

 魔族がこの世界に侵略してきたのは、今回で五回目。

 これだけ攻めてきている手前、六回目、七回目もあると考えるのが自然だ。


 もちろん、今は目の前の敵に集中すべきだが、今後のことも考えておかなければならない。


「断言はできないが、もうこの世界に攻めこむことはないだろう」

「何? なぜだ?」

「十年ほど前だったか、観測班が新たに数多の異世界を観測したらしくてな。それらの世界に比べると、この世界は規模が小さいし、魔素も少ない。……気を悪くしないでほしいんだが、今の魔界にとって、この世界を攻める価値はほとんどないんだ」

「なるほど。しかし、それならどうして今回あなた達は攻めてきたのですか? そんな無価値な世界にわざわざ」


 フィリンナの疑問はもっともだった。

 一体何が目的なのか、ベンゼルは率直に尋ねた。


「私怨ってやつだ。お前達はヴォルフィールって知ってるか?」

「……ああ」


 ヴォルフィール。

 今から十七年前、自分の大切なものを全て奪った魔族どもの頭――全ての元凶である魔王の名だ。

 聞くだけで虫唾が走る、とベンゼルは怒りを露わにする。


「ヴァルファーゴ……俺らのボスはそいつの息子でな。父親のヘマで、奴の評価は軍内で急落した。その汚名を、父親が成せなかったこの世界への侵略を果たすことで返上したいんだとよ」

「なるほどな、実にくだらん」

「だろう? まあ理由はともかく、他の世界を差し置いて、わざわざこの世界を侵略する理由はどこにもない。だから最初は当然許可が降りなかったんだが、奴は折れなかった。それで面倒になったんだろうな。最終的に上層部は軍から人手を出さないことを条件に許可を出した」


 この森はジルゴ達によって、認識を阻害する魔法が掛けられているらしく、正しい道を進まなければ彼らの拠点には辿り着けないらしい。

 ジルゴは「そっちだ」と木々の間を指し示すと、話を続けた。


「奴にはそれなりの数の部下がいた。父親の部隊も吸収したからな。それで戦力としてはまあ及第点だったんだが、他にも料理を作ったり、雑務をこなしたりする人員は必要になる。それを奴は軍以外から集めた」

「もしかしてそれが君達?」


 ジルゴが大きく頷く。


「ある日、平穏に暮らしていた俺達リザードマン族のところにヴァルファーゴが来て、同行するように言ってきた。拒めば容赦しないと付け加えてな」

「なるほど、無理やり連れてこられたっていうのはそういう……」

「ひどいですね……」


 ルキウスとフィリンナが同情する。

 すると、ジルゴは困ったように笑った。


「すまない、今のはお前達に関係のない話だったな」

「いや、そんな」

「まあ、そういう訳で、今回の侵略は言ってみればヴァルファーゴのわがまま。それさえなければ、この世界は攻められていなかっただろうよ」

「わがままはたまったものじゃないけど……でも聞けてよかった。ってことは、そのヴァルファーゴさえ倒せば、もうこの世界に魔族が現れることはなさそうだね」

「ああ。奴には子供もいないしな。こんな特殊なケースが起こることはないだろう」


 他に美味しい餌が見つかったからこそ、さして美味くもないこちらには見向きしなくなる。

 攻められる世界の人々のことを考えれば、本来は喜ぶべきではないだろう。


 それでもベンゼル達は喜びの感情を隠せなかった。

 自分達が魔王ヴァルファーゴを倒すことができれば、この世界の人々は二度と魔族の影に怯えずに済む。

 自分を含め、誰もが望んでいた平和がようやく訪れるのだから。


 そこにジルゴが待ったをかけた。


「だが、これだけは覚えていてほしい。奴は強い。わがままだなんだと聞いて甘く見ているかもしれないが、実力は確かだ」


 それを受け、ルキウスは表情を引き締めた。


「わかってる。油断なんてしないよ」

「それならいい。……っと、着いたな」


 ベンゼル達は開けた場所に出た。

 小川のすぐ側に粗末な小屋が二つ建っており、その中央に焚き火の跡があった。

 恐らく、ここが彼らの言っていた隠れ場なのだろう。


「さあ、こっちだ」


 ジルゴに促され、四人は奥側に建っていた小屋に入る。


 木を切っただけの椅子とテーブル、枯草の山に布を被せただけの寝床、壁に立て掛けられた複数の剣。

 後は木箱がいくつか置かれているだけで、外観と同様に中も質素であった。


 ジルゴは木箱から綺麗に畳まれた黒地の布を取り出すと、そのまま差し出してくる。


「これが言っていたローブだ。お前達には大きいかもしれないが、まあ、そこは縫うなり、切るなりして上手くやってくれ」

「うん。これを着れば、魔族に居場所がバレにくくなるんだよね?」

「ああ。ただ、さっきも言ったが完全に魔力を隠せる訳ではないからな。あくまで感知される範囲が縮まるだけだ」

「それでも十分助かるよ。ありがとう」

「礼を言うのはこっちのほうだ。同胞のこと、よろしく頼む」

「うん、任せて」


 ジルゴは大きく頷くと、室内を見回した。


「今晩はここで休んでいってくれ。大したもてなしはできないが」

「えっ? いや、そんな」

「こんなところでも野宿するよりかはマシなはずだ。休息を邪魔してしまったのもあるし、嫌じゃなければ一晩の宿くらいは提供させてくれ」

「う、うーん……」


 ルキウスが「どうする?」と視線で判断を仰いでくる。

 自分とゼティアの心情に配慮してのことだろう。


 その問いにベンゼルは頷きを返した。

 魔族の家で寝泊まりすることに抵抗はある。

 だが、そんな自分の些細な感情よりも、明日に備えて休息を取ることを優先すべきだと考えたからだ。


 隣のゼティアは何も言わなかった。

 拒否しないということは構わないということだろう。

 それを確認すると、ルキウスはジルゴに向き直った。


「じゃあお言葉に甘えて」

「よかった。それで飯はもう食ったか?」

「ううん、まだ」

「そうか。ならすぐに用意しよう。ここで待っててくれ」


 そう言って、ジルゴは外に出ていった。

 それを目で追っていたルキウスがこちらに向き直った瞬間、


「……ん?」


 何かに気付いたかのような声を上げた。

 自然とルキウスの視線の先に目をやると、壁に絵が貼られていた。


 描かれているのは、緑色で塗りつぶされた逆三角形。

 内側の上部に楕円形の丸が二つ描かれており、その中にそれぞれ小さな黒丸がある。

 そして下部に赤く塗られた大きな丸があった。


 一体何を表しているのか。

 不思議に思って見ていると、扉が開く音がした。


「――すまない、そういえばお前達の……どうした?」

「あ、いや、あの絵が少し気になって」


 ルキウスが答えると、ジルゴは「あぁ」と声を漏らし、その絵を撫でた。


「これは娘が描いてくれた俺の似顔絵でな。いつでも見られるように、こうして飾ってるんだ」


 どこまでも柔らかく優しい笑み。

 それはこれまでの人生で幾度となく目にした、親が子を想う時の表情そのものだった。


 ジルゴは人を殺めたことはないと言った。

 それが真実かどうかは確かめようがないが、少なくとも幼い頃に目にした魔族の中に彼らのような姿の者はいなかった。

 すなわち、自分の大切なものを奪った魔族とこの魔族は別で、復讐の対象ではない。


 そしてジルゴはただ聞いた質問に答えていればよかったところを、より深く掘り下げてさまざまなことを教えてくれた。

 さらにはローブまで。


 間違いなく敵ではないし、恨むべきではない。

 真に憎むべき、倒すべき敵は、今も人間を襲っている北にいる魔族だ。

 頭ではわかっていたが、感情はそう単純なものではなかった。


 でも、ジルゴが見せた人間と何ら変わりない姿に、ようやく頭と感情が一致した。

 彼らは確かに魔族だが、自分が知る魔族とは違うのだ。


 ベンゼルは「ふう」と小さく息を吐くと、心の中で構えていた刃を鞘に収めた。


「へえ、娘さんが。その子は今魔界に?」


 ルキウスが尋ねると、ジルゴの表情が曇った。


「いや、魔王のもとだ。そこで他の同胞と同じく、まるで道具であるかのようにいいように使われている」

「……そっか。だから君は」

「ああ。我慢の限界を迎えてな。偵察してくるという体で奴のもとを離れ、お前達に接触することにしたんだ。お前達のことはヴァルファーゴから聞いていたからな」

「……なるほど。あなた方も被害者なのですね」

「まあ、この世界の人間達に比べたらまだマシなのだろうがな」


 ジルゴは気まずそうに笑った。

 ベンゼルは彼の前に立つと、ぎょろっとした大きな目を真正面から見つめる。


「俺達は必ず魔王のもとに辿り着く。そしてお前達――」

「あなた達の仲間に逃げるように言ってあげる。だから心配しないで」


 被せられた言葉に、ベンゼルは後ろに顔を向ける。

 彼女もまた、自分と同じように思ったのだろう。

 先ほどまで俯いていたゼティアは今、優しい表情を浮かべている。


 そして隣にいるルキウスとフィリンナも、自分達を見て微笑んでいた。


「……感謝する。勇者と呼ばれるべき者がお前達で本当によかった」

「礼はいい。俺達も相応のものをもらっているからな」

「そだね。それにまだあたし達は何もしてないし」

「フッ、そうか」

「ああ」


 笑みをこぼしたジルゴに、ベンゼルも頬を緩める。

 先ほどとは対照的に、小屋の中は温かな空気で満ちていた。


「ところでさっき何か言いかけてなかった?」


 それを受け、ジルゴは「あっ」と目を見開く。


「そうだったそうだった。お前達に食べられないものがないか聞きにきたんだった」

「食べられないもの……いや――」

「野菜! あとキノコと貝と、うぐっ!」

「もう!」


 フィリンナがゼティアの口を手で塞ぐ。


(まったく……)


 ベンゼルは小さく溜め息を吐くと、不思議そうな顔をしているジルゴに向き直った。


「気にしないでくれ。特に食べられないものはない」

「ならよかった。俺達とお前達では食事の文化が異なるだろうから、少し心配でな」

「……言われてみれば、それは確かにそうだな」


 ゼティア以外、好き嫌いは特にない。

 それ故、深く考えずに食べられないものはないと答えてしまったが、よくよく考えれば魔族が普段どんな食事を取っているかは全く知らない。

 途端にベンゼルは不安を覚えた。


「失礼を承知で、何を出そうとしていたのか聞いていいか?」

「ああ。問題なければ、昼に獲れた虫と辺りの草を煮たものをと考えていた」


 ベンゼル達は啞然とした。

 まさか虫と雑草を食べさせられそうになっていたとは。

 事前に聞いてくれてよかったと、ベンゼルは心の底から安堵する。


「すまない。その……俺達に虫や野草を食す文化はなくてな」

「ああ、その反応を見ればわかる。しかし、困ったな。虫と草がダメとなると後は魚になるが、今から獲るとなるとだいぶ待たせることになってしまう」

「気にしないでくれ。食材ならあるから自分達で作る」

「……何のもてなしもできずに悪いな」

「問題ない。宿を貸してくれるだけでも十分だ。ところでお前達は食事を済ませたのか?」

「いや、まだだ。お前達と一緒にとろうと思っていた」


 それを聞いて、ベンゼルはルキウス達に視線を向ける。

 三人はすぐに頷いてくれた。


「そうか。お前達、豚の肉と野菜、それとキノコは食えるか?」

「ん? あ、ああ。どれも好物だが……」

「ほう、好物か。ならばお前達の分も一緒に作るとしよう」

「何? ……いや、そこまで甘える訳には――」

「そう言うな。俺達としても、虫や草を食べているお前らの前では色んな意味で食事を取りにくい」


 ゼティアとフィリンナが、コクコクと首を縦に振る。

 それを見て、ジルゴは諦めたかのように小さく息を吐いた。


「なら今回は甘えさせてもらおう。何から何まですまないな」

「何、大したことではない。じゃあ、焚き火場を借りるぞ」


 そうして元々の予定通り、野菜たっぷりの鍋をこしらえたベンゼルは、ジルゴ達にも料理を振舞った。

 幸運なことに彼らの味覚にも合っていたようで、あちこちから「美味い!」と声が上がる。


 ただ出汁をとって、切った具材を適当に放り込んだだけのもの。

 誰が作ろうが、そこまでの違いは生じない。

 それでも美味しいと言ってくれるのはやはり嬉しいもので、ベンゼルは頬を緩めた。


 それから数分が経ったところで。

 ルキウスが何か思い出したかのように「あっ」と声を上げた。


「そういえば魔王が死んだら、この世界と君達の世界を繋いでいる門が閉じるんだよね?」

「ああ。あの門はヴァルファーゴが魔力を注いで維持しているものだからな。その供給が断たれれば当然閉じる。まあ、完全に閉じるまでは時間がかかるが」


 それまでに間に合わなければ、魔族はこの世界に取り残されることになる。

 だから魔族は魔王が死んだら、すぐに魔界へ帰る。

 それが魔王討伐後、魔族が一斉に姿を消す理由であると、幼い頃にベンゼルは習った。


「だよね。だから僕達が魔王を倒せたら、すぐに君達は帰らなければならないはずだけど、こんなところにいて閉じるまでに間に合う?」

「確かに。ここからヌリーシュまではだいぶ距離がありますし……。帰りそびれてしまうなんてことが起きたら」

「それは大丈夫だ。急げば何とか間に合うだろう」


 ジルゴは答えると、椀に視線を落とし――


「まあ間に合わなければ、むしろそのほうが」


 そう、ぽつりと呟いた。

 辛うじて聞き取れるような小さな声だったが、ベンゼルは聞き逃さなかった。


「もしや帰りたくない理由でもあるのか?」

「……あぁ、口に出してしまっていたか。まあ……そうだな」

「え、どうして?」

「……お前達がヴァルファーゴを倒せたとしよう。そうして魔界に帰った後、お前達との戦闘に参加しなかった俺達一族の立場は当然悪くなる。まあ、それはもちろん覚悟の上ではあるんだが、子供達のことを考えるとどうもな」


 ジルゴが俯く。

 そんな彼にルキウスは何でもないように言った。


「それなら、このままここで暮らせばいいんじゃないかな」

「何? ……い、いいのか?」


 彼は縋るように尋ねてきた。

 本音ではそうしたいと思っていたのだろう。

 それでも言い出さなかったのが、この世界の人間に対する配慮だろうか。


 ルキウスが困ったように笑う。


「うーん。いいかって聞かれるとちょっと困っちゃうかな。僕達にそれを決める権利はないから」

「だね。あたし達は別に人類代表って訳じゃないし」

「そもそも、この世界だって人間だけのものでもありませんしね」


 はっきりとしない答えに、ジルゴは首を傾げた。


「要は勝手にしろということだ。その結果、ここで暮らすことを選ぶのであれば、俺達は別に何も言わないし、お前達の存在を言いふらしもしない。……だが、もしも人間を傷つけるようなことがあれば」


 ベンゼルは横に置いていた剣を手に取ると、ゆっくり立ち上がった。

 鞘から大きな剣を抜いて、切っ先をジルゴに向ける。


「それ以上の被害が出ないよう、俺達がお前達を殺す。女子供関係なく、一人残らずな。その後はお前達を見逃した責任を取って、自分の首を落とす」


 同意するように、ルキウス、ゼティア、フィリンナが同時に頷く。

 するとジルゴは立ち上がり、剣の切っ先をつまんで自身の顔の前に。

 そして剣先に額を押し当てた。


「約束する。この先、何があっても俺達は人間に手を出さない。……もっとも、万が一この場に人間がやってきたら、追い払うため脅すくらいはするかもしれないが。それでも危害は加えないと、一族の誇りにかけて誓おう」


 彼らであれば心配はないだろう。

 そうわかってはいたが、真剣な目と声色にベンゼルは改めて安心した。

 その言葉に大きく頷いて、剣を鞘に収める。


「じゃあ君達がここで平和に過ごせるよう、早く同胞のみんなを解放してあげないとだね」

「ああ、よろしく頼む。そして無事ヴァルファーゴを倒すことができたら、また必ずここに寄ってくれ。その時は一族をあげ、盛大にお前達を歓迎する」

「わかった。楽しみにしておくよ」


 その後、食事を終えたベンゼル達は、与えられた小屋で休息を取った。

 そうして朝を迎えると、「少ないけど」といくらかの食料を手渡し、勇者一行は彼らの隠れ場を後にした。

 その表情は昨晩とは打って変わって、晴れやかなものだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る