第57話 ジルゴ 4

本日3話更新しておりまして、こちらが最後の3話目になります。

ジルゴ2からが本日更新分となりますので、まだお読みでない方はそちらからご覧ください。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「――なるほど、協力者っていうのはそういう……」

「ああ。だから怯える必要も警戒する必要もない」

「はい、わかりました」


 リディーはジルゴに向かって深々と頭を下げた。


「ごめんなさい! そうとは知らず、『それ』呼ばわりなんかして」

「いや、お前達人間にとって魔族は敵だからな。当然の反応だ、気にしないでくれ」


 ジルゴはリディーの肩に手を置く。

 それを受けてリディーが頭を上げると、彼は満足そうに頷いた。


「それでベンゼル、この人間達は?」

「こいつはリディー。ルキウスの妹だ」

「何だと?」


 大きな目が見開かれる。

 ほどなく、その表情に影が差した。


「……その、何と言葉を掛けたらいいか」


 リディーが首を左右に振る。


「私なら大丈夫です。お気遣いありがとうございます!」

「……そうか。もう気持ちの整理がついているのだな。……ルキウスは本当に素晴らしい男だった。そんな兄を持てたこと、誇りに思うといい」

「はいっ!」

「それでそっちにいるのがドルガン。馴染みの商人でな、この荷物を用意してもらった」


 ドルガンが慌てた様子で頭を下げる。

 それにジルゴも礼を返すと、ベンゼルが手を当てているドルガンの馬車の荷台に目を向けた。


「凄い量だな」

「まあな。ほとんどお前達への手土産だ」

「ん? 俺達に?」

「ああ。お前は有益な情報を与えてくれたし、それに俺の命の恩人でもあるからな」

「あ、そういえばさっきそんなこと言ってましたね」


 ベンゼルはリディーに頷く。


「ルキウスがどうやって魔王を倒したか、お前の実家で話した時のこと覚えてるか?」

「はい。ゼティアさんとフィリンナさんの協力を得て、スーパーノヴァっていう巨大な爆発を引き起こす凄い魔法を放ったって」

「そうだ。ルキウスは俺をその爆発に巻き込まないよう、直前に風の魔法で吹き飛ばしてくれた。その後は意識を失ってしまって記憶はないんだが、モーレンゼの近くで倒れていた俺を巡回中の兵士が見つけてくれたらしい」

「はい、そう聞きました」

「その時、ルキウスが俺に使った魔法はガスティーウインドだ」

「えっ?」

「おかしいだろう?」

「は、はい! お兄ちゃんが勇者だからといっても、ガスティーウインドでヌリーシュからモーレンゼまで人を飛ばすなんてことはさすがに……。エアロブラストならまだしも」


 ガスティーウインドは突風を発生させる魔法であり、その上位魔法がエアロブラストだ。

 それでもあれだけの距離を吹き飛ばすのは難しいし、それ以前に根本的な問題がある。


「というか、普通に納得してましたけど、冷静に考えればおかしなことだらけです。仮に吹き飛ばせたとしても、あの距離じゃ着地したルゼフさんがただじゃ済みませんよね?」

「その通りだ。だから実際はヌリーシュの近くで倒れていた俺を、何者かがモーレンゼの近くまで運んでくれたのだろう」


 ベンゼルはジルゴに顔を向けた。

 意識を失っていたため、直接見た訳ではないが確信があった。


「それはお前なのだろう?」

「ああ。同胞を迎えに行った時、そのうちの一人が吹き飛ばされたお前を見ていたようでな。周囲を探しているうちに傷だらけのお前を見つけたのはいいが、俺達の治癒魔法はお前には効かなかった。だから人間の街の近くまで運んだんだが……」


 ジルゴは申し訳なさそうに目を伏せた。


「俺がしたのはそれだけだ。本来なら街の人間に直接お前を引き渡して、すぐに治療するよう言うべきだったところを俺は人間に見つかるのを恐れ、近くに置き去りにすることしかできなかった。だから恨まれるならともかく、命の恩人だなんてことは……」

「何を言う。お前が運んでくれていなかったら、俺は出血多量で死んでいたんだ。お前が何と思おうと、俺にとっては命の恩人であることは変わらない」

「……そうか」

「そうだとも。そしてこの荷物はその礼の気持ちだ」

「なるほど、な。しかし、それを受け取る訳には――」

「この荷物には、お前がくれた情報とローブに対するルキウス達の礼の気持ちも含まれている。受け取ってもらわなければ、俺はあいつらに会わせる顔がないのだが……それでも遠慮する気か?」


 ベンゼルの有無を言わせぬ物言いに、ジルゴは諦めたかのように溜め息を吐いた。


「本来、礼の品を渡さなければならないのは俺達のほうなんだがな。……わかった、ではありがたく受け取らせてもらうとしよう」

「そうしてくれ。で、お前達の隠れ場は今もこの奥に?」

「ああ。ついてきてくれ」


 ベンゼル達は馬車に乗ると、歩き出したジルゴの後を追った。

 そうしてお互いにこれまでのことを話しながら進むことしばらく、一行は開けた場所に出た。


「おおっ」


 目に映ったのは、木製の大きな小屋が数十と、五十を超えるリザードマン達。

 ヌリーシュにいた全員がここに集まっているのだろう。

 中央の広場では小さな子供達が駆けっこを、大人はそれぞれの家の前で談笑を楽しんでいた。


 その光景はまさに村と呼ぶべきもの。

 前に来た時とは比べ物にならないほど、彼らの隠れ場は栄えていた。


「あ、パパー!」


 子供の一人がこちらに駆け寄ってくる。


「パパ……あの子がお前の?」

「ああ。前に話した娘だ」


 ジルゴは嬉しそうに言うと、一歩前に出て両手を広げながら屈んだ。

 親子の微笑ましい光景。

 ベンゼルが頬を緩めていると、ジルゴの娘は急に足を止めた。


 視線は最愛の父――ではなく、後ろにいる自分達に向けられている。

 彼女は大きな目をぱちぱちと瞬くと、ひと呼吸おいて逃げ去るように子供達のもとへ戻ってしまった。


 同時にベンゼルは複数の視線を感じた。

 周囲を見回してみれば、村にいたリザードマン全員が自分達を見ている。

 怯えた顔の者、慌てて子供を抱き寄せる者、薪割りに使っていた斧を担いで睨みつけてくる者。

 その表情はさまざまだが、警戒されていることはすぐにわかった。


 ジルゴは大きく溜め息を吐くと、申し訳なさそうな顔を向けてくる。


「すまない。お前達が自分達を討ちにきたと思っているらしい。ちょっと待っててくれ」


 そう言うと、ジルゴは広場の中央まで歩き――


「お前達! 我らの恩人にその態度はなんだ! そこにいるのはヴァルファーゴのもとからお前達を逃がしてくれた人間の一人、ベンゼルだぞ! その顔を忘れたか!?」


 そして大声で叫んだ。


 いや、お前も最初俺だと気付かなかったではないか。

 そんなことを思いながら眺めていると、周囲のリザードマン達の表情が驚きに変わった。

 ほどなく、住居からぞろぞろとリザードマン達が外に出てきて、そんな彼らも同じように。


 そのまましばしの沈黙が流れ。


「うおおぉぉっ!」

「わーーーっ!」


 ベンゼル達はあっという間にリザードマン達に囲まれた。

 そうして迫るは感謝の言葉の嵐。

 突然の出来事にベンゼル達が困惑していると、「ごほん」とわざとらしい咳払いが聞こえた。

 その瞬間、騒いでいたリザードマン達は一斉に口を閉じ、道を開ける。


 彼らの間を通って自分達の前に現れたのはジルゴと、杖を突いたリザードマン。

 見るからに高齢で、他の者よりも多くの布を纏っており、頭には帽子のようなものをかぶっている。

 前に見た時はそのような恰好はしていなかったが、その皺の深さと曲がった腰で目の前にいるのが誰かはすぐにわかった。


「お久しぶりです、ベンゼル殿」

「ああ。確か、長老のドランザ、だったか?」

「はい。その節は大変お世話になりました。無事快復されたようで……本当によかったです」

「フッ、そっちも平和に暮らせているようで何よりだ」

「ええ、それもベンゼル様方のおかげです」


 長老が深々と頭を下げてくる。


「この度はよくぞお越しくださいました。私達はベンゼル殿、そしてお連れの方々の来訪を心から嬉しく思っております。大したもてなしはできませんが、ぜひゆっくりしていってください」

「ありがとう。そうさせてもらう」

「ええ。では、こちらへ。皆は宴の用意を」


 周囲にいた大人のリザードマン達が大きく頷く。

 そうして走り出した彼らを――


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 ベンゼルは慌てて呼び止めた。

 宴を開いてくれるのはありがたい。

 きっと奮発してご馳走を用意してくれるのだろう。


 だが、彼らはリザードマン。

 食の文化が違うのだ。

 彼らにとってのご馳走が、自分達にとってもそうかはわからない。


「食材はぜひ、ぜひともこれを使ってくれ」


 ベンゼルはシュライザーが引いてくれていた荷台の帆を叩く。

 長老は不思議そうに首を傾げ、そんな彼にジルゴが耳打ちした。


 長老の目が大きく開かれ、またも頭を下げてくる。


「何から何まで本当に……」

「気にするな。それでジルゴ、荷物はどこに置けばいい?」

「ああ、じゃあここに置いてもらえるか?」

「わかった。ドルガン、頼む」


 ドルガンは頷いて、後ろで待たせていた馬のもとへ走る。

 御者台に上がると手綱を引き、自分達のところで停止させた。


 ベンゼルは荷台に乗り込むと、「ふんっ!」と木箱を持ち上げる。

 下にいたリディーに手渡し、自分は次の木箱を。


「おお……!」

「こ、これは!」

「お肉だー!」


 その時、喜びに満ちた声が聞こえてきた。

 上々の反応にベンゼルは頬を緩めながら、馬車を降りようとすると、下でジルゴが手を伸ばしてきていた。

 その後ろでは逞しい身体のリザードマン達が列をなしている。


「重いが、大丈夫か?」

「フッ、馬鹿なことを言うな。単純な力ではお前にも引けを取らない」

「そうか」


 ベンゼルは笑みを返し、ジルゴに木箱を手渡す。

 そのまま他のリザードマン達にも手伝ってもらい、十分ほどかけて荷下ろしを終えた。


 広場には蓋が外された木箱が数十。

 その品々に明るい笑みを浮かべる者がいれば、不思議そうな顔を向ける者もいた。


「ベンゼル、これは?」


 尋ねてきたのは、初めてジルゴと会った時に一緒にいた者。

 彼は大きく丸い緑色の野菜を持ち上げ、首を傾げていた。


 この世界と魔界で共通して存在する物があれば、当然そうでない物も多くある。

 それは前にジルゴ達から聞いていたことで、その野菜は後者のケースだったらしい。


「それはカボチャという野菜だ。皮は硬いが果肉は柔らかく、そして甘い」

「ほう、カボチャ……」

「一応生でも食べられんことはないが、加熱したほうが美味い。おすすめは煮物かスープだな」

「そうか、それは楽しみだ」

「あの、こちらは?」


 横から新たな問いが寄せられる。

 顔を向けると、視界の端にリディーとドルガンが映り、二人も同じように質問攻めに遭っていた。


 彼らが危険な存在ではないとわかったからか、二人とも人間と接するように普通に会話している。

 ベンゼルはよかったと胸を撫で下ろすと、自身も質問に答えていくのだった。



 ☆



 その後はシュライザーに飼葉を与えたり、おもちゃを手にして興奮した子供達の相手をしたり。

 そうこうするうちに辺りはすっかり暗くなり、村を挙げての宴が広場で開かれてから二時間ほど経った頃。


「――しかし、こうして見ると本当に俺達と何も変わりやせんね」


 話を終え、自分のテーブルに戻っていくリザードマンの背中を目で追っていると、ドルガンがそんなことを言った。


「ああ」


 料理を肴に会話を楽しむ者がいれば、酔い潰れてテーブルに突っ伏している者もいる。

 視界の端では、よほど気に入ったのか未だおもちゃで遊んでいる子供達。

 その光景は自分達人間の社会と一切変わらない。


 ちなみにどこにもリディーの姿がないのは、ジュースと間違って酒を飲んでしまったからだ。

 例のごとく散々ダル絡みした挙句、気絶したかのようにテーブルで眠ってしまい、先ほどベンゼルが長老の家に運んだところである。


(よし)


 ベンゼルは椅子に座り直し、身体ごとドルガンに向ける。


「ドルガン、彼らのことをどう思う?」

「最初は死ぬほどビビりやした。実はちっとちびってしまいやして」

「そ、そうか」

「でも、話してみれば全然普通の奴らで。しかも旦那達の協力者で、命の恩人ときたもんだ。抵抗感とかそういうのは今じゃまったくありやせん」

「それはよかった。……そこでお前に頼みたいことがあるんだが」

「彼らとの定期的な取引ですね?」


 まだ何も言っていないのに。

 ベンゼルが驚きに目を丸くすると、ドルガンは「わかりやすよ」と笑う。


「こんな森の中だ、彼らが得られる資源は限られてる。だからといって、街の人間と交易をするなんてことはできねえで、質素な生活を余儀なくされる。それを旦那は不憫に思い、諸々の礼として食料や雑貨を贈った」


 ドルガンはグラスを傾け、ワインで口を湿らせると話を続ける。


「でも、それもすぐに尽きちまう。そんで質素な生活に逆戻りだ。それを避けるためには定期的に荷を届けてやらなきゃならねえが、旦那にそれは無理。だから俺に任せたい……と、そういうことでしょう?」

「……驚いた。お前は人の心が読めるのか」

「まあ、これでも商売をして長えですから。得た情報から、その人が何を欲しているかを読み取る力にはそれなりの自信が」

「そうか、さすがだな。俺の考えはまったくもってその通りだ」


 ベンゼルは空になったドルガンのグラスにワインを注ぐ。

 そして真剣な顔でドルガンを見た。


「月に一回でも、半年に一回でも、それこそ気が向いた時だけでもいい。この森の近くまで荷を運び、彼らと交易をしてやってはもらえないだろうか」

「ええ、それはもちろん構いやせん」


 ドルガンは悩む素振りも見せずに即答した。


「……本当にいいのか? 言っておいてなんだが、彼らは恐らく魚くらいしか出せないと思うが……」

「へい! 魚であればむしろありがてえくらいで」

「そうなのか?」

「ほら、マッカより近い分、鮮度を保てますから」

「そうか、それならよかった。じゃあ、明日長老に話に行こう」

「ええ。それまでに色々と考えておきやす」

「ああ、頼む」

「任せてくだせえ!」


 ベンゼルはドルガンに向かってグラスを持ち上げる。

 それにドルガンも倣うと、二人はグラスを合わせたのだった。



 ☆



 二日後、朝。

 ベンゼル達は広場の中央に立っていた。


 前には多くのリザードマン。

 この隠れ場で暮らす全員が見送りにきてくれていた。


「じゃあ、またひと月後に」

「ああ。それまでに必ず用意しておく」


 昨日、ドルガンと一緒に長老やジルゴ達に取引の提案をしに行ったところ、案の定、彼らは大喜びでそれを受け入れた。

 その後の話し合いにベンゼルは参加していなかったが、後で聞いた話によると、ドルガンが月に一回、森の近くまで荷を運び、そこで品々の受け渡しを行うことに話が纏まったらしい。


 固く握手を交わす二人を見て頬を緩めていると、子供達が駆け寄ってきた。


「これ!」


 ジルゴの娘が掲げたのは花で作られた冠。


「ん? くれるのか?」

「うん! あたし達を助けてくれたお礼!」

「そうか、ありがとう。とても嬉しく思う」


 ベンゼルは微笑みかけると、その場に屈む。

 ジルゴの娘が花冠を被せてくれた。


「それでね、こっちはルキウス達の分!」


 三人の子供がそれぞれ花冠を差し出してくる。


「本当は直接お墓にお供えしたかったんだけど……」

「僕達、外に出ちゃいけないから……」


 ベンゼルはフッと笑うと、俯いた子供達の頭を撫でる。

 そして一つずつ花冠を受け取った。


「ありがとう。これは俺が必ずあいつらに届ける。きっと大喜びするだろう」

「うんっ!」


 子供達は笑みを浮かべて後ろへ下がり、入れ替わるようにジルゴが前に出てきた。


「色々とありがとう。また必ず来てくれ、いつでも歓迎する。もちろんリディーもな」

「ああ、必ず」

「はい!」


 ベンゼルとリディーもジルゴと握手を交わすと、馬車の御者台に上がった。


「じゃあ、また」

「ああ、元気で」

「そっちもな」


 そうしてベンゼルは手綱を引き。

 感謝の言葉を背に浴びながら、彼らの隠れ場を後にした。

 村や街に住む人間達と同じように、彼らもこの先ずっと笑顔で平和に暮らせますように。

 そんなことを祈りながら。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

お読み頂きありがとうございます。

本作は残り3エピソードで完結予定です。

諸々落ち着いたので、今年中に完結できれば……と思っております。

よろしければ最後までお付き合いください。


それと別件なのですが、カクヨムコン用に短編を数本投稿しようと考えておりまして。

そちらも年内に投稿予定なので、ぜひご覧の上、応援して頂けると嬉しいです。

以上、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平和になった世界を巡る旅~生き残った英雄は仲間たちの願いを胸に人生二度目の旅に出る~ 白水廉 @bonti-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ