第12話 ベンゼルの過去(前編)

「ルゼフさん。聞き間違いじゃなければ、さっき陛下のこと父上って呼んでましたよね?」


 城を出るや否や、リディーが不思議そうな顔で尋ねてくる。

 よほど気になっていたのだろう。


「ああ。陛下は――」

「やっぱり! ってことは、ルゼフさんは王子様……あれ? でも、確か陛下にご子息はいなかったはず……」


 リディーはベンゼルの言葉を遮って、一人で話を進める。

 そして顎に手を当てて何やら考え始めたかと思うと、しばらくして顔をハッとさせた。


「ま、まさか、ルゼフさんは陛下の隠し子!?」


 斜め上の発想にベンゼルは苦笑する。


(まあ、そう考えるのも仕方ないか)


 自分と王の関係は別に隠すようなことではないが、敢えて言いふらすことでもない。

 なので、城に仕える者以外は知っている人は知っている程度の事実である。

 それ故、リディーが知らないのも無理はなかった。


「いや、陛下は実の父ではない。あくまで父親同然の存在というだけだ」

「な、なぁんだ! そういうことですね!」

「ああ。陛下が家族と故郷、そして祖国をなくした俺を気遣ってくれてな。『実の父親と思って接してくれ』と言ってくれたのだ」


 あの日のことを思い出すように夜空を見上げながら言うと、隣から「えっ?」と声が上がる。

 見てみるとリディーが首を傾げていた。


「あの、『祖国をなくした』って、もしかしてルゼフさんはこの国の人じゃなかったんですか?」

「ああ、言ってなかったな。俺はナッツィシード王国の出身だ」

「えっ!? な、ナッツィシード王国って、魔族に滅ぼされたっていう……?」

「そうだ。十六年ほど前にな。俺は唯一の生き残りだ」


 そう言うとリディーは絶句した。

 当時、まだ物心がついていなかったはずだが、その惨状さんじょうは村の学校の授業なんかで聞いていたのだろう。

 しばらくして彼女は「うん」と頷いて、真剣な表情で口を動かした。


「……ルゼフさん。私、ルゼフさんのこと全然知りませんでした」


 それはそうだろうな、とベンゼルは思う。

 王都までの道中、ルキウスの話はよくしていたが、自分についての話は全くといってしてこなかったからだ。

 理由は単純、リディーが知りたいのは最愛の兄のことであり、自分ではないからである。


「私はルゼフさんのことをもっと知りたいです。……よければ、これまでどういう人生を送ってきたのか、私に教えてもらえませんか?」

「それは構わないが……。何だ、興味あるのか?」

「はい。だって、ルゼフさんはお兄ちゃんの親友さんで、今では私の大切な仲間でもありますから!」


 笑顔でそんなことを言われれば、話さない訳にはいかない。


「そうか。なら、少し昔話をしよう。まあ特に面白くはないがな」


 そう言って、ベンゼルは歩きながら自分の過去を語り始めた。



 ◆



 今から16年前。

 当時11歳のベンゼルは両親と共に、ナッツィシード王国の北部にある街――フランジェリーで暮らしていた。

 生まれつき魔力を持たず魔法は一切使えなかったが、それでも大きな問題はなく、平穏で幸せな日々を送っていた。


 そんなある日の昼下がり、突如として空が闇に覆われた。

 住民達はたちまち不安を覚えて「この世の終わりだ」と悲観するが、幼いベンゼルにはよくわからなかった。


 その数日後。

 街の中央の広場で一人遊んでいたところ、西門のほうからけたたましい悲鳴が上がった。


(なんだろう? 喧嘩かな?)


 そんなことを思っていると、今度は二人分の叫び声が耳に届く。

 そしてひと呼吸おいて、さらに多くの悲鳴が聞こえてきた。


 一体何が起きているのだろうか。

 首を傾げながら西門のほうを眺めていると、ある時、信じられないものが目に飛び込んでくる。

 それは教科書で散々目にしたモンスターとは全く姿形が異なる、異形の化け物だった。


「――ベンゼルっ!」


 あまりのおぞましさに思わず固まってしまっていると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 ぎこちなく顔だけ動かすと、母が血相を変えてこちらに駆け寄ってきていた。


「お、お母さん……?」

「早くっ! 早く来なさいっ!」


 穏やかな性格で普段は一切声を荒げない母が、怒声を上げながら腕を引っ張ってくる。

 そのただならない様子にベンゼルは激しく混乱するも、素直に従う。

 そうして母に手を引かれて全速力で走っているうち、ベンゼルは実家に戻ってきた。


「いい? あなたはここに隠れてなさい! 何があっても絶対に出てきちゃダメ!」


 母がベンゼルを家の隣にある納屋なやに押し入れる。

 強い口調に彼も従うしかなく「うん」と答えると、母は頭を撫でてから扉を閉めた。


 その後、ベンゼルは言われた通りに、納屋で両親が迎えに来るのを待った。

 隅で身体を丸め、声が漏れないよう両手で口を押さえながら。



 数十時間が経ち、恐怖と眠気で頭がぼんやりとしてきた頃。

 突然納屋の扉が開かれた。


 ベンゼルはハッとして扉の先に目を向ける。

 そこに立っていたのは待ち望んでいた両親ではなく、剣を構えた見知らぬ若い男だった。

 その男はベンゼルの姿を確認すると「おおっ!」と嬉しそうな声を上げる。


「――少佐っ! 生存者が! 生存者がいました!」


 外に向かって大声でそう言うと、男がしゃがんで手を差し出してくる。


「怖かっただろう。でも、もう大丈夫だ。さあ、おいで」


 恐る恐る手を取ると、男は自分を抱きかかえた。


「外はちょっと怖いから目を閉じててくれるかな?」


 コクリと頷いて、言われるがまま目を閉じる。

 そして外に連れ出されると、これまで嗅いだことのない異様な匂いが鼻に届く。

 そこで思わず目を開けてしまった。


「……えっ?」


 目に映ったのはおびただしい数の死体と血の海。

 子供から老人に至るまで容赦なく殺されており、少し先のほうには剣を手に横たわった両親の姿があった。


「あっ、あっ」


 あまりの惨状にベンゼルは頭が真っ白になり、やがて気を失った。

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