第30話 一人前の戦士

 翌日。

 宿で朝食をとったベンゼル達は路銀を稼ぐべく、依頼仲介所にやってきた。

 受付係に挨拶を返すと、さっそく掲示板に貼られている依頼をチェックする。


「おっ」


 ほどなく、ベンゼルは一つの依頼に目を留めた。

 依頼書には『スパイキートータスの甲羅を四つ、トゲを外した状態で持ってきてください』と書かれている。


「いいのありました?」


 ベンゼルは「ああ」と頷いて、見ていた依頼書を指差す。

 リディーも依頼書を見ると、ひと呼吸おいて首を傾げた。


「スパイキートータス?」

「甲羅にトゲがついた馬鹿でかい亀型のモンスターのことだ」

「へえ。そんなのもいるんですね。それでその依頼、受けるんですか?」

「ああ。かなりの額だからな」

「かなりの額?」


 リディーは再び依頼書に目を向ける。

 その瞬間、「わっ!」と驚きの声を上げた。


「かなりの額だろ?」

「はい! ……ただ、こんなにもらえるってことは、それだけ強いモンスターだってことですよね?」

「それなりにはな。まあ、でもスパイキートータスくらいなら余裕だ。上手くやればお前も倒せるだろう。って訳で、どうだ? 一緒にやるか?」


 ベンゼルがそう聞くと、リディーは目を見開いた。


「いいんですか!?」

「ああ。お前もかなり強くなったからな」


 二等魔術教本を手に入れてから、リディーは毎日のように魔法の勉強と実践を重ねてきた。

 その甲斐あって複数ある二等魔法のうち、三分の一程度は習得済み。

 三等魔法までしか使えなかった頃と比べると別人のように強くなった。


 数週間前ならリディーの身を案じ、たとえ同行したいと頼まれても拒んでいただろう。

 そんなベンゼルが敢えて自分から採集依頼に誘ったのは、今の彼女の実力なら大丈夫だと判断したからだ。


「ならお願いします! 実はずっと覚えた魔法を試したいって思ってて!」

「そうか、ならよかった。じゃあ一緒にやるとしよう」


 言い終えると同時に、ベンゼルは掲示板から依頼書を剥がした。



 ☆



 受付係や街にいた兵士から聞いた話によると、スパイキートータスは直近だと北の山岳沿いで複数確認されたらしい。


 そんな訳で馬車に乗ってレッブレを出た二人は、まず街道に沿って北北東へ。

 一日掛けてだいぶ進んだところで街道を逸れ、真っ直ぐ西側に向かう。

 モンスター避けの効果範囲から外れたことで何度かモンスターと出くわしたが、その度にベンゼル達は危なげなく撃退した。


 そうして順調に進むことおよそ二十時間。

 ようやく目的地に到着したベンゼル達は、スパイキートータスを求めて高く連なった山々のふもとを進む。


 それからしばらく経って――


「おっ」

「あっ!」


 二人は同時に声を上げた。

 視線の先には全長三メートル近くある巨大な亀が二体。

 まだ気付かれていないようで、呑気に草をんでいる。


 それを確認するや否やベンゼルは御者台から飛び降り、周囲を見回した。

 近くにスパイキートータス以外のモンスターの姿はない。

 ここならシュライザーが襲われる心配はないだろう。


「俺達が戻るまで、お前はここで待っていてくれ。もしもモンスターが現れたら、その時はわかってるな?」


 馬車から外しながらそう言うと、シュライザーは「ブルルっ!」と元気よく答えた。

 ベンゼルはよしと頷き、リディーに顔を向ける。


「教えた戦い方は覚えているな?」

「もちろんです!」

「そうか。じゃあ俺は右をやるから、お前は左のを頼む。……ただ、少しでも危ないと思ったら無理をせずすぐに逃げろ。わかったな?」

「はいっ!」

「よし。じゃあいくか」


 言い終えるとベンゼルは地面を蹴る。

 一歩遅れてリディーがその後を追い、途中で左右に別れた。

 それと同時にスパイキートータスも自分達に気付いたようで、口を大きく開けながら突進してくる。


 そうして互いに距離を詰めている中、巨大な亀は突然身体を捻りつつ、首と手足をトゲがついた甲羅の中に引っ込めた。

 突進の勢いを利用して、コマのように回転しながら向かってくる。


 このまま正面からぶつかれば、言わずもがな無数のトゲでズタズタに切り裂かれてしまう。

 それにもかかわらず、ベンゼルは距離を取ろうとするどころか、その場で立ち止まった。

 ふぅと息を吐いて呼吸を整えると、右手で握った大剣をこめかみの横に構える。


 回転しているスパイキートータスをじっと見据えると――


「ふんっ!」


 ベンゼルは大剣を投げ放った。


 少しして回転が止まると、以降、巨大な亀はピクリとも動かなくなった。

 引っ込めていた首には、先ほどベンゼルが投げた剣が深く突き刺さっている。


 常人からすればまさに神業。

 だが、当の本人は何を思うでもなく、淡々と首から剣を抜いた。

 そう、彼からしてみればこの程度、造作もないことなのだ。


 剣についた血を振り払いつつ、ベンゼルはリディーに顔を向ける。

 スパイキートータスが回転しながらリディーに迫っていた。


「【ストーンウォール】! 【ストーンウォール】! 【ストーンウォール】!」


 リディーはつい最近習得した二等魔法――ストーンウォールを連続で発動させた。

 彼女の前に岩の壁が三重に展開される。


 ほどなくして、スパイキートータスが岩の壁にぶつかった。

 鋭く尖ったトゲにより、一枚目の岩の壁が粉々に砕け散る。

 衝撃によって回転の勢いは少し落ちたが、まだ完全には殺せておらず、そのまま二枚目の壁を破られてしまった。

 さらに勢いが和らぐも、未だ巨大な亀は回転しながらリディーに向かう。


 そうして最後の岩壁に衝突すると、先の二枚と同様に即座に砕け散ってしまったが、それと同時にスパイキートータスも回転を止めた。


「【ロックランス】!」


 その瞬間、リディーは鋭く尖った岩を発生させる魔法を発動させた。

 亀の大きな身体に隠れて岩の槍は目視できないが、きっと腹を目掛けて発生させていることだろう。


 しかし、スパイキートータスの腹の皮膚は硬い。

 さすがに甲羅ほどではないものの、ロックランスを数回食らわせた程度では貫けない。


 それを証明するかの如く、亀は何事もなかったかのように手足を出し、突進を始める。

 やがて勢いがついたところで首と手足を引っ込め、回転しながら向かっていった。


 そこでリディーは再びストーンウォールを連続発動。

 先ほどと同様に三枚の岩の壁で回転の勢いを殺し、亀が動きを止めたところでロックランスを発動させる。


(よし、その調子だ)


 ここに来るまでの道中で教えた戦い方をリディーは忠実に守っている。

 このまま同じことを繰り返していれば、いずれ岩の槍が腹部を貫くだろう。


 いざという時に自分がすぐに止めを刺せるよう、いつでも剣を投げられる構えを取りながら、ベンゼルはリディーの戦いを見守ることにした。



 ☆



 同じ流れを繰り返すことしばらく。

 リディーが何度目になるかわからないロックランスを発動させて以降、スパイキートータスは微動だにしなくなった。


 それを確認したベンゼルは、今もなお真剣な表情で亀を見据えているリディーのもとにゆっくりと歩み寄る。


「よくやった。文句なしの出来だ」


 そう言うと、リディーは顔だけ向けてくる。

 ひと呼吸おいて、緊張を吐き出すように大きく息を吐いた。


「ありがとうございます! 何とか勝てました!」

「ああ。……しかし、本当に強くなったな。これでもうお前も一人前の戦士だ」


 リディーはぱぁっと顔を明るくさせる。

 そして噛み締めるように何度も「一人前」という言葉を繰り返した。


「さて、それじゃあトゲを取り除くぞ」

「あっ、はい!」


 二人はリディーが倒した亀の側に移動すると、ベンゼルがトゲを甲羅の根本から叩き折った。

 リディーもそれを真似、二人は協力して一本ずつトゲを除去していく。


「そういえば、この甲羅って何に使うんですかね?」


 その最中、リディーが思い出したかのように尋ねてきた。


「恐らくだが、小分けにしてから加工して売るのだろう。依頼人の名前に商会とあったからな」

「あっ、そうでしたね! それにしても亀の甲羅も売り物になるんですね」

「ああ。特にこいつの甲羅は頑丈だからな。その硬さを生かして、防具の材料や食器なんかにするそうだ」


 リディーは感心したように「へえー!」と声を上げる。

 その後も取り止めのない話をしながら作業を続けること数分。

 二人は甲羅から全てのトゲを取り除き終えた。


 続いて、ベンゼルが大剣を使って亀の身体から甲羅を剥がす。

 その巨大な甲羅を二人でシュライザーのもとまで運び、馬車へ乗せた。


 それからベンゼルが倒したもう一体にも同じ作業を行い、馬車へ積んだところで御者台に乗り込んだ。


「よし。この勢いで残りも集めるぞ」

「はい! 頑張ります!」

「ああ、頼りにしてるぞ」



 その後、何事もなく残り二つの甲羅を手に入れ、レッブレに戻ったベンゼル達は多額の報酬を受け取った。

 その金で食料や雑貨を購入すると、レッブレを出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る