第29話 ハートのペンダント

 王都ブッシュミラーを発ってから数日。

 リディー達は何事もなく、アイリーシュ王国の西側に位置する街――レッブレに辿り着いた。


 中に入ると、いつも通りまず始めに馬宿を探す。

 しばらくして見つけた馬宿で手続きを済ませ、シュライザーを預けた二人は部屋に入った。

 荷物を置いたところでベンゼルが切り出してくる。


「リディー、今日は別行動にしよう」


 カンパーニ村を発ってからというもの、リディーは常にベンゼルと行動を共にしてきた。

 一人きりになるのは、お手洗いと風呂に入る時だけだ。

 それもあってリディーはその申し出に驚くも、ほどなくして首を縦に振った。


 きっと、たまには一人になる時間がほしいんだろうなと考えて。


「よし。じゃあ、19時頃にまたこの部屋で落ち合おう。それまでは街を観光しながら、これで好きな物を買うといい」


 ベンゼルが言いながら、革袋から取り出した数枚の銀貨を差し出してくる。

 いつも街を見て回る時は食べ歩きをしたり、雑貨を買ったりしているので、その代金にということだろう。


「ありがとうございます!」

「ああ。さっきも言ったが、明日は依頼仲介所で依頼を受ける。そこで稼ぐから路銀のことは心配せず、渡した金は遠慮せず使ってくれ」

「あっ、はい! そうします!」


 そう言うと、ベンゼルは満足そうに頷いて部屋から出ていった。

 少しして、リディーはベッドから立ち上がる。


「さて、じゃあ私も!」



 ☆



 レッブレの街並みはターラモアやブッシュミラーとそう変わらない。

 その上、それらの街よりも規模が小さく、店や人の数も少ない。


 だが、それでもやはり初めての街はワクワクするもので、リディーは串焼きを片手に上機嫌に商業区を歩いていた。

 やがて通算三本目となる串焼きを食べ終えたところで――


「あっ」


 リディーは露店に並べられている商品に目を留めた。

 視線の先にあるのは、木製のシンプルなくし


(どうしよっかな……)


 数日前、愛用していた櫛の歯が数本折れてしまった。

 それでも辛うじて髪はかせるが、やはり使いにくいし、壊れた櫛を見る度に浮かない気分になってしまっていた。

 そのことを思い出し、リディーは顎に手を当てる。


「うーん」と悩むことしばし。

 リディーは大きく頷くと、櫛を手に取った。


「これください!」

「はーい! 銅貨五枚になりまーす!」

「これでお願いします!」


 女性店員に銀貨を手渡す。

 やがてお釣りを受け取ると、リディーは購入した櫛を革袋へしまった。


「ありがとうございまーす! またお越しくださーい!」

「はい、また来ますね!」


 笑顔でそう言うと、リディーはルンルン気分で歩き出した。



 その後もちょっとした買い物をしながら、観光を続けること数十分。


「わぁ!」


 リディーは再び露店の前で足を止めた。

 その店はアクセサリー屋のようで、台にはブレスレットやブローチといった様々な装飾品が並べられている。


(かーわいい~!)


 その中の一つ、ハート型の青い石がついたペンダントに目を奪われた。

 リディーもやはり女の子、かわいいものには目がない。


 迷う間もなく購入することを決め、値札に視線を落とす。


(うっ!)


 リディーは目を見開いた。


 ペンダントの値段は銅貨八枚。

 対し、現在の手持ちは銅貨七枚。ギリギリ足りない。


「はぁ……」


 串焼きや櫛など先ほど買ったもののうち、どれか一つだけでも我慢していればペンダントを購入できた。

 リディーは後悔に大きく溜め息を吐く。


 やがてとぼとぼと歩き出した。



 ☆



 時刻は19時前。

 ベンゼルとの約束に備え、リディーは馬宿に戻った。

 部屋に入ると、既にベンゼルの姿がある。


「おっ、戻ったか」

「あっ、ルゼフさん。すみません、待たせちゃいましたかね?」

「いや、ちょうど俺も今帰ってきたところだ。さあ、そこに座ってくれ」

「えっ、あっ、はい」


 促されるまま、ベンゼルの向かい側のベッドに腰掛ける。

 そうして向かい合うと、ベンゼルは四角い箱を差し出してきた。


「リディー、誕生日おめでとう」

「えっ?」


 リディーは目を瞬いた。

 ほどなくして、部屋の壁に貼られているカレンダーに顔を向ける。


(……そっか。今日って私の)


 旅に出てからというもの、リディーは日付をあまり気にしなくなっていた。

 それ故、今この瞬間まで、今日が自分の誕生日であることに気付いていなかったのだ。


 そのことにようやく気付くと、ベンゼルが箱を差し出してきた理由もわかる。

 リディーは明るい笑みを浮かべ、四角い箱を両手で受け取った。


「ありがとうございます! 開けてもいいですか?」

「ああ、もちろん」


 何だろうとワクワクしながら、箱を開ける。


「わぁ!」


 その瞬間、リディーは目を輝かせた。

 中に入っていたのはハート型のペンダント。

 トップのハートは赤い宝石でできており、キラキラと輝いている。


 数時間前に露店で見たペンダントは宝石ではなかったので、これはそのペンダントの完全上位互換だ。

 トップの存在感が凄まじく、美しさも露店のそれとは比べ物にならない。


「かわいい~! 私、すっごく嬉しいです!」


 そう言うと、ベンゼルは「ふぅ」と小さく息を吐いた。


「そうか。気に入ってもらえたようで何よりだ」

「はい、それはもう! ……ん? あの、もしかして今日別行動にしたのってこれを買うために?」


 ベンゼルは照れたように笑う。

 そして「ああ」と答えた。


「その、なんだ。じっくりと選びたくてな」


 きっと、ベンゼルは色々と悩んでくれたのだろう。自分を喜ばせるために。

 その気持ちが何よりも嬉しくて、リディーは一層笑みを深くした。


「ありがとうございます! これ、宝物にしますね!」

「フッ、そうか。そうしてもらえると俺も嬉しい。……っと、そうだ。よかったら着けてやろう」

「あっ、お願いします!」


 リディーはくるりと振り返り、髪を上げた。

 ほどなくして、鎖骨の部分に赤い輝きが灯る。


「ありがとうございます!」

「ああ。さて、リディー。腹は減っているか?」

「はい、ペコペコです!」

「よかった。なら店を予約してるから、さっそく食いに行こう。今日の飯は期待していいぞ」

「やった! 楽しみにしてます!」

「よし、じゃあ行こう」


 ベンゼルはベッドから立ち上がり、部屋から出ていく。

 自分も彼についていこうとした瞬間、視界の端に姿見が映った。

 その前に移動すると、身体を近づけ鎖骨の部分を注視する。


「ふふっ」


 リディーは幸せそうに微笑み、愛おしそうにペンダントのトップを触った。

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