第28話 ゼティアの墓参り

 城門を抜け、城下町に出た瞬間、「そういえば」とリディーが話を振ってくる。


「陛下のお話だと、ゼティアさんのお墓って孤児院にあるんですよね? 確か、ゼティアさんがそう希望したって」

「ああ。あいつにとって孤児院は自分が育った大切な場所だからな」

「えっ? ゼティアさんって孤児院出身なんですか?」


 リディーが驚いた様子で尋ねてくる。

 その反応に、ベンゼルはゼティアの過去についてまだ伝えていなかったことに気付いた。


「そういえば話していなかったな。そうだ、あいつは孤児院出身らしい。あいつとの出会いについて話した時、少しだけ触れたゼティアのご両親のこと覚えているか?」

「あっ、はい。確かこの国でトップクラスに優秀な魔法使いだったって。それで、前に魔族が現れた時に援軍としてアブサルで戦ってくれたんですよね?」

「ああ。その当時、ゼティアはまだ二歳だったようでな。彼女のご両親はこの王都を発つ前に、幼いゼティアを孤児院に預けたそうだ。恐らく、戦場から戻ったら迎えにいくつもりだったんだろう。だが――」

「魔族にやられてしまったんですね……」


 ベンゼルは頷いて、話を続ける。


「そのことをゼティアは十歳の時に孤児院の院長から聞いたそうだ。それ以降、あいつは魔族に強い憎悪を抱き、また魔族が現れた時に復讐を果たすため、孤児院の庭で魔法の特訓を始めたらしい」

「なるほど……」

「そして十二の時に軍に入隊だ。両親譲りの魔力と魔法の才能、さらに本人の努力もあってみるみるうちに力をつけていってな。それに伴って昇格していき、十四の頃には軍筆頭魔法使いになったとのことだ。それを話す時は自慢気だったな」


 当時のことを思い出して、ベンゼルは頬を緩めた。

 直後、リディーが感心したような顔で口を開く。


「へえ! ゼティアさんって凄かったんですね!」

「普段の言動からは想像がつかないほどな。あいつほどの魔法使いを俺は他には知らない」

「そ、そんなに?」

「ああ。何せ特等魔法を全て使うことができ、その上でクイックスペラーときたものだ」


 想像以上だったようで、リディーは大きく目を見開いて「ひえー」と声を上げる。

 そんなリディーがおかしくて、ベンゼルは思わず笑みをこぼした。



 ☆



 歩き続けること数十分。

 ベンゼル達は孤児院に到着した。

 取り付けられているドアノッカーを鳴らすと、ほどなくして扉が開かれる。


 そこに立っていたのは、見るからに温和な高齢の婦人。

 この孤児院の院長だ。


「おや、どちら様でしょうか?」

「お久しぶりです、院長。ベンゼルです。前にゼティアと一緒にお邪魔させて頂いた」

「ベンゼル……。ゼティアと一緒に……」


 院長は顎に手を当てて、ベンゼルの言葉を繰り返した。

 それから少しして、どうやら思い出してくれたようで顔をハッとさせる。


「ああ、あのベンゼルさん! すみません、すぐに気付けず」

「いえいえ。見た目も変わってますし、気付かなくて当然ですよ」

「そう言ってもらえると助かります。……それにしても驚きました。ベンゼルさんは寝たきりのままだと伺っておりましたから。目を覚ましてくれて本当によかったです」

「ありがとうございます。そちらもお変わりないようで何よりです」


 院長はにっこりと微笑むと、隣に立っているリディーに顔を向ける。

 そこでリディーが自己紹介を行い、歓迎の言葉を掛けてもらった後、院長がベンゼルに向き直った。


「ベンゼルさん。こちらに足を運んでくれたということは、あの子のお参りに?」

「ええ。手を合わせにお邪魔させて頂きました」

「そうですか。あの子も喜びます。ではどうぞ、こちらへ」


 案内に従い、ベンゼルとリディーは孤児院の中に入る。

 旅をしている理由について話しながら進んでいると、子供達が興味津々といった様子で集まってきた。

 そんな彼らに微笑みつつ、先導する院長の後を追うことしばし。

 広々とした中庭に出た。


「あちらです」


 院長の手の先を見てみると、端のほうに丸みを帯びた大きな石があった。

 手前に花が生けられた瓶が二つ置かれている。

 あれがゼティアの墓だろう。


「ありがとうございます。それで院長、一つお聞きしたいことが」

「はい、何でしょう?」


 ベンゼルは鎧にぶら下げている革袋の中から、さらに小さな革袋を取り出した。

 中が見えるよう、口を緩めてから院長に差し出す。


「これは花の国で知られている、カナドアン王国で頂いた花の種です。こちらをゼティアの墓の周りに埋めたいと考えているのですが、よろしいでしょうか?」


 院長は優しく微笑み、大きく頷いた。


「ゼティアは小さい頃からお花が大好きでしたから、きっと大喜びするでしょう。ベンゼルさん、あの子のためにありがとうございます」

「こちらこそ。そこで折り入ってお願いがあるのですが、この種を育てて頂けないでしょうか」

「ええ、もちろんです。私と子供達が責任をもってお世話いたします」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 軽く頭を下げてから、ベンゼルはリディーと一緒に墓まで歩く。

 墓にゼティアの名が刻まれているのを確認すると、しゃがんで地面に人差し指を突っ込んだ。

 そうしてできた穴に種を一つ入れると「よし」と呟き、土を被せる。


「手伝います!」

「ああ、頼む」


 言いながら、リディーに種を半分手渡す。

 それから二人で同じ作業を繰り返すことしばらく。


 全て植え終えたところで、ベンゼルは墓に向かって跪いた。


(久しぶりだな、ゼティア。天国はどうだ? 元気でやってるか? ルキウスとフィリンナには会えたか?

 俺のほうは今、お前達と交わした約束を果たすために世界を見て回ってるところだ。ルキウスの妹のリディーと一緒にな。毎日楽しくやってるよ。

 旅はまだ途中だが、これまで立ち寄った街では皆笑顔を浮かべ、幸せそうに暮らしていた。これもお前達のおかげだ。本当にありがとう。

 さて、見ていたかもしれないが、お前の墓の周りにたくさんの花の種を埋めさせてもらった。しばらくすれば墓の周りは色とりどりの花でいっぱいになるだろう。その時を楽しみにしていてくれ。

 ……っと、今日はこんなところだ。残りの街を見終わったらまた改めて報告に来る。それまでしばしの別れだ。じゃあな、ゼティア。どうか安らかに)



 ☆



 ベンゼルが立ち上がったのを見ると、今度はリディーがゼティアの墓の前で両膝を突いた。

 そっと手を合わせ、目を閉じる。


(初めまして。私はルキウスの妹のリディーと申します。

 ゼティアさんのことはお兄ちゃんのお手紙やルゼフさ……じゃなくて、ベンゼルさんから色々聞いています。

 それでまずはお兄ちゃんの仲間になってくれたこと、本当にありがとうございました。ゼティアさんほどの魔法使いが一緒に戦ってくれて、兄もすごく心強かったと思います。

 あと、お兄ちゃんを好きになってくれたことも。おかげでお兄ちゃんも幸せになれました。本当にありがとうございます。……できることなら私もゼティアさんに会ってみたかったな。

 ……さて! 私は今、ベンゼルさんと一緒にお兄ちゃんやゼティアさんが救ってくれた世界を見て回ってます。既に聞いているかもですけど、みんなゼティアさん達に感謝してました。あっ、もちろん私も!

 これからも旅を続けて、お兄ちゃん達の生きた証を見てきます。それが終わったら、また必ずご挨拶しにきますね!

 それまでお兄ちゃんのこと、よろしくお願いします!)


 心の中で伝え終えたところで、「よいしょ」とリディーは立ち上がった。

 そしてベンゼルのもとに歩み寄ると、いつにも増して優しい顔をしながら声を掛けてくる。


「よし、行くとするか」

「はいっ!」


 その後、孤児院を出た二人は王都を見て回り、夜になったところで宿屋に戻った。

 そして翌日、諸々の買い物を済ませたベンゼル達はブッシュミラーを発ち、次なる目的地を目指すのであった。 

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