第27話 ルキウスとゼティアの恋愛事情
アイリーシュ王国の王都――ブッシュミラーにやってきてからおよそ二時間。
ベンゼル達は街の中央にそびえる立派な城の中を歩いていた。
階段を上り、少し進んだところで前を歩いていた兵士が大きな扉を押し開ける。
中に入ると、豪華な椅子に腰掛けていた老年の男性が勢いよく立ち上がった。
「これはこれは! よくぞいらっしゃいました!」
歓迎の言葉を浴びながらベンゼルとリディーは玉座まで歩いていく。
そして二人は跪いた。
「ご無沙汰しております。陛下におかれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極にございます」
「ええ。ベンゼル様もご快復されて本当によかったです。ささっ、どうぞ楽にしてください」
言われた通りにベンゼルが立ち上がると、慌ててリディーも続く。
アイリーシュ王は笑みを浮かべて座り直し、リディーに顔を向けた。
「そちらのお嬢さんがルキウス様の妹君ですね」
「はい! リディー・スプモーニアと申します!」
「貴女のことはハーヴィーン王から伺っております。……貴女の兄君は本当に勇敢で優しい方でした。ご冥福を心よりお祈りいたします」
「えっ、あっ、はい! お気遣いありがとうございます!」
もう吹っ切れているようでリディーは明るく言葉を返す。
王は頬を緩め、ベンゼルに視線を戻した。
世界を救ったことに対する感謝を述べられた後、王はカナドアン女王と同様にお礼をしたいと言ってきた。
特に必要な物は思いつかなかったので「お気持ちだけで」と丁重に断り、話が一段落したところで王が途端に顔を曇らせる。
「ベンゼル様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、何でしょう」
「……ゼティアは、あの子は魔王討伐に旅立ったことを後悔してはいなかったでしょうか?」
「陛下……」
その声色と表情から、ベンゼルは王の心情を察した。
ゼティアは最初、自分達の仲間に加わるかどうか悩んでいた。
そんな彼女が最終的に自分達の仲間に加わったのは、アイリーシュ王の言葉が決め手となった。
そうして自分達と一緒にこの王都を発ち、ルキウス、フィリンナと共にスーパーノヴァと呼ばれる魔法で魔王を倒した。命と引き換えに。
こうして世界に平和が訪れた。
そのことを喜ぶ一方で、王はゼティアを送り出したことを心のどこかで悔やんでいるのかもしれない。
自分がゼティアを死地に追いやってしまった、と。
そうしていなければ、今頃この平和はなかったかもしれないとわかっていてもなお。
「陛下。この王都を発ってからというもの、ゼティアはいつも明るく笑っていました。彼女が後悔している姿など、私は一度たりとて見たことがありません」
当たり前だが、王が責任を感じる必要はない。
だからベンゼルは王の目を真っ直ぐに見て、はっきりと言った。
その言葉を聞けて少しは気が楽になったのか、王は表情を緩める。
そんな彼にベンゼルは「それに」と続ける。
「確かに魔王討伐の旅は過酷なものでしたが、旅に出たからこそ新たに得られたものも彼女にはあったのです」
「新たに得られたもの、ですか?」
「ええ。固い絆で結ばれたかけがえのない仲間を。そして愛する人を。旅の途中でルキウスと恋仲になって以降、それはもう幸せそうでした」
言い終えると同時に横から「えっ!?」と声が上がる。
顔を向けた瞬間、リディーが慌てながら両手で口を押さえた。
ベンゼルはその反応を不思議に思ったが、今は王の御前だ。
ひとまずリディーのことは置いておくことにし、王に視線を戻す。
「……そうですか。辛いことばかりではなかったのですね」
俯いてポツリと呟くと、王は顔を上げる。
その表情に、もう陰りはなかった。
「ありがとうございます。変なことをお聞きして申し訳ございません」
「いえ、とんでもございません。あっ、陛下。私からも一つお伺いしたいことがあるのですが」
「はい、何でも聞いてください」
「これからゼティアの墓に手を合わせに行きたく思っておりまして」
「そうですか。ぜひそうしてやってください。墓は旅立つ前に彼女が希望していた通り、孤児院の中庭にございます」
「孤児院ですね。承知しました。ありがとうございます」
☆
「――ルゼフさんルゼフさん!」
玉座の間から出た瞬間にリディーが呼びかけてくる。
「どうした?」
「さっき、お兄ちゃんとゼティアさんが恋仲になったって言ってましたよね!?」
「ああ。それがどうかしたか?」
リディーはぽかんと口を開いたまま固まった。
その反応にベンゼルは首を傾げる。
「……もしかして知らなかったのか?」
リディーは何度も首を縦に振る。
考えてみれば、これまでルキウスとゼティアの関係について聞かれたことは一度もなかった。
「そ、そうか。てっきり、ルキウスが手紙で伝えているものだと」
「いえ、そんなことは一言も……」
「……まあ、恥ずかしかったのかもしれないな。それか、帰った時に驚かせようとしていたのか」
まあ、そんなのはどっちでもいい。
どれだけ考えても答えは出ないのだから。
それよりも、今はそわそわしているリディーに彼らの関係について話してやるべきだろう。
「ルキウスとゼティアはな――」
◆
世界で最も大きな国――スコルティア帝国。
その帝都――ダルウィンに到着し、皇帝に挨拶を済ませた後、四人は用意してもらった宿に入った。
「よしっと。じゃ、フィリンナ、行こっ!」
よほど風呂に入りたかったのだろう。
部屋に入るや否や、ゼティアはタオルと着替えを手にし、フィリンナと共に部屋から出ていく。
そのゼティアの背中をルキウスはずっと目で追っていた。
(……いらぬお節介かもしれないが)
そんな彼を見て、ベンゼルはいよいよ口を出すことにした。
「なあ、ルキウス」
「ん?」
「お前、ゼティアのことが好きなんだろう?」
「……えっ? あっ、えっと……えっ?」
何ともわかりやすく、ルキウスは挙動不審になる。
少ししてルキウスは大きく息を吐くと、照れたように笑いながら口を開いた。
「あの、いつからそのことを?」
「アメリオ共和国に入ってすぐの頃だ。あの頃からゼティアの前だと様子がおかしくなっていたからな。誰でも気付く」
具体的にはゼティアと雑談する時、目を合わせなかったり、声が上ずったりしていた。
その様子を見て当時のベンゼルは察した。
ああ、ルキウスはゼティアに惚れたのだな、と。
年頃の青年が同年代の女子と四六時中一緒にいるのだ、恋に落ちるのも何ら不思議はなく、ベンゼルは微笑ましく思っていた。
「そ、そっか。……うん。僕はゼティアのことが好きだ」
「ああ、わかってる。それでお前はその気持ちをゼティアに伝えなくていいのか?」
「えっ?」
ルキウスは目を丸くする。
そこでベンゼルが話を続けた。
「これから先、俺達はモンスターとは比較にならない程の強さを持つと言われている魔族、そして魔王と戦うことになる」
「うん、そうだね」
「そんな強敵が相手なんだ、楽に勝てるはずがない。……最悪の場合、俺達の中から犠牲者が出てしまう可能性もあるだろう」
ベンゼルの言葉にルキウスは口を閉ざした。
相手の強さが未知数である以上、その可能性が全くないとは間違っても言い切れないからだ。
「俺が言いたいこと、わかるだろう?」
「……うん」
小さな声で返事をすると、そのままルキウスは俯いた。
沈黙が流れること数分。
ルキウスが突然バッと顔を上げる。
決心がついたようで、その顔つきは凛々しかった。
「ありがとう、ベンゼル。ゼティアが戻ってきたら気持ちを伝えるよ」
「ああ、頑張れ。いい結果になることを俺も祈っている」
ベンゼルは口ではそう言うも、結果はわかっていた。
というのも、ルキウスがゼティアを想っているように、ゼティアもルキウスを想っていることに気付いていたからだ。
そもそも両想いであることを知っていなければ、告白を勧めたりはしない。
しばらく経って、ゼティアとフィリンナが部屋に戻ってきた。
「ふぅ、さっぱりしたー! あれ、ルキウス達はお風呂入らないの?」
「……ゼティア、ちょっといいかな?」
問いに答えることなく、ルキウスは言いながら立ち上がる。
「えっ? あっ、う、うん」
そして二人は部屋から出ていった。
それを確認するとフィリンナはベッドに腰掛け、ふふっと微笑む。
釣られてベンゼルも頬を緩めた。
数十分後。
フィリンナと地図を見ながら今後について話している最中、部屋の扉が開かれた。
そこに立っていたのは、幸せそうな笑みを浮かべているルキウスとゼティア。
上手くいったようだ。
「ベンゼル、フィリンナ。実は二人に報告があるんだ」
「ええ」
「ああ」
二人が返事をすると、ルキウスとゼティアが顔を見合わせる。
そしてルキウスが口を開いた。
「僕達、付き合うことにしたんだ」
「そうか、よかったな」
「おお、おめでとうございます!」
ベンゼルとフィリンナが順に祝いの言葉を掛ける。
二人が結ばれたことが自分のことのように嬉しくて、ベンゼルは満面の笑みを浮かべた。
その直後、ルキウスが「ただ」と切り出す。
「それは魔王を倒した後で」
「ん? ……それは、今は交際しないということか?」
「うん。今は恋愛に
「そ、それでお二人はいいのですか?」
フィリンナが尋ねると、ルキウスとゼティアは同時に頷いた。
「二人で話し合ってそう決めたんだ」
「……そうか。わかった。なら一層、一刻も早く魔王を倒さないとな」
ベンゼルの言葉に他の三人が明るく返事をする。
その後、四人は地図を見ながら今後の旅路について話し始めた。
◆
「そうですか。お兄ちゃんにも好きな人が」
「ああ。心の底から惚れていたんだろうな。部屋に戻ってきた時のあいつは本当に幸せそうだった。もちろん、ゼティアもな」
「よかった。お兄ちゃんが幸せになってくれて」
リディーが微笑みながらぽつりと呟く。
だが、ほどなくして眉を落とした。
「できれば、ちゃんと結ばれてほしかったな」
「……そうだな。本当に残念だ。……まあ、でも二人は確かに愛し合っていた。恋人という形ではないとしてもな。それがせめてもの救いだ」
そう言うと、ひと呼吸おいてリディーが笑みを向けてくる。
「そうですね! 大事なのは形よりもお互いの気持ちですもんね!」
「ああ。……さて、これからそのゼティアの墓参りにいくぞ」
「あっ、はい!」
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