第46話 残党(後編)

 ベンゼル達は愛馬に跨り、木々が生い茂る鬱蒼とした森を進んでいた。


「……うーん。やっぱり弱いモンスターしかいませんね」


 ここまでに遭遇したのは、ある程度鍛えている者なら簡単に倒せるようなモンスターだけ。

 あんなモンスターに、二等魔法を使えるオルバンの兵士達が負けるはずない。


 ということは、討伐すべきモンスターは他にいるということだが、四時間が経っても二人はそのモンスターおよび行方不明者を見つけられないでいた。


「こうなったら仕方ない。二手に分かれよう。俺は歩いて探すから、お前はそのままシュライザーに乗って探してくれ」


 ベンゼルは、行方不明者はまだ生きていると仮定して動いていた。

 後になって「あの時急いでいれば」と後悔したくなかったからだ。


 もっとも、二手に分かれたとしても片方が徒歩である以上、捜索の効率はそれほど上がらない。

 それでも、ほんの少しでも見つけられる可能性が高まるのなら、というのがベンゼルの考えだった。


「えっ!? 『シュライザーに乗って』って、私、馬を操ったことなんてありませんよ!?」

「大丈夫だ。お前は振り落とされないよう、ただ手綱を握っているだけでいい。後はシュライザーに任せておけ」


 馬上から飛び降りたベンゼルは、シュライザーの頭に手を置いた。

 それを受け、シュライザーも任せておけとばかりに声を上げる。


 少しの間をおいて、それまで不安そうな顔をしていたリディーがキリッと表情を引き締めた。


「わかりました! あっ、でも、私が見つけたとして、ルゼフさんにどう知らせましょう? 合図として、空に魔法を放つとかでいいですかね?」

「いや、その必要はない。俺達にはこれがあるからな」


 ベンゼルは青く光る、手のひら大の石のような物を掲げた。

 これは魔道通信機。

 先日、ナンデールの領主――ログスターが世界を救ったお礼として譲ってくれた魔道具だ。


「あっ! すっかり忘れてました! 確かにこれさえあれば、離れていても会話できますもんね!」

「ああ。という訳で、起動させるぞ。側面にあるボタンを押してくれ」


 ベンゼルも自分の魔道通信機のボタンを押す。

 青い光が一層強くなった。


「試しに何か言ってみてくれ」

「あー、あー、こちらリディーです」


 少し遅れて、リディーが話したことがそのまま自分の魔道通信機から聞こえてきた。


「よし、起動できたみたいだ。俺はこっちを探すから、お前とシュライザーはそっちを頼む。決して無茶はするなよ」

「はい、ルゼフさんも! じゃあ、シュライザー、お願いね!」


 シュライザーは「ブルルッ」と答えると、木々の中に消えていった。


 リディーを単独行動させることに不安がないと言えば嘘になる。

 だが、リディーの実力であれば、そこらのモンスターなら問題なく倒せる。

 万が一、ミュー・レッドグリズリーのような強力なモンスターに出くわしたとしても、シュライザーの足なら逃げられる。

 リディーの身に危害が及ぶことはまずない。


 ベンゼルは「ふう」と息を吐くと、自分も暗い森の中を進んでいった。



 ☆



 時折リディーと魔道通信機で話しながら歩き続けること数時間。


(……ん?)


 突然、人の話し声らしきものが耳に届いた。

 一応、行方不明者は生きていると仮定して動いてはいたが、まさか本当に生存者がいるのか。

 ベンゼルは逸る気持ちを抑え、慎重に声がするほうに向かった。



 やがて木々が生えていない開けた場所が見えてきた。

 ベンゼルは木に隠れ、そーっと先を確認する。


(なっ!!)


 その瞬間、ベンゼルは驚きに目を見開いた。


 まず目に映ったのは、五体の単眼の化け物。

 顔の半分を大きな目が占めており、身に纏っているローブの裾からはタコの足のようなニョロニョロとしたものが何本も覗いている。


 大きさはリディーと同じか、少し小さいといったところ。

 その手には杖が握られており、中央に立っている化け物だけ帽子をかぶっている。

 恐らく、あれがリーダーだろう。


 人間とも動物ともモンスターとも異なる異形の生き物。

 間違いない。前回の旅で散々目にした敵――魔族だ。


 そして広場の右側に光を帯びた大きな紋様があり、その上に十名ほどの人間が倒れていた。

 中には立派な鎧を着込んだ者、すなわち兵士の姿もある。

 自分達が探していた行方不明者だ。


 ここから見る限り、不思議なことに彼らの顔色は悪くない。

 ただ眠っているだけのようだ。


(……、この世界に魔族が残っていたとはな)


 ベンゼルは冷静に状況を確認する。

 左側にリーダー格を含めて三体、右側に二体の魔族が立っている。

 人間達が倒れているのは、右側の魔族の真横だ。


(さて、どうする)


 下手に近づけば、その瞬間に人間達が殺されてしまいかねない。

 であれば、気付かれていないうちにまとめて始末したいところだが、魔法を使えない自分にはそんなこと不可能だ。


(……リディーに頼るしかないか)


 最も現実的なのは、リディーに魔族を攪乱してもらい、その隙に彼らを救出するという方法だ。

 リディーを危険な目に遭わせたくはないが、彼らを救うにはリディーに協力してもらう他ない。


 ベンゼルは心の中で「よし」と呟くと、リディーに連絡するため一旦この場を離れることにした。

 と、その瞬間――


「ん? おやおや! そこに誰かいるようですねえ! さ、隠れてないで出てきてください! でないと、うっかりこの人間達を殺してしまうかもしれませんよ!」


 広場からそんな声が聞こえてきた。

 気付かれてしまったようだ。


(くっ!)


 ならば、彼らの安全のためにも素直に姿を見せるしかない。


「リディー。別れたところから西にずっと行ったところに開けた場所がある。そこに魔族が数体と行方不明者がいる。急いで来てくれ」


 落ち着いて作戦などを話したかったが、今はそんな時間はない。

 ベンゼルは魔道通信機に向かって小声で言うと、返答を待たずに革袋にしまった。

 そうして広場に出ると、リーダー格の魔族が一歩踏み出し、歓迎するかのように両手を広げた。


「おお、これはこれは! お顔を見せてくれて嬉しいです!」

「そうか、喜んでもらえて何よりだ」

「それはもう! しかし、人間というのは本当に不思議な生き物ですねぇ。彼らのことなど見捨てて逃げればよかったのに、なぜ他者のために命を張るのか」

「フッ。お前ら魔族には一生理解できないだろうな」


 魔族は愛情や友情といった感情を持ち合わせていない。

 他者を思いやるなんてことは一切せず、ただただ自分の利益だけを追い求めている。

 魔王を頂点に軍としてまとまっていたのだって、そうすることで各々の利益に繋がるからに過ぎない。


「そうですね。まあ、理解したいとも思いませんが!」

「だろうな。ところで、魔族がなぜこんなところにいる? 魔王が死んだ後、魔族は魔界に逃げ帰ったはずだが。まさか魔界に帰りそびれたのか?」

「帰りそびれたとは失礼ですね。私は敢えて帰らなかったのですよ! 魔王ヴァルファーゴ亡き後、このペイティーが魔王となるためにね!」

「なるほど。お前は魔王の座を狙っていたのか」

「ええ。ですから自ら志願し、部下を引き連れ、この世界にやってきたのです。そして期待通りに勇者が邪魔者を葬ってくれた! それも相打ちという最高の形で! いやぁ、私にもようやくツキが回ってきてくれたようで!」


 魔王になりたいなら力づくでその座を奪えばよかったのに、このペイティーという魔族はそれをせず、ただただ魔王が死ぬのを待っていた。

 つまりはそうするだけの力がなかったということで、勇者に任せるしかなかったのだろう。


 そして、それを恥ずかしげもなくペラペラと話している。

 絵に描いたような三下具合に、ベンゼルは思わず笑ってしまった。


「ん? 何か?」

「いや、何でもない。で、今はこの世界を支配するために力を蓄えているといったところか?」

「その通りです! つい先日、ようやく魔法陣が完成しましてね」


 ペイティーが倒れている人間達に手を向ける。

 すると彼らの下に描かれている紋様から、キラキラとした煙のようなものが上がった。

 その煙がペイティーの手に吸い込まれていく。


「こうして人間達から魔力を頂戴している最中なのです! 今はまだあれだけしかいないので微々たる量ですがね」


(なるほどな。だから彼らは生かされているのか)


 ベンゼルのようなごく一部の例外を除き、人間には魔力を蓄える器官――魔核が存在する。

 魔族はその魔核を食すことで、人間の魔力を吸収していることが、遥か昔に捕らえられた魔族の証言によりわかっていた。


 なので、なぜ彼らは魔核を食われていない――すなわち殺されていないのか、ベンゼルには不思議だったが、話を聞いて納得した。

 きっと生かしておくことで継続的に魔力を吸収したほうが、効率がいいのだろう。


「ほう、そんなことができるのか」

「ええ! 私達の種族に代々伝わる秘術でしてね! これからあなたも彼らのように、私の糧になって頂きます!」

「そうか。わかった。だが、その前にいくつか聞かせてくれないか?」

「構いませんよ! 新たな餌が手に入って、今の私は機嫌がいいですからね!」

「感謝する。それで質問だが、お前達の他に魔族はいるのか?」

「いえ、ここにいる私達だけですよ。先ほどあなたが言ったように、他の魔族は全員魔界に逃げ帰りましたからね」


 ということは、ここでこいつらを殺しさえすれば、もう二度と魔族の手に掛かる者は出ない。

 それがわかってベンゼルは心底ほっとした。


「それで? 他に聞きたいことはありますか?」


 もう聞きたいことは全て聞いた。

 だが、ここで話を終える訳にはいかない。

 リディーが到着するまで、何とか話を引き延ばさなければ。


「……そうだな。今後、お前達はどうやってこの世界を支配するつもりなんだ?」

「あなたは変わった人間ですね。そんなことを知っても何の意味もないと思いますが」

「何、ただの好奇心だ」

「そうですか。まあ、いいでしょう! まずは南にある街に攻め込み、人間達を全て捕らえます。そこで十分に魔力を頂いた後、この森から東にある大きな街を攻め落とします」

「ダルウィンか。あそこはこの帝国の帝都だからな。そう簡単には落とせないと思うぞ?」

「ご心配なく! 私にも策がありますので!」

「ほう。ぜひお聞かせ願いたいものだ」

「あー、申し訳ない! さすがにそれを教える訳にはいきません!」

「そうか。じゃあ他の質問に――」

『ルゼフさん、いきますよ! 【ダークネスバイト】!』


 腰の辺りから微かに女性の声が聞こえた。


(来たか!)


 直後、暗い森の中から突然、肉食獣の牙に似た黒い物体が向かってきた。

 魔力を感じ取ったのか、魔族達は瞬時に振り返る。


 すかさずベンゼルは地面を蹴った。

 捕らわれた人間達の真横にいる二体との距離を一気に詰めると、その手前側にいる魔族に剣を振るう。

 そのまま流れるように、もう一体にも斬撃を浴びせた。


 バタン、バタンと時間差で二体の魔族が倒れると同時、ベンゼルは人間達を庇うように前に立つ。


「ルゼフさん!」


 そこにリディーを乗せたシュライザーがやってきた。

 リディーはシュライザーから飛び降りると、ベンゼルの横に並ぶ。


「あれが魔族……!」

「ああ。お前は右のを頼む!」


 言い捨てて、ベンゼルは走り出した。

 すると、突然のことに呆然としていたのか、固まってしまっていた魔族達がようやく動き出した。


「こ、この! 【氷槍襲スンラルクシイア】!」


 先ほどまでの余裕はどうしたというのか。

 ペイティーがひどく慌てた様子で杖を向けてくる。


 それと同時、ベンゼルの前方斜め上、空中に光る紋様が現れた。

 そこから鋭く尖った巨大な氷柱が複数現れ、こちらに向かってくる。

 アイシクルショットの上位互換といったところか。


 ベンゼルは腰を深く落とし、剣を構える。

 息を吐いて、余分な力を抜き――


「はあっ!」


 目にも留らぬ速さで剣を振るい、襲ってきた氷柱を全て叩き落した。


「なっ!? そんなばか――」

「【ロックフォール】!」


 ペイティーの言葉をリディーが遮った。

 ドォン! と鈍い衝撃音が耳に届く。

 横目に見ると、右側に立っていた魔族のところに巨大な丸い岩が鎮座していた。

 岩の下からは杖を握った手が覗いている。


雷撃ブーエウー――」

「はっ!」


 ベンゼルは左側、こちらに杖を向けてきていた魔族に向かって大剣を投げ放った。

 大きな目にズブリと剣が突き刺さり、魔族はその場に倒れる。


 これで残りはペイティーだけ。


「くっ、くそ! 【闇葬炎アイフスクーダ】!」


 ベンゼルに黒く巨大な火球が迫ってくる。


 普通に考えれば、火球は剣では斬れない。

 仮に斬れたところで剣は投げてしまったので、手元にない。

 避ければ、後ろにいる人間達に当たってしまう。


 まさに絶体絶命だが、ベンゼルに焦る様子は全くなかった。

 なぜなら、リディーが何とかしてくれると信じていたから。


「【ストーンウォール】!」


 黒い火球を岩の壁が受け止めた。


「これを!」


 その時、リディーが鞘ごと自分の片手剣を投げてきた。

 ベンゼルは見事キャッチすると、振ってくる瓦礫を避けつつ、ペイティーとの間合いを詰めていく。


「……あなたは一体」

「自己紹介が遅れたな。俺はベンゼル。勇者ルキウスの仲間だ」

「そ、そんな、まさか」

「残念だったな。お前の野望はここで終わりだ。ではな」

「ま、待――」


 ベンゼルは大きな目を目掛けて、思いきり剣を突き刺した。

 ペイティーから声にならない声が漏れ、数秒も経たないうちにくずおれる。

 それ以降、ピクリとも動かなくなった。


「ルゼフさん!」

「ああ、終わった」


 リディーが「ふう」と安堵の息を吐く。

 そんなリディーの頭に、ベンゼルは手を置いた。


「今回もお前に助けられたな。お前がいてくれなかったら、彼らは救えなかった。本当にありがとう」

「いえ! お役に立ててよかったです!」


 リディーが笑みを向けてくる。

 ベンゼルも笑顔を返すと、リディーはペイティーの死体に視線を落とし、途端に顔を険しくさせた。


「……これが魔族。まだ魔族がいたなんて」

「俺も驚いた。だが、安心しろ。残っていたのはこいつらだけらしい。これで世界は平和だ」

「ふう……。ですね! 犠牲が出るまでに倒せて本当によかったです!」

「ああ。それでリディー。悪いが、一つ頼まれてくれないか?」

「頼み?」

「一旦シュライザーに乗って、オルバンに戻ってほしい。それで領主殿に馬車を用意してもらってくれ」

「あっ、あの人達を街まで運ぶためですね!」

「そうだ。俺は彼らがモンスターに襲われないよう、ここで皆を守っておく。頼めるか?」

「はい、もちろん!」

「ありがとう。ああ、そうだ、領主殿以外には魔族がいたことは絶対に話さないでくれ」

「ん? あ、はい。わかりました! じゃあさっそく行ってきます!」


 リディーはシュライザーに跨ると、この場を去っていった。

 それを見送ったベンゼルは倒れている人間達に歩み寄った。


 ペイティーが死んだからだろう。

 光る紋様は綺麗さっぱり消えていた。

 これでもう魔力を奪われることはない。

 時間を掛け、十分な魔力が溜まれば彼らは目を覚ますだろう。


(犠牲者を出さずに済んで本当によかった)


 ベンゼルは大きく息を吐く。

 と、その時、横からガサゴソと音が聞こえてきた。


 顔を向けると、木々の間からオオカミ型のモンスターが数体飛び出してきた。

 先ほどの騒ぎを聞きつけてきたのだろう。


「さっそく来たか。さて、それじゃあやるか」


 ベンゼルは剣を握ると、オオカミの群れに向かっていった。

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