第36話 領主の真意(後編)
ベンゼル達はログスターの館に戻ってきた。
執務中のようで、兵士に謝られながら「ここで待つように」と言われ、客間に通される。
そこでリディーと話しながら待つことしばし。
ログスターが申し訳なさそうな顔で客間にやってきた。
「お待たせして申し訳ありません! どうしても終わらせないとならない仕事がありまして」
「ああ、いえ。こちらこそお忙しいところ申し訳ございません。それで、こちらを受け取ってきたのですが」
ベンゼルがそう言うと、二人は革袋から魔道具を差し出した。
「おお、ありがとうございます! すみません、お二人を使いっ走るような真似をしてしまって」
「とんでもございません。こちらこそ剣の件では申し訳ございませんでした。では、これを」
「確かに。ではベンゼル様」
「はい」
「この度は魔族から世界を救ってくださり、本当にありがとうございました。私も含め、皆が平和に暮らせているのはあなた方のおかげです。これはせめてもの感謝の気持ちです。どうかお受け取りください」
ログスターがついさっき渡した魔道具を差し出してきた。
事態がよくわからず、ベンゼルは目を丸くする。
「……申し訳ありません、理解が追いつかないのですが。これはログスター殿が使うから、私達に取りにいくよう頼まれたのではないのですか?」
「いえ、ベンゼル様達に差し上げるために取りに行って頂きました。本来なら信頼している部下に取りに行かせるところなのですが、ちょうどその部下が休暇中でして」
「入り口に立っていた彼は?」
「ああ、彼は信頼はできるのですが、一人で取りに行けるだけの実力がなくて。ほら、街道から離れるからモンスターと遭遇するでしょう?」
わかるようでわからない。
そもそも遺跡への使いは剣を失った代わりということではなかったのか。
それをそのまま尋ねると、ログスターは明るく笑った。
「剣のことは気にしていませんよ。そもそもマンオーソードはあの時、ルキウス様に差し上げたものですから」
「えっ? しかし、あれは必ず返すと約束した上で、あくまで借りただけのもので。ログスター殿もそう仰っていましたよね?」
「ああ、それは貸したという
(……なるほど、そういうことか)
色々理解できた。
剣を失ったことを報告した時に「代わりに頼まれ事を引き受けてくれ」と言ってきたのは、自分達に魔道具を取りに行かせるための理由付けだったのだろう。
なら最初から、「渡したい物があるから取りに行ってくれ」と言ってくれればよかったとは思うが、まあそれは別にいい。
それと遺跡にいた兵士達が自分の正体を知っていたのは、きっとログスターが前に『自分達にあげるつもり』だと伝えていたからだ。
その前提があれば、いくら別人のような姿になったとはいえ、面影からベンゼルだと気付かれてもおかしくない。
「……そうでしたか」
「はい。そういう訳なので、ぜひこちらを受け取ってください」
ログスターが魔道具をグッと差し出してくる。
ベンゼルは少し悩むも、やがて素直に受け取った。
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
「こちらこそ! それでリディー様」
「は、はい! なんでしょう?」
「こちらの魔道具はルキウス様方一人一人に差し上げるつもりでした。しかし、彼はもういない……。ですから、リディー様。ルキウス様の妹君である貴女に、彼の代わりに受け取って頂きたく」
「えっ? ……い、いいんですか?」
「もちろんです。どうかお受け取りください」
本当に受け取っていいものなのか悩んでいるようで、リディーが判断を仰ぐようにこちらを見てくる。
それに頷くと、「じゃ、じゃあ」と言いながら受け取った。
「ありがとうございます! 大切にします!」
リディーが頭を下げると、ログスターは満足そうに微笑んだ。
そうして話が一段落したところで、ベンゼルが気になっていたことを尋ねる。
「ところで、ログスター殿。これはどう使うのですか?」
「ああ、すみません。お伝えしていませんでしたね。これは魔道通信機と言いましてね。離れた場所にいる人と会話ができるのです」
「離れた場所にいる人と?」
「ええ。実際にやってみましょうか。……っと、その前に。ベンゼル様、リディー様。一度魔道通信機を私にお貸しください」
二人が渡すと、ログスターは魔道通信機同士をぴったりとくっつけた。
その瞬間、青い光が一層強くなる。
「これでよしっと」
ほどなくして光が落ち着くと、ログスターがそれぞれに手渡してきた。
「では、ベンゼル様、リディー様。側面にあるボタンを押してください」
言われた通りに押してみる。
先ほど同様、光が強くなった。
「これで準備は完了です。ベンゼル様、口に近づけて何か話してみてください」
「あっ、はい。えー、リディー」
「わっ!」
「おお!」
二人は同時に驚きの声を上げた。
青い石のようなものから、ベンゼルが話したことがそっくりそのまま聞こえてきたのだ。
リディーは楽しそうに笑って、魔道通信機を口に近づける。
「ルゼフさーん!」
『――ルゼフさーん!』
ほんの少しの間を置いて、リディーの声が二つ聞こえてきた。
「それでもう一度ボタンを押せば会話を終えられます」
試してみると、青い光が弱くなった。
近づけて話してみても、リディーの魔道通信機から声が聞こえてこない。
「なるほど。これは凄い」
「ですね! こんなことが出来るなんて! どういう仕組みなんですか?」
リディーが尋ねるとログスターは頭を掻く。
「それが私にもさっぱりで……」
「「えっ?」」
「この魔道通信機は私の先祖が遺したものなのですが、作りが複雑すぎましてね。設計図なども残っておらず、どうやってこの現象を起こしているのか判明していないのです。唯一わかっているのは、蓄積した魔力を消費することで魔素を細かく振動させていることくらいで」
リディーが目を瞬く。
ベンゼルも彼女同様、全く理解できないが、とにかくこの魔道通信機が凄いものであることはわかる。
「ログスター殿。それだけ複雑だということは、新しく作ることは不可能なのではないでしょうか?」
「ええ、その通りです。今も研究はしておりますが、まだまだ再現できる段階ではありません」
「……ということは、私達とログスター殿の分も含めて遺跡にあった六~七個で全てということですよね?」
「いえ、皇帝陛下に四個献上しているのと、研究用として魔道具士に二個預けていますので、現存するのは全部で十二個になります」
考えていた倍近くあったが、それでもたったの十二個だ。
しかも、売りに出せばとんでもない額がつきそうな代物。
「そんなに貴重なもの、本当に頂いてよろしいのですか?」
「ええ、もちろん! ぜひお受け取りください!」
念のため確認するも、ログスターの返事は変わらない。
ベンゼルはその厚意をありがたく受け取らせてもらうことにした。
「ありがとうございます。こちらは大切に使わせて頂きます」
「ありがとうございます! すっごく嬉しいです!」
「それはよかった。あっ、そうそう、魔道通信機は――」
蓄積している魔力が切れたら使えなくなるので、会話を終えたら必ず停止させるように。
魔力が切れた時は、魔素が濃い場所で時間を掛けて魔素を吸収させる必要があり、それにもってこいなのが保管していた遺跡。なので魔力が尽きたら他のと交換するため、その時はまた来てほしい。
と、ログスターは説明してくれた。
「なるほど、了解しました」
「それと窃盗や強盗の被害を避けるため、遺跡の場所や魔道通信機の存在は内密にお願いします。また、できるだけ人前では使用しないようにして頂けると」
「はい、それはもちろん。お約束します」
「絶対に誰にも言いません!」
「ありがとうございます。これでお伝えしたいことは全てです。長々とお時間を取らせてしまい申し訳ありません」
「とんでもありません。色々とありがとうございます」
頭を下げてきたログスターに、ベンゼルとリディーも礼を返す。
そうしてログスターも忙しいだろうし、そろそろおいとまさせてもらおうと考えた瞬間――
(そういえば、ログスター殿はどうしてこれを俺達に……)
ふとそんな疑問が生まれた。
「最後にすみません。一つお聞きしたいのですが」
「はい、何でも聞いてください」
「ログスター殿はなぜこの魔道通信機を私達にくれようとしていたのですか?」
単なる好奇心から何気なく尋ねてみると、ログスターは優しく微笑んだ。
「ベンゼル様とルキウス様はハーヴィーン王国。ゼティア様はアイリーシュ王国。そして、ここに来た時はおられませんでしたが、フィリンナ様はこのスコルティア帝国のアイルサ出身でしたよね?」
ベンゼルは明確には違うものの、大した影響はないだろうと首を縦に振った。
それを確認したログスターが話を続ける。
「魔王を倒したら、それぞれ故郷に帰って離れ離れになってしまう。そうなっても、この魔道通信機さえあればいつでも会話ができる。魔王を倒した後の長い人生、かつての仲間達と語り合いながらゆっくりと過ごしてほしい。そんな考えから魔道通信機を贈らせてもらおうと思っていました」
(そうか、ログスター殿は俺達のことを考えて……)
その気持ちにベンゼルは心の底から感激した。
嬉しさのあまり涙が込み上げてくるのを必死に堪え、再び頭を下げる。
「ありがとう、ございます」
「いえ、こちらこそ世界を救ってくださり、本当にありがとうございました! 魔道通信機の魔力が切れた時はもちろん、そうでなくても気が向いたらまたお越しください。いつでも歓迎いたします!」
「はい。また近いうちに必ず」
☆
「ログスターさん、最初は嫌な人だなって思っちゃいましたけど、とっっってもいい人でしたね!」
「ああ、そうだな。本当にいい人だ」
笑みを向けてくるリディーに、ベンゼルも顔を綻ばせる。
「さあ、用事は済んだ。これから観光でもしよう」
「あっ、はい!」
そして二人は歩き出した。
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