第37話 フィリンナとの出会い

 翌日、昼過ぎ。

 昨日に続いてナンデールを観光し、あらかた見終わったベンゼル達は喫茶店に訪れていた。


「んー!」


 ケーキを食べているリディーから幸せそうな声が漏れる。


「いつものことだが本当に美味そうに食べるな、お前は。まるでフィリンナを見ているようだ」

「ん? もしかしてフィリンナさんも甘いものが大好きだったんですか?」

「ああ。あいつは甘いものに目がなくてな」


 頬を押さえながら、満面の笑みでスイーツを食べるフィリンナ。

 そんな彼女の姿が頭に思い浮かび、ベンゼルは頬を緩めた。


「へえ、そうだったんですね! 何だか意外です!」

「意外?」

「はいっ! お兄ちゃんからのお手紙だと、フィリンナさんは落ち着いたお姉さんって聞いてたので! 甘いものより、お酒とかそういった大人なものが好きなのかなって!」

「そうか。まあ、確かにフィリンナはいつも落ち着いていた。……だが、スイーツを前にした時だけは子供のようになってな」


 苦笑するベンゼルに、リディーが首を傾げる。


「子供って?」

「立ち寄った街で物資を補給してもらう時、たまにスイーツを用意してもらえることがあってな。それを独り占めしようとしていた」

「ええ……」

「後、物資を積み込んでもらっている間、喫茶店に行ったことがあってな。そこで俺達は各々甘いものを頼んだんだ。で、先に食べ終わったフィリンナが、スプーンを咥えながら俺達のスイーツをじっと見ていてな」

「そ、それで?」

「視線に耐えかねて、俺達は食べかけをフィリンナにやった。フッ、その時の嬉しそうなときたら」


 そう言うと、リディーは顔を引き攣らせた。


「そ、そんなに好きだったんですね」

「ああ。あいつの甘いものに対する好きさ加減は凄まじかった。もしもフィリンナが生きていて一緒に旅をしていたとしたら、行く先々で褒美としてスイーツを要求していただろうな」


 ベンゼルが笑うと、リディーも笑みを向けてきた。


「あはは、そうかもですね! ……あっ、そうだ! それほどまでに好きだったんなら、フィリンナさんのお墓にスイーツをお供えしたらどうですか? きっと喜びますよ!」


 その発想はなかった、とベンゼルは目を見張る。

 確かにそうすれば、フィリンナは間違いなく喜んでくれる。

 彼女には家族がいるし、一旦墓に供えたらその後は彼らに食べてもらえばいい。


「それはいいアイデアだ。うん、そうしよう」

「よかった! じゃあ、お店を出る時にスイーツを買っていきましょう!」


 ベンゼルは顎に手を当てる。

 少し考えてから「よし」と呟くと、リディーに確認することにした。


「なあ、リディー。この街を出たら、次はアイルサに向かうと話していたが」

「あっ、はい。フィリンナさんの故郷ですよね?」

「ああ。その予定を変更して、先にグレキンを目指すのでもいいか? 少し遠いんだが」

「ん? 私は別に構いませんけど……一体どうして?」

「フィリンナから聞いたんだが、グレキンはスイーツの都と呼ばれるほどスイーツの美味い店が多いらしくてな。どうせなら、そこのスイーツを供えてやりたいと思ったんだ」


 リディーが「スイーツの都……」とベンゼルの言葉を繰り返す。

 間もなく、机に身を乗り出してきた。


「ぜひっ! ぜひそうしましょう! フィリンナさんも絶対にそのほうが喜びます!」


 間違いなく自分が食べたいだけだ。

 ベンゼルはそう思うも、それを言うのは野暮というもの。


 いずれにせよ承諾を得られたことで、ベンゼルは満足そうに頷いた。


「よかった。じゃあ、次はグレキンに行こう」


 リディーは「はいっ!」と返事をすると、再びケーキを食べ始めた。

 少し経って、思い出したかのように口を開く。


「そういえば、フィリンナさんとの出会いってどんな感じだったんですか?」

「フィリンナとの出会いか。そういえばまだ話していなかったな」

「はい! よかったらお聞きしたいです!」

「なら話してやろう。あいつとの出会いは――」



 ◆



 ログスターに剣を貸してもらってから数十日後。

 ルキウス、ベンゼル、ゼティアの三人はナンデールから北西にある海に面した街――アイルサに辿り着いた。


 門番に素性を明かして中に入れてもらうと、そのまま領主の館を目指す。


「ん?」


 その途中、広々とした広場に差し掛かったところで、大泣きしている小さな男の子が目に入った。

 目を凝らすと、額の辺りが血で真っ赤に染まっている。

 恐らく転んでしまい、地面に額を打ったのだろう。


「大変だ! 早く手当てしないと!」

「ああ! ゼティア! 赤色のポーションを!」


 ベンゼルが言いながら、ルキウスと一緒に御者台から飛び降りる。

 すぐに馬車の後ろへ回ると、荷台に乗っているゼティアから赤い液体が入った瓶を受け取った。


 そうして二人が走り出した瞬間、どこからともなく現れた青髪の女性が少年のもとに駆けつけた。

 女性はしゃがんで少年の額に手をかざす。

 すると、血まみれになっている額の部分が淡い光に覆われた。


 ほどなく、少年はけろっと泣き止んだ。

 それを見て、ベンゼル達は足を止める。


「よかった。治療師が治してあげたみたいだ」


 治療師とはその名の通り、傷や病気を治療する人を示す名称である。

 魔力で相手の身体に干渉することで、患部を修復しているのだ。


 ちなみにそれを行うには卓越した魔力操作の技術に加え、人体に対しての深い知識も必要になる。

 そんな訳で治療師になるには特別な訓練と勉強が必要であり、魔力を持たないベンゼルはもちろんのこと、ルキウスとゼティアも他人を治療することはできない。


「だな。……しかし、まさかあの一瞬で完治させるとは」


 女性が布で血を拭って以降、少年の額からもう血は出ていない。

 あれだけの傷であれば、普通はもう少し時間が掛かるものだが、あの女性はものの数秒で治してみせた。

 その才にベンゼルは驚嘆きょうたんする。


(……あの女性が仲間にいれば、戦いが楽になりそうだな)


 そして、ふとそんなことを考えた。


 負傷した時や病気に罹ってしまった時のために、それぞれに効果を発揮するポーションの備えはある。

 それらも治療師が開発・販売しているものだが、彼らが直接治療するのとは異なり、すぐに効果が出るものではない。

 ポーションはあくまで自然治癒力を促進するだけのものなのだ。

 なので、傷を負ったからといって戦闘中にポーションを飲んでも、あまり意味がない。


 かといって、そこらの治療師を連れていっても話は同じ。

 ポーションよりは即効性があるものの、戦闘中に受けた傷を戦闘中に治すなんてことはとてもできない。


 その点、あの女性は例外だ。

 先ほどのように一瞬で治療してくれるのであれば、戦闘中に傷を負っても戦い続けられる。

 これから幾度となく強敵と戦うことになるベンゼル達には、彼女の存在は非常に大きい。


「……あのさ、お願いしたらあの女の人、僕達と一緒に来てくれないかな?」


 ルキウスも同じように考えたのだろう。

 少しの間を置いて、真剣な顔で尋ねてきた。


 その直後、後ろから「えっ!?」と驚きの声が聞こえてきた。

 振り返ると、シュライザーを引いたゼティアが立っている。


「も、もしかしてルキウス、あの女の人に一目惚れした、とか?」

「えっ?」


 突拍子もない発言にルキウスが目を丸くする。

 彼らの関係は微笑ましいが、今はそれどころではない。

 そこでベンゼルが先ほど見た光景と、その能力から仲間に引き入れたいという自分達の考えを説明した。


「な、なーんだ! そういうことね!」


 一目惚れではないことがわかって安心したのか、ゼティアはほっと息を吐く。

 ほどなく、途端に真剣な顔をする。


「うん、それだけ凄いんだったら、お願いして一緒に来てもらうべきだと思う」

「よし。じゃあ、頼んでみよう」


 ルキウスとゼティアが頷くと、三人は青髪の女性に近づいていく。


「――じゃあまたね、お姉ちゃん!」

「ええ、また」


 ちょうど話を終えたところのようで、男の子が走り去っていく。

 そんな彼に優しい顔で手を振っている女性に、ルキウスが「あの」と声を掛けた。


「はい、何でしょう?」

「さっき男の子の傷を一瞬で治してましたよね? その能力を見込んでお願いしたいことがあって」

「お願い?」


 女性は首を傾げる。

 少しして彼女は何かに気付いたかのように顔をハッとさせた。


「もしかしてどこか悪いんですか? だったらすぐに治療を――」

「あっ、いえ! 治療をしてほしいという訳ではないんです」

「ん? でしたらお願いというのは?」

「……あなたのその力は僕達にとって大きな助けになる。だから僕達の旅に同行してほしいんです」


 ルキウスが真剣な顔でそう言うと、女性は「……はい?」と訝しんだ。

 それはそうだ。

 初対面かつ素性が知れない相手からいきなり「同行してくれ」と言われれば、誰だって不審に思う。


「おい、ルキウス。それを言う前にまずは自己紹介からだろう」

「あっ、そっか。僕としたことがつい」


 ルキウスがあははと笑いながら頭を掻く。

 そして女性に向き直った。


「すみません、申し遅れました。僕はルキウス・スプモーニア。女神様から神託を授かり、魔王を倒す役目を任せられた勇者です」


 言い終えると同時、ルキウスはハーヴィーン王から授かった書状を差し出す。

 この青年が勇者であることを保証するという内容だ。


 女性は書状を受け取ると、少しして顔が青ざめていく。

 そしてバッと跪いた。


「ま、まさか勇者様だとは思わず、とんだご無礼を! どうか、どうかお許しください!」

「無礼だなんて。そんなに畏まる必要はありませんよ。むしろ話しにくいので、普通にしてもらえると助かります」

「は、はい!」


 女性は言われた通りに勢いよく立ち上がった。

 それを見たルキウスは小さく頷いて話を続ける。


「それでどうでしょう。この世界で暮らす人々を守るため、その力を貸してくれませんか?」

「人々を守るため……」

「はい。もちろん返事は今すぐじゃなくて大丈夫です。明日の朝頃まではアイルサにいるので、それまでに考えておいてもらえると」


 ルキウスがそう言うと女性は目を伏せた。


 沈黙が流れることしばらく。

 女性がゆっくりと顔を上げる。

 その表情は凛々しかった。


「わかりました。私の力が人々のためになるのなら、このフィリンナ・ローブロイヤ。喜んで同行させて頂きます」


 その言葉に三人は同時に驚きの声を上げた。


「さ、誘っておいてなんですが、そんな簡単に決めて大丈夫ですか……?」

「フィリンナ殿、でしたか。魔族はモンスターとは比較にならないほど強いと言われています。そんな強敵と戦うことになる以上、いつ命を落としてもおかしくはないのです。なので、もっとよく考えられたほうがよろしいかと」

「そうですよ! ほら、家族に相談とかしたほうが!」


 慌てた様子で話し出すルキウスに、ベンゼルとゼティアも続く。


「いえ、もう私の考えは変わりません。危険だということも承知の上です。それと家族にはもちろん報告しますが、相談する必要はありません」

「ど、どうしてですか?」

「私は誰にも傷ついたり、命を落としたりしてほしくありません。そう思っているのはお父様とお母様も同じです。なので私が勇者様達に同行することで、少しでもそういった人達を減らせるなら、両親は笑って『行ってこい』と言ってくれるからです」

「……そうですか。じゃあ、本当にいいんですか?」

「はい。ぜひお供させてください」


 誘ったのは自分達だが、だからといってその場の勢いだけでついてこられるのは困る。

 だからよく考えるように言ったが、フィリンナの発言や表情からするに単なる勢いではなく、しっかりと考えた上での判断のようだ。

 ならば自分達が心配する必要はどこにもない。


 三人は顔を見合わせると、同時に大きく頷いた。


「ありがとうございます。改めまして、僕はルキウス・スプモーニアです。これからよろしくお願いします。そしてこっちが――」

「ベンゼル・アルディランと申します。ハーヴィーン王国にて軍人をしておりました。どうぞよろしく」

「ゼティア・シャムロウです! アイリーシュ王国で同じく軍人をしてました。女の人が仲間になってくれて嬉しいな! よろしくね!」


 順に自己紹介をすると、フィリンナは明るい笑みを向けてくる。


「ルキウスさん、ベンゼルさん、ゼティアさんですね。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はフィリンナ・ローブロイヤ。両親が治療院を営んでおり、その手伝いを弟妹と一緒にしておりました。不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします」



 ◆



「――なるほどー! フィリンナさんは傷つく人を出させたいために、お兄ちゃん達の誘いに!」

「ああ。二つ返事で承諾してくれた」


 そう言うと、リディーは微笑んだ。


「フィリンナさん、とっても優しい人なんですね! まるで女神様みたい!」

「女神様か。確かにそうだな」


 フィリンナの人を想う姿を思い出し、ベンゼルも頬を緩める。


「まあ、それはスイーツを前にした時以外だがな」

「わ、忘れてた……」


 リディーが顔を引き攣らせる。

 その様子にベンゼルは「フッ」と笑うと、椅子から立ち上がった。


「よし。じゃあ、そろそろいこう。その女神様に一刻も早く、スイーツを供えてやりたいしな」

「あっ、はい!」

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