第3話 謁見

 すれ違う人に目覚めたことを喜ばれ、それにお礼を返しながら歩くことしばらく。


 ベンゼルは自室に来た部下と共に、ハーヴィーン王国の王都シャントリューゼにある城の二階。

 謁見の間に繋がる大きな扉の前に辿り着いた。


「――しょ、少佐っ!」

「お目覚めになられたんですね!」


 扉の両脇に立っていた二人の兵士が驚いた様子で声を掛けてくる。


「心配を掛けたな。それで陛下にお目通り願いたいのだが、今陛下はお手隙だろうか?」

「は、はい! 今日はもう来客の予定もありませんので!」

「ささっ、どうぞ! その元気なお姿を陛下にもお見せください!」


 片方の兵士がそう言うと、二人は巨大な扉を押し開けた。


「では、僕もここで失礼します」

「ああ、ありがとう」


 心配してここまで肩を貸してくれた部下に礼を言って、ベンゼルは中に入る。


 目に入ったのは、きらびやかな椅子に腰掛ける老齢の男性。

 その隣には、同じく老齢の眼鏡を掛けた男性が立っている。


 ここ、ハーヴィーン王国の王と大臣だ。

 王は疲れているのか、俯いて眉間を指でおさえている。

 身体がだいぶ慣れてきたこともあって軽快に歩を進めると、大臣がこちらに気付いた。


「おや? 今日はもう来客は……って、へ、陛下っ!」

「ん? どう――」


 ハーヴィーン王は顔を上げると言葉を詰まらせた。

 そして何度か目をまたたくと、バッ! と玉座から立ち上がった。

 一方のベンゼルは王の前でひざまずく。


「ベンゼルっ! そなた、目をっ!」

「はっ! このベンゼル、ただいま戻りました」

「そうか……! ……よかった。どれほど、この時を待ち詫びたか」

「ご心配をお掛けし、申し訳ありません」


 頭をさらに深く下げてそう言うと、ひと呼吸おいて王は高らかに笑った。


「まったく、老いぼれに心配掛けさせおって! ほら、もっと近くに来て顔を見せてくれ!」


 言われた通りにベンゼルは王の眼前がんぜんまで歩く。

 すると王は昏睡から目覚めたことを、大臣と共に大いに喜んでくれた。


 ベンゼルも礼の言葉を返し、そのやり取りが一段落したところで王が玉座に座り直す。

 それを見たベンゼルは数歩下がって再度跪くと、王は途端に真剣な表情を浮かべる。


「――ベンゼルよ、よくぞ勇者ルキウスと共に世界を救ってくれた。此度こたびの活躍、実に大儀であった」

「……はっ。ありがたきお言葉にございます」

「それで、そなたに一つ聞きたいことがある。勇者ルキウス達の最期についてだ。大方見当はついているが、事実確認をしておきたくてな」


 最期という言葉を聞いて、ベンゼルは胸が張り裂けそうになる。

 ルキウス達は命と引き換えに魔王を倒した。


 その考えは自分のただの勘違いで、実は今も元気に生きているという可能性を心のどこかで信じていたからだ。

 そんな淡い期待は音を立てて崩れ去ってしまった。


「……ルキウス達は――」


 だが、そこで取り乱すほどベンゼルはやわな男ではない。

 溢れ出る様々な感情を必死に抑え、自分が目にした魔王ヴァルファーゴとの戦いの一部始終を話した。


 魔王ヴァルファーゴの姿形。

 あまりの強さに手も足も出なかったこと。

 死を覚悟した時、ルキウス達が意を決した顔で何か話し始めたこと。

 ルキウスの魔法により城の外に飛ばされた直後、視界が光で覆われたのが最後に見た光景だということ。

 そして、それが恐らく何らかの魔法だという考えも付け加えて。


「……そうか。ワシらの推測通りだな」

「と言いますと、やはり彼らは魔法で?」

「うむ。あの魔法国家、アイリーシュの魔術師達の見解によればその痕跡こんせきからして自爆魔法。通称、スーパーノヴァと呼ばれている魔法を使ったのではないかということだ」

「スーパーノヴァ……」

「ああ。何でも女神様の力を授かった勇者にしか使えないそうだ。他の二人の英雄、ゼティア様とフィリンナ様は術者であるルキウス様に魔力を供給していたのだろうと考えられている」

「……なるほど」


 そう考えると全て辻褄つじつまが合う。


 とすれば、やはりあの場に魔力を持たない自分がいても何の役にも立てなかった。

 だからルキウスは自分を巻き込まないように城の外へと吹き飛ばしたのだ。と、先ほどの予想が確信に変わった。

 きっと、事前に『いざという時はそうしよう』と三人で話し合っていたのだ。


 ならば、彼らに救われたこの命。やはり彼らのために使いたい。


「……すまぬな。辛いことを思い出させて」


 心情を察したのか、王が申し訳なさそうな顔で声を掛けてくる。


「いえ、とんでもございません」


 それに対し、ベンゼルは平然とした顔で答えた。

 友の最期を聞かされ当然辛くはあるが、王の眼前で情けない顔を見せたくなかったからだ。

 すると、王はホッとしたような表情を浮かべ、話を続けた。


「これで事の顛末てんまつはハッキリとした。大臣よ。早急に各国の王や大統領に伝えよ。英雄の最後の一人が目を覚ましたこともな」

「承知いたしました」


 大臣はそう言って、部屋から出ていこうとする。


「――お待ちを!」


 そんな彼をベンゼルは呼び止めた。

 急な呼び止めに大臣はもちろん、王も不思議そうな表情を浮かべている。


「申し訳ございません。一つお願いがございます」

「どうした。遠慮せず申してみよ」

「はっ! 私が目を覚ましたことは、今しばらく伏せておいてほしいのです」

「ん? なぜだ?」

「……実はこのベンゼル、もう一度世界を旅したいと思っております。その際、私の素性すじょうが知られていると旅路に影響が出るかと考えた次第で」


 世界を救った勇者一行の最後の一人。

 先ほど王が言ったように、英雄として、行く先々で歓待かんたいを受けることは容易に想像できる。

 それは喜ばしいことだが、毎度のように歓待を受けていては世界を周るのに時間が掛かりすぎてしまう。


 故にベンゼルは、勇者パーティーの剣士ベンゼルではなく、どこにでもいる一人の男として世界を旅したいと考えていた。

 幸か不幸か、髪が伸びて筋肉が衰えた今なら、外見でベンゼルだと気付かれることはないだろう。


「それはそうかもしれないが……。ベンゼルよ、そもそもどうして旅に出るのだ?」

「……彼らと約束したのです。魔王を倒したら平和になった世界を見て回ることを。それはもう叶いませんが、ルキウスは死の直前、私に笑顔でこう言いました。『もし君さえよかったら、僕達の分まで世界を見て回ってくれると嬉しいな』、と。彼らの最期の願い、私はそれを叶えてやりたいのです」


 そう言うと、王は顎に手を当てて何やら考え始めた。

 少しの間を置いて、答えが出たのか口を開く。


「……そうか。わかった、民にはそなたが目を覚ましたことは伏せておこう。城の人間にも黙っておくよう命じておく。ただ、各国の王や大統領には報告させてもらう。が、民にはまだ伝えないよう頼んでみよう。英雄の頼みだ、きっと聞き入れてくれる」

「寛大なご配慮、心より感謝いたします!」

「それとだ。英雄達のご家族には伝えさせてもらうぞ。これまでは『恐らくこうだろう』という推測しか話せていなかったが、今日ようやく確定したからな。彼らにはそれを知る権利がある」


 唯一の目撃者がいたからこそ、単なる予想が確信に変わった。

 そのことを伝えるには、その目撃者であるベンゼルが目を覚ましたことも併せて伝える必要があるということだろう。

 家族の口から自分が目覚めたことが広まるかもしれないが、もうそれは仕方がない。


「はっ! それで陛下、恐れながらその件で一つご提案がございます」

「むっ? どうした?」

「旅に出たら、まず初めにルキウスの墓参りのため彼の故郷に足を運ぶつもりでした。なので、よろしければ彼のご家族には私から直接話させて頂けないでしょうか」


 旅の最中にルキウスがしたことや考えていたこと。

 それを詳しく知っているのは旅路を共にした自分だけで、家族は知るよしもない。

 ならば、自分が直接伝えてやらねばならない。


「そうか。そなたなら彼の雄姿も伝えられるしな。わかった、任せよう」

「はっ、ありがとうございます」

「うむ。では、大臣よ。各国の代表には先ほど話したように頼む」

「承知いたしました」


 大臣はそう答えて謁見の間から出て行った。

 それを確認した王は「ふぅ」と息を吐き、表情を緩める。


「さて、ベンゼルよ。此度はよくぞ魔の手から世界を救ってくれた。こうして世界が平和になったのはそなたの活躍があってこそ。民を代表して礼を言う。ありがとう」

「もったいなきお言葉にございます!」

「それでだ。その功績を称え、そなたに褒美を取らせたい。金でも地位でも、何か望む物があれば申してくれ」

「……では、恐れながら。先ほどお伝えした通り、私は世界を見て周りたいと考えております。そのためにも、しばしのお暇をお与え頂けないでしょうか?」


 目覚めたことを黙っておいてくれるという時点で、既に許可は得られているようなもの。

 しかし、まだ王の口から直接許しを得た訳ではない。

 王に忠誠を捧げた身としては、はっきりと「いいだろう」と言ってもらわなければならなかった。


「無論だ。で、他には何かないか? そなたは世界を救った英雄なのだ。遠慮する必要はないぞ!」

「はっ! ……でしたら、物資を運ぶための丈夫な馬と荷馬車を望みます」

「馬と荷馬車か。無論構わんが……」

「ありがとうございます。それで十分でございます」


 ベンゼルは地位も権力も欲していなかった。

 金は旅をする上で必要になるが、最低限の額なら自室にある。

 すぐに底を尽きてしまうだろうが、路銀は行く先々で稼げばいい。


「そうか。そなたは相変わらず無欲だな。……わかった。では、こうしよう――」


 食糧、日用品、ポーション、旅券代わりの王の書状。

 馬と荷馬車に加え、王は旅に必要な全ての物資を揃えてくれると言った。

 それも馬については、国一番の名馬を用意してくれるとのことだ。


「寛大なご配慮、心より感謝いたします!」

「この程度では、とてもそなたの活躍には見合っていないのだがな。ところで、いつ出発する予定なのだ?」

「……早ければ明日にもちたいと考えております」


 早く旅に出て、彼らの願いを叶えてやりたい。

 旅支度をすぐにでも整えてくれるなら、今からでも出発したいところだった。


「明日か。一晩もらえれば準備は整えられるが……。ベンゼルよ、身体はもう大丈夫なのか?」

「はっ。おかげをもちまして――」


 そう言うと、ベンゼルは剣を振るう動作をして見せた。

 だいぶ身体がなまってしまっていて全盛期には程遠いが、それでもその辺りのモンスターなら目を瞑っていても勝てる。


「この通りでございます」

「ふっ、そうか。本当にそなたの丈夫さには驚かされる。ヌリーシュからモーレンゼまで吹き飛ばされて、生きていられる者などそなたくらいだ」

「……モーレンゼ? 私はモーレンゼまで吹き飛ばされたのですか?」

「ん? ああ、そなたは気を失っていたのだったな。そうだ。帝国の話によると、そなたはモーレンゼの近くで倒れていたそうでな。巡回していたモーレンゼの兵士がそなたを発見したとのことだ」


 そう聞いて、ベンゼルはいぶかしんだ。

 てっきり、自分はヌリーシュ付近で倒れていたところを助けられたと思っていたからだ。


 そう考えるのは当然のことで、スコルティア帝国最北端の都市ヌリーシュから最寄りの都市モーレンゼまではかなり離れている。

 身体の丈夫さには自信があるが、それでもその距離を吹き飛ばされて命があるとは思えない。

 それも手負いの状態で。

 そもそもルキウスが使った風の魔法は、そこまで強力な魔法ではなかった。


 であれば、誰かがヌリーシュからモーレンゼまで自分を運んでくれたと考えるのが自然だ。

 しかし、ヌリーシュは魔族に占領された地。

 人の姿なんてあるはずなく、自分を助けてくれるような存在など――


(……そうか。あいつが)


 ベンゼルの脳裏に一つの顔が思い浮かんだ。

 そして全てを理解すると、ベンゼルは心の中で感謝の言葉を口にする。


「――ベンゼル?」

「あっ、申し訳ありません。少しほうけておりました」

「そうか。何はともあれ、そなたが生きていて本当によかった。今宵は英雄の帰還と快復を祝し、宴を開こう!」

「ありがたき幸せにございます」

「うむ! ではベンゼル。宴の準備が整ったら迎えを行かせる故、それまでは自室で休まれよ」

「はっ!」


 返事をして謁見の間を出ると、言われた通りにベンゼルは兵舎の自室へ戻る。

 そこでしばらく鎧を磨いたり、革袋に荷物を詰めたりと旅支度を整えていると、部下が呼びに来てくれた。

 その後、ベンゼルは城の大広間で王と大臣、上官や部下にメイドなど様々な人に囲まれ、称賛を浴びながら美味しい食事と酒を楽しんだ。

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