第16話 路銀稼ぎ(前編)
シュライザーの背に
ベンゼルはガリアノの北に広がる大森林の近くまでやってきた。
「お前はここで待ってろ。もしも危険が迫ったら、その時は俺に構わず逃げろ。そしてガリアノまで戻るんだ。いいな?」
その指示にシュライザーは「ブルルっ!」と答える。
わかったと言っているのだ。
それを確認すると、ベンゼルは彼の頭を優しく撫でた。
「よしよし、お前は本当に賢い馬だ。……じゃあ、行ってくる」
「ブルルーンっ!」
シュライザーからの見送りの言葉を背中に浴びながら、ベンゼルは
☆
「――ふんっ!」
ベンゼルは振り向きざまに大剣を振るう。
遠心力を加えたその斬撃に、襲い掛かってきていた黒いイノシシ――ブラックボアの身体は上下に分かたれ、即座に絶命した。
近くには同様の死骸が六体分転がっている。
ゴールデンアルミラージほどではないが、ブラックボアもそれなりに強力なモンスターであり、武器を持った一般成人男性が三人がかりでようやく一体討伐できるかどうかというレベルである。
そんな強敵の群れを赤子の手を捻るかのように撃退すると、ベンゼルは平然とした顔で奥へと進んでいった。
これが勇者パーティーの前衛を務めた剣士――ベンゼル・アルディランの実力である。
もっとも、これでもまだ全盛期にはほど遠いのだが。
遭遇したモンスターを倒しながら歩くこと数十分。
突然、横から風を切る音が聞こえてきた。
(ようやくか)
直後、茂みの中から金色の物体が現れ、凄まじい速度でこちらに向かってくる。
ベンゼルは寸前のところで身を
ほどなくしてボトッと二つの物体が地に落ちる。
その片方――頭部のほうを拾いあげると、
「よし、じゃあ帰るか」
こうして、いとも簡単にゴールデンアルミラージの角を獲得したベンゼルは、シュライザーの背に乗って帰路に就いた。
☆
時は少し遡り、ベンゼルがガリアノを発った頃。
(おっそうじ、おっそうじ、頑張るぞ!)
掃除道具を両手に、リディーはご機嫌に居住区を歩いていた。
この
これらの代金は、報酬とは別に依頼者が支払ってくれるとのことなので、リディーおよびベンゼルの懐は痛まない。
(おっそうじ、おっそうじ……ん?)
目的地近くまで来たところで、突然食べ物が腐ったような臭いが鼻に届いた。
もしやと思い、その出所を辿ってみると、行き着いたのは一階建てで緑色の屋根の家。
依頼仲介所で教えてもらった家の特徴と完全に一致している。
(こ、ここかぁ……)
リディーは顔を引き攣らせた。
外でこれだけ臭うということは、中はそれはもうとんでもないことになっているはず。
「……よし!」
深呼吸を繰り返し、覚悟を決めたところで扉をノックする。
少しして、物が崩れ落ちるような音が聞こえてきた後、ゆっくりと扉が開かれた。
現れたのは二十代中盤と見える綺麗なお姉さん。
とてもゴミ屋敷の主だとは思えず、リディーは首を傾げるも――
「うっ!」
ひと呼吸おいて漂ってきた悪臭が依頼者であることを証明した。
「ん? あなたは?」
「わ、私はリディーといいます。依頼仲介所で依頼を見て、掃除をしにやってきたんですけど……」
「ああ、掃除ね! いやー、来てくれて助かったよ! あたしは全然平気なんだけど、ご近所さんがそろそろキレそうでさ!」
「は、はぁ……」
「あっ、床に落ちてる物は全部捨てちゃっていいから。じゃ、後は任せた! あたしはあそこの宿屋さんにいるから、終わったら呼びに来て!」
女性は家から出て手を振りながら離れていく。
その背中を目で追っていると、女性は「あっ、そうそう!」と言いながら立ち止まった。
「あなたは逃げないでね? また依頼仲介所まで行くのも面倒だし、このままだと本当に村八分にされちゃいそうだからさ! って訳で、よろしくー!」
そう言うと、今度こそ女性は去っていった。
少しして、それまで呆然としていたリディーがハッと我に返る。
「そ、そうだ。お掃除……お掃除しないと!」
自分に言い聞かすようにそう口にすると、家の中に足を踏み入れた。
次の瞬間、リディーは言葉を失った。
目に入ったのは、天井近くまで積み重ねられたゴミ袋の山。
散乱した化粧品や食べ物の容器。
そして、至るところに放置されている生ゴミの数々。
想像を遥かに絶する酷い有様に心が折れそうになる。
――も、リディーは踏ん張った。
ここで辞退したら預けた違約金が没収され、ベンゼルに迷惑を掛けてしまう。
それだけは絶対に避けなければならないからだ。
「よーし!」
両頬をパンパンと叩いて気合いを入れ直すと、リディーはゴミ袋を手に取った。
掃除を続けること数十分。
恐ろしいことに段々と汚さと悪臭にも慣れてきて、調子付いてきた頃。
突然、高く積まれたゴミ袋の山のほうから不穏な音が聞こえてきた。
「ん?」
何気なく顔を向けると、そこにいたのは黒い虫。
平気な人は平気だが苦手な人はとことん苦手な生物で、不幸なことにリディーは苦手側の人間だった。
「――ひいいいぃぃぃっ!」
悲鳴を上げつつ、いつにもなく機敏な動きで後ずさる。
すると大声を上げたせいか、その虫は真っ直ぐにこちらへ向かってきた。
リディーはさらに後ろへ下がろうとするも、無慈悲にも壁が行く手を遮る。
「や、やめ……こ、来ない、で……」
目に涙を浮かべながら拒絶するも、相手は虫である。
当然、聞き入れてくれるはずもなく、徐々に距離を詰めてくる。
まさに絶体絶命の状況だ。
「お兄ちゃん……」
そんな中でリディーが思い浮かべたのは、幼い頃のある日の記憶だった。
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