平和になった世界を巡る旅~生き残った英雄は仲間たちの願いを胸に人生二度目の旅に出る~

白水廉

第1話 プロローグ

 スコルティア帝国の最北端に位置する都市――ヌリーシュ。

 その西、暗暗とした森の中、四人の男女が焚き火を囲んでいた。


「魔王を倒した後、ですか?」


 青髪の女性――フィリンナが、ピンク髪の少女――ゼティアの言葉を繰り返す。


「そっ! どうするか決めてる? 何かしたいこととか!」

「うーん……いえ、特に考えていませんね」

「そっかー。ルキウスは? 前にちょっと聞いた時は『考えてない』って言ってたけど」


 ルキウスと呼ばれた青年が金色の髪を揺らしながら、ゼティアに顔を向ける。

 そして口に含んでいたスープを飲み込むと、笑みを浮かべた。


「つい最近考えついたんだけど、僕は平和になった世界を見て回ろうかなって」

「世界を?」

「うん。僕はここに来るまで色んな街に寄ったけど、そこではみんな暗い顔をしてた。……この空のせいで」


 ルキウスが空を見上げる。


 視線の先には大きな裂け目があり、そこから黒いモヤが大量に漏れ出ていた。

 そのモヤは遥か先のほうまで広がっていて、今や空は闇に包まれてしまっている。


 魔王が魔法により、魔界と呼ばれる異世界とこの世界を繋ぐ門を開いたことによる影響だ。

 この闇が続く限り、人々は魔族の存在に怯え続ける。


「魔王を倒せば闇は消え去る。そうすればみんな笑顔を取り戻す。僕はその笑顔が見たくてこれまで頑張ってきたんだ」

「フッ、そうだな」


 筋骨隆々な茶髪の男――ベンゼルが、黒い炎が揺らめく焚き火にまきをくべながら同意を示す。


「うん、だから世界を見て回ろうって! まあ、理由は他にもあるんだけど」

「ん? 何ですか?」

「ログスターさんにジルゴとか、これまでお世話になった人達にお礼を言いたいなって。それにドルガンとの約束もあるし。後は単純に観光もしたいな、と」

「えっ、観光?」

「うん。ほら、せっかく色んな街に寄ったのに全然街並みを見て回れなかったからさ。全部終わったら、また改めてゆっくり回りたいなって」


 街に寄ったのはあくまで物資の補給が目的だった。

 なので、基本的には遅くとも翌日にはもうその街を出発していた。

 全ては一刻も早く魔王を討伐するためだ。


「なるほどね! ねねっ、その旅、あたしもついていっていい?」

「もちろん! そうしてくれると僕も嬉しいよ。……ところでベンゼルはどうするの?」

「俺か? 特に考えていなかったが……そうだな。また我が王のもとで剣を振るうことになるだろう」

「そっか。……あのさ、もし決まってないのなら、よければフィリンナとベンゼルも僕達と一緒にどうかな?」


 ベンゼルは返答に迷う。

 一番の友であるルキウスからの誘い、ついていきたい気持ちは当然ある。


 が、ルキウスとゼティアは無事に魔王を倒せたあかつきには、晴れて交際する約束をしているのだ。

 そんな二人の時間を邪魔したくはない。


「ええ、ぜひ! 私も喜んでお供させて頂きます!」


 悩んだ末、ベンゼルがルキウスの誘いを断ろうとした瞬間、フィリンナが誘いに応じてしまった。

 二人の関係は知っているにもかかわらずだ。


「お、おい! フィリンナ! ……いいのか、ゼティア?」


 ベンゼルは焦った様子でゼティアに問う。

 すると、ゼティアは迷惑がるどころか嬉しそうな顔で答えた。


「もっちろん! 旅の仲間は多いほうが楽しいしっ!」

「……そうか。そういうことなら俺も同行させてもらおう。無論、我が王から許しを得られたらだが」

「そうこないと! じゃあみんな! 魔王を倒して色々落ち着いたら、またこの四人で旅に出よう!」

「うんっ!」

「ええ!」

「ああ」


 勇者ルキウス。剣士ベンゼル。魔法使いゼティア。治療師フィリンナ。

 魔王討伐後、平和になった世界を巡ることを約束した勇者一行は、その翌日、魔族に占拠されてしまった都市――ヌリーシュに向かって歩みを進めた。



 ☆



 半壊した城の二階。

 赤黒い皮膚と隆々とした肉体。六つの目に四本の腕を持つ巨大な化物。

 自らをヴァルファーゴと名乗る魔王の目前で、勇者達は膝を突いていた。


(ここまでか)


 魔王は想像を絶する強さだった。勝てる可能性が全く見出せない。

 ベンゼルが死を覚悟した、その瞬間――


「ゼティア、フィリンナ。……アレでいこう」


 ルキウスが言いながら、剣を杖代わりにして立ち上がった。


「うん。もうそれしかないもんね」

「ですね。仕方ありません」


 同じようによろよろと立ち上がり、ルキウスに答える女性陣。


「……アレ? アレとは何のことだ?」


 ベンゼルには三人が何を言っているのか理解できなかった。

 なので直接尋ねるも、ルキウスはこちらに顔を向けることなく、二人の女性に頭を下げる。


「……二人とも本当にごめん」

「謝らないでください。貴方は悪いことなんて何一つしていないんですから」

「そだよ。悪いのは全部あそこにいる魔王なんだし。それにこういう時は『ごめん』じゃなくて『ありがとう』でしょ!」

「……そうだね。ありがとう、ゼティア、フィリンナ」

「……おい、お前達、さっきから何を言っているんだ!」


 もう一度問うたところで、ようやくルキウスがこちらを向く。

 そして困ったように笑いながら話し始めた。


「ベンゼル、ごめん。昨日した約束、守れそうにないや。……もし君さえよかったら、僕達の分まで世界を見て回ってくれると嬉しいな」

「ルキウス? お前は一体何をしようと――」

「どうか、君だけでも幸せに。――【ガスティーウインド】!」


 ルキウスが手を伸ばしてくる。


「なっ!?」


 直後、ベンゼルは突風によって城の外に吹き飛ばされた。

 優しい笑みを向けてくる三人の姿がみるみるうちに遠のいていく。


 数十秒経って表情が判別できなくなった頃、視界が眩い光に覆われた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

新連載を始めました!

よければ応援のほど、お願いします!


また、近況ノートに作中の世界地図を載せています。

よろしければ参考までに!

https://kakuyomu.jp/users/bonti-/news/16817330651710021842

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