央香は嘘をつけない雑魚
「で……誰からもらったんだよ?」
怜人は座り直し、呆れがまじった吐息を出した。
「逆に聞くが、わしが課金したという確固たる証拠があるんじゃろうな? もしなかったとしたら冤罪じゃぞ? その覚悟がお前にあるのか?」
央香は両手を組み、神妙な面持ちで言った。
「それ寄こせ」
怜人は央香が手にしているタブレットPCを指さし、手でクイクイと合図をした。
「これはわしの命そのものじゃ。そうやすやすとは渡せんな」
キリッとした顔で言う央香であったが、怜人がポケットから操玉を取り出すと、
「へい、どうぞ! 今日も旦那はイケてるねぇ。よっこの色男!」
一瞬で手のひらを返してきた。
「お前の命は風船並みの軽さだな」
央香からタブレットPCを受け取り、怜人はフッと笑った。
タブレットPCには既にメイプルファンタジーが起動されていたので、怜人はそのままシロップの購入履歴を確認した。
そこには、昨日一万円分を購入した履歴がしっかり残っていた。
「課金してるじゃん。しかも、一万円」
怜人は購入履歴を開いたまま、タブレットPCの画面を央香に向けた。
「……な……なんと!」
見え透いた演技をする央香に、
「央香様。冤罪ではなく、有罪です」
怜人は冷たい視線を向けた。
「バカな……そんなはずはない! ……なぜじゃ? あ……さては、もう一人のわしがやったのか? くそっ! わしが自我を保っていればこんなことには……」
央香は悔しそうな表情をして言ったが、その思いが怜人に届くことはなかった。
「誰がやったのかな?」
怜人が操玉を握ろうとすると、
「へい! あっしでごぜぇやす!」
央香はペコペコしてきた。
「もう一度聞く、誰からもらった? ていうか、誰から盗んだ?」
怜人は腕組みをし、央香を見据えた。
「失敬な奴じゃな。盗んでおらんわ! もらったのじゃ!」
「もらったのね?」
「……う」
また、ぼろが出た央香であった。
「それで……誰?」
「言えん! これは女と女の約束なんじゃ!」
「女にもらった、と」
「……う」
央香、三度目の大チョンボであった。
「お前はまだ姉ちゃんと会ってないし、母さんか?」
怜人がそう聞くと、
「はて、どうじゃろうな?」
央香は不敵な笑みを浮かべた。
央香にお金を渡すことができるのは母くらいであり、お金にがめつい央香がこっそり隠していたのだと怜人は決めつけていた。
だが、央香の表情から察するに母や姉ではない。
それに、母からもらったお金、所謂怜人に返さなければならないお金だとしたら、負債額が加算されているはずなのだが、先程透晶で確認した央香の負債額は変わっていなかった。
母からもらったわけではない……でも……女性にもらった。
央香と接点がある女性……。
と、思考を巡らせていた怜人はハッとした。
「もしかして……沙織ちゃんか?」
怜人が目と言葉で確認をすると、央香の表情が固まった。
央香は平気で嘘をつくが、嘘をつけない身体でもあった。
怜人は心の底から嘆きの息を吐く。
「はぁ……このアホ。沙織ちゃんにお金を返しにいくから、お前も着替えろ」
勉強道具を片付け、怜人は立ち上がった。
「沙織とは正当な取引をしただけなんじゃ!」
央香も立ち上がったが、そこから動こうとはしなかった。
「どうせ嘘だろうが聞いてやる。何の取引をしたんだ?」
「それは言えん! 沙織と約束したんじゃ! わしにも意地がある!」
央香は胸を張ってそう言ったが、怜人が操玉を持つと表情が曇った。
「その意地がどこまで続くかな」
怜人は口角を上げた。
操玉を目の前に出されると、央香はすぐさま怜人の言いなりになる。もはやパブロフの犬であった。
しかしながら、今回の央香は直ぐにへりくだってはこなかった。
「わしは絶対に吐かぬ……吐かぬぞ! 沙織は、わしのことを信心している大切な女子じゃからな! やらせはせん! やらせはせん! やらせはせんぞ!」
央香は声を張り上げ、苦悶の表情で両手を突き出した。
「ソ〇モンを守っている中将かな」
怜人は軽く笑い、操玉を握っている力を強めた。
「あう! あひゃひゃひゃ! あーはっはっは! ははははは! ぎゃはははっ!」
たちまち床に倒れ込み、笑い転げる央香であった。
五秒ほど続けた後、怜人は操玉をポケットにしまい、
「やられたじゃん」
と床に突っ伏している央香に言った。
「……はぁはぁ……わしは吐かぬぞ」
央香は震えながらも立ち上がり、らしからぬ気概を見せてきた。
央香と沙織の仲は良く、沙織も央香を物凄く可愛がっている。
普段から央香は沙織にセクハラまがいのことをしているが、沙織は嫌がる素振りはするものの基本的に怒りはしない。
取引と央香は言ったが、操玉を食らっても曲げないところを考慮すると、央香だけではなく二人の中での秘密があるように思え、強引に聞くと沙織にも迷惑をかけそうなので怜人は追及をやめた。
「央香の夕飯は、ピーマンの肉詰めの肉なしにするから」
とはいえ、罰をなしにすると央香がつけあがるので、罰(ピーマン)を与えることにした。
「それ、ただの素ピーマン焼きじゃろうが!」
「たんとおあがり」
ニヤリとした怜人に、
「横暴すぎる……神はおらんのか!」
四つん這いになって央香は床を叩いた。
「神様はお前だろ。ほら、沙織ちゃんのところに行くから着替えるよ」
怜人は央香を持ち上げ、央香の部屋に行った。
央香が着替える服を出すと、怜人は自室に向かった。財布をポケットにしまってから、コートを着用する。怜人が一階に降りると、着替えを済ました央香が玄関の前で待っていた。
央香は熊の顔がフードになっているコートを着ており、とても愛らしく似合っている。それは良いのだが、当然これも姉のおさがりなわけで、普段勝気な姉がこれを着ていたとは信じられない怜人であった。
家を出て鍵をしめると、怜人と央香は沙織がいる松永家へ向う。
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