暴君(神)を見切る



 そして今回……。


 勿論、一昨日お金が補充されたことを央香からは聞いていないので、既に使われてしまったと怜人は思ったのである。


 央香用となった一階の和室へ入った怜人は、布団で熟睡している央香を気にする素振りもなくゴミ箱をチェックした。


 すると、ゴミ箱の一番下に使用済みのプリペイドカードが出てきた。


 計、四万円分。


 母が一昨日追加で補充したお金の全額だった。


 央香がやったきた当初、無意味に身体を見せてきてはシコシコ代とかいうわけのわからないシステムにより、貯めていた小遣いが消えていった怜人。


 その理不尽さに嫌気が差し、お金を払うことを断固拒否すると、央香は怜人に断りなく生活費を使うという暴挙を始めた。


 央香の暴挙による被害額は、今回の分を合わせるとおよそ十六万円。


 銀行口座に振り込んでくれと母に言わなかった自分が迂闊だったのか、央香を神様と崇め今もなお許していることがいけないのか。


 いや、俺じゃない。


 全部、央香が悪いのだ。


 ここで、怜人の中で何かが切れた。


 怜人はカーテンを開け、寝ている央香の身体を揺らす。


「おい、起きろ」


「……ん? 今何時?」


「八時半」


「今日は日曜日じゃろ。行くのは十時じゃ」

 央香は欠伸をし、また寝ようとした。


 怜人と央香は恒例の参拝を一緒に行っており、央香はそれで起こされたのだと思ったのであろう。


 しかし、話は違う。


「いいから……起きろ。起きろ!」

 怜人は強めに央香の身体を揺らした。


「んー。やかましいのう」

 上半身だけ起き上がった央香は、不機嫌そうに言い両手で目をこすった。


 怜人は使用済みになっている四枚のプリペイドカードを束にして持ち、そのまま央香の眼前へと突き出す。


「これ……メイファンに使ったろ?」

 と聞き、怜人は氷のような視線を向けた。


 ちなみに、メイファンとはメイプルファンタジーの略で、怜人と央香がやっているゲームアプリである。


「そんなことか。使ったが……何か文句でもあるのか?」


「あるに決まってるだろ。お前、いくら使ったのかわかってる?」


「お前じゃと? 神であるわしに向かってその口の利き方はなんじゃ! 央香様……じゃなくてスーパーゴッド央香神様と呼ばんかい!」

 央香は目が覚めたらしく捲し立ててきたが、

「もうお前みたいな邪神に様なんかつけるかよ。ていうか、そもそもスーパーゴッド央香神って何? 日本語と英語が変に合わさってダサいし、何で神が二つあるんだよ。わかっていたけど、やっぱりお前アホだろ?」

 と怜人が平然と言い返し、最後に冷笑した。


「……貴様ぁ!」

 央香は怒りの形相になったが、姉のおさがりであるパンダの着ぐるみ(パジャマ)を着ている幼女に凄まれたところで、怜人は何ら恐怖心を感じなかった。


「いいから、何でこんなに使ったのかを言え」


「チッ。だって……出ないから」

 舌打ちをする央香に怜人は眉をひそめる。


「何が?」


「確率アップ中だったはずの……ジャコウネコ神が出なかったんじゃ!」

 央香は布団をバシバシと叩いて吠えた。


「……で? 四万円も使ったのか?」


「出なかったんだから、仕方ないじゃろ! わしが悪いんじゃない、運営が意図的に操作していたんじゃ。全く……あくどい奴らよのう」


「運営が操作とか、アホな癖にそういうことだけは一丁前に覚えるのな。あくどい奴は運営じゃなくてお前だよ、央香」


「だから! 呼び捨てにするなと……」


「うるさい」

 と怜人が一言。


 静かな怒りを見せる怜人に、央香は若干怯んだ。


「このお金は、母さんが生活費や俺の小遣いとしてくれたものだ。俺に渡すよう言われたはずだよな?」


「……うっ」


「何で勝手にお金を使うのかな? やめろって言ったよね?」


「……ううっ」

 央香は罰が悪そうに俯いた。


 十秒ほどその状態であったが、央香は軽く息を吐くと面を上げ、

「ふ……ふん。お前はただの人間で、わしは神じゃぞ。人間如きがわしに指図するでないわ。わしに金を使ってもらったんだと、ありがたく思え」

 そう言って、不遜な態度を続けた。


 怜人は怒気が充満していたが、開き直った央香にスーッと気持ちが冷めていった。

 というか、完全に諦めた。


「よし! 返却しよう!」

 怜人は勢い良く言い、央香を担ぎ上げた。


「おい……こら! わしのメイファンを消すつもりなのか? ようやくジャコウネコ神が出たんじゃぞ! 消すなよ! おい、聞いているのか! 怜人!」

 怜人が黙ったまま部屋を出たからか、央香はジタバタしながら文句を言ってきた。


 怜人は何も答えず靴を履き、央香にも強引に履かせるとそのまま家を出て鍵をしめた。


「さむっ!」

 央香が声を上げた。


 一月下旬の午前八時三十分頃。


 外は雲一つない快晴だったが、央香の言葉通り結構寒かった。ヒートテックに上下スウェットを着用しているとはいえ、真冬にこの姿は堪える。


「おい、怜人。寒いぞ!」

 央香が再びジタバタし出した。


 自分も寒いし、戻ってコートを取ってこようかなと一瞬思ったが、それ以上に早く事を済ませたかったので怜人は歩き始める。


「安心しろ。メイファンを消すつもりはない」

 足早に進み白い息が散っていく中、怜人はそう言った。


「では、何を返すんじゃ? 使った金は返ってこんぞ」

 と聞いてきた央香に対し、怜人は返事をしない。


「……怜人? 答えよ」

 央香が不思議そうに聞いてくる中、怜人は無視を貫いていた。


 その状態で快央神社への階段を上がり、境内へと入る。賽銭箱の上に央香を座らせると、怜人はフーッと息を吐いた。


「央香。お前だ」

 怜人は断言した。


「……は?」


「央香のお母さん! 聞いてください! こいつ要らないんで返します!」

 目が点になった央香をよそに、怜人は大声で懇願した。


「わしのことが要らないじゃとぉ? ……この恩知らずめが!」


「俺、お前に何か恩を受けているのか? 迷惑を被っているだけなんだよ」


「わしがいるだけで魅力が一割増すと言ったじゃろ!」

 冷ややかな目を向ける怜人に対し、央香は頬を膨らませ憤慨していた。

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