央香は埼玉の英雄ではない
「前から思っていたんだけど、魅力が一割増しって何? 全然効果が出てないんだよ」
怜人が鼻を鳴らすと、
「それはお前の容姿が凡庸だからじゃろうが! わしのせいにするでないわ! もっと自分磨きに励まんかバカ者が!」
と央香は言い返してきた。
容姿が凡庸と言われ、怜人は流石にカチンときた。
「うるさい。このクズオブクズ、穀潰し、泥棒、オバ香、ノーマルキャラ」
怜人は刺すような視線を央香に向け、淡々と悪口を言った。
「だっ誰がクズで泥棒……オ……オバ香じゃと? 神の名を文字ってバカにしたな! それにわしはノーマルではなくSSRでスーパーゴッド央香……」
「お母さん聞いてますか! ノーマルキャラ央香を返却させてください。お願いします!」
怒りで顔が真っ赤になった央香の言葉を遮り、怜人が再び願いを求めた。
「失礼極まりない奴じゃな! わしだって帰れるものなら帰りたいわ! けれど、お前の願いを叶えるまで帰れないと申したであろう。無理なものは無理じゃ」
央香は引き続き憤っていたが、残念そうに大きな溜め息も吐いた。
そう、何度か口論をする度に怜人が帰れと言い、怒った央香も帰ろうとしたことがあったのだが、できなかったのである。
央香の言葉通り、怜人の願いを叶えることが必須条件らしく、自分の意思で神界に帰ることはできないようであった。
『央香様。本当は自分の意思で帰れますよね? 早く帰ってくださいよ』
央香の両手と両足を縄跳びで結び、身動きを取らせない状態で怜人が言った。
『だから、お前の願いを叶えるまでは帰れないと申したであろう。というか貴様、神であるわしにこのような仕打ち……万死に値するぞ!』
芋虫のようになった央香が声を荒げるが、怜人はピーマンと人参の素焼き炒めが盛ってある皿を手にすると、央香の顔近くに座った。
『ひぃっ! ピーマンと人参!』
央香は叫び、顔が一気に青ざめる。
『嘘じゃないなら食べてください。嘘って認めて帰るなら食べなくていいです』
『嘘ではないと……』
『はい、では口を開けてください』
『待て待ってくれ! わしだって帰りたい! これにはわけがあるんじゃ!』
懇願してきた央香に、怜人は一つ息を吐く。
『わけ? いつもみたいにどうせ嘘でしょう?』
『いや、真じゃ。神界の快央神社では年に一度、三月二十日に祭りがある。わしらにとってこれは非常に重要な催しであり、絶対に出たい。二ヶ月前から念入りに準備をするので、もう始まっているのじゃ』
央香は真剣な表情で述べた。
『帰れないなら、お祭りには出られませんよ。いいんですか?』
『困る! 祭りには出たい。しかし一度下界に来た以上、願いを叶えるまでは帰ることができん。お前が好きな奴に告白し、成功すれば事は済むのじゃ。早くしろ!』
と自分勝手な理由を述べる央香に対し、
『今告白しても成功するわけないし、嫌ですよ』
怜人は嘆息した。
『人間、何事も挑戦じゃ。やってみなければわからん』
キリッとした顔で言う央香に、怜人はジト目になる。
『偉そうなことを言ってますが、央香様が来てもうそろそろ半月。山中さんとの仲は全く進展していませんし、むしろ会話が減りましたよ』
『それは、相手が照れているのであろう。わしがいることで、怜人の魅力は一割増しておるからのう』
『魅力が一割増しとか、適当なことを言っているだけじゃないんですか? 目には見えないし胡散臭いんですよねぇ』
魅力が上がったという体感はなく、怜人は全然信じていなかった。
『事実じゃ!』
央香は目を剥いて吠えてきたが、怜人の態度は変わらない。
『ふーん。まぁいいです。とりあえず、帰ってください』
『怜人……わしの説明を聞いていなかったのか?』
怜人に話を戻され、央香は唖然としていた。
『聞いていましたよ。お祭りに出たいんでしょう? なら、さっさと帰ればいいじゃないですか。それに、どうせ本当は自分の意思で帰れるんでしょう? これ以上央香様にお金を貪れるのはごめんなんです。御託はいいから、早く帰ってください』
『こやつ、快央神社のことは信じる癖に、なぜわしの言うことは信じないのじゃ』
央香が不服そうに眉間をピクピクさせる中、怜人はフッと笑う。
『央香様が日々嘘ばかりつくからでしょうね。オオカミ少年もこんな気持ちだったのかもしれませんよ。勉強になって良かったじゃないですか』
『わしはオオカミ少年ではない! 神じゃ!』
央香は唾を飛ばして主張してきたが、怜人は真顔だった。
『じゃあ神様、口を開けてくださいね』
まずは少量のピーマンと人参を箸でつまみ、怜人は央香の口に近付けた。
『嫌じゃあ! ピーマンと人参は特に嫌いなんじゃ!』
半べそ状態の央香であったが、
『知ってますよ。だからやっているんです』
と言って、怜人は片手で強引に央香の口を開けようとした。
『これは我が埼玉の英雄である幼稚園児も嫌いな食べ物で、某ガン〇ムの主人公も嫌いな食べ物じゃ。わしもそやつらと同じく英雄……ってむぉお!』
妙な講釈を垂れる央香に、怜人は無理やりピーマンと人参を口の中にねじ込んだ。
央香は吐き出そうとしてきたが、怜人が頭と顎を掴んで咀嚼させる。
『ここは埼玉ですが、北本です。央香様は春日部の嵐を呼ぶ幼稚園児ではないし、ジ〇ンの残党兵を追う地球連邦軍の新米パイロットでもありません。まだ何の役にも立っていない、快央神社の神様でしょ』
怜人は呆れたような口調で言い返した。
なお、サラッとアニメネタで話し合っているが、これはもう慣れっこであった。
怜人は父の影響から幼い頃よりアニメや漫画などを好んで鑑賞しており、昔の作品もかなり詳しい。また、央香も神界にいた時から下界の娯楽について見聞きしていたようで、大崎家にやってきてからはアニメを見まくり漫画も読みまくっている。
というより、基本的に央香の一日はメイプルファンタジーをプレイしつつ、空いた時間でアニメや漫画を鑑賞する……であった。
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