返却できないんですって(泣)


 無論、家事を手伝うことは一度もなかった。


 正に怠惰の神様。


『帰る気になりました?』

 涙ながらに飲み込んだ央香を目にしても、怜人は顔色一つ変えなかった。


『じゃ……じゃから……無理ひゃと……もうひて』


『はい、口を開けましょうね』

 怜人はにっこりと笑い、


『この鬼! 悪魔!』

 と叫ぶ央香の口にピーマンと人参を入れた。


 そしてまた、頭と顎を掴んで強制的に咀嚼をさせる。


『神様なら鬼にも悪魔にも勝てますよね? ていうか、マジで帰ってくださいよ』

 怜人は大きな溜め息を吐いた。


『お……お……お前のかーちゃんでーべーそ!』

 飲み込み終わると、央香が泣き顔で言ってきた。


 園児並みの悪口に、怜人は頭をかき半目で央香を睨む。


『……央香様……帰れっ!』

 怜人はきっぱりと言い、央香の口にピーマンと人参を全部入れた。



 一週間前の出来事が、怜人の頭の中で再生された。


 央香は、自分が嫌なことを絶対にやらず、子供っぽく直ぐ逃げがちな性格をしている。


 そんな央香が、大嫌いなピーマンと人参を食べざるを得なかった。


 まぁ、半ば怜人が強制的に食わせた感じになったが、央香は快央神社から来た一応神様である。自分の意思で帰ることができるのであれば、食べることを拒否して逃げ帰ることもできたはずだ。


 ピーマンと人参を回避できるなら、迷わず逃げる。


 央香とは、そういう奴なのである。


 すなわちこれで、【央香の意思で帰ることができない】ということが、央香の言う通り真実だと証明された。


 ……だが……勝手に決められた設定など知ったことか!


「俺もう限界なんです! こんな奴と暮らしたくない! お母さん聞こえていますか? こいつをお返しします!」

 怜人は大声で訴えを続けた。


「怜人。貴様、人間の分際でよくも……」

 央香は怒気を込めて言ってきたが、賽銭箱から光が放たれ言葉が止まった。眩しさから怜人も目を瞑ったが、

「ん?」

 央香が疑問の声を漏らしたので瞼を開けた。


 央香に顔を向ける怜人であったが、央香は怪訝な表情で目線は賽銭箱の上だった。怜人は不思議に思い央香の目線を辿ってみると、そこには小さな木箱があった。


「何これ? お前が出したの?」


「いや、わしではない。というか、木箱を出すことなどできん」

 怜人が聞くが、央香は首を振った。


 光が出たということは、央香、ないしは快央神社で祭られている神様からの合図であることには違いないはず。この木箱は、神様からのメッセージなのかもしれない。と怜人は推察し、木箱に手をつけた。


「あっ……もしかすると、母様からの贈り物かもしれん! わし、帰れるのか!」

 怜人が木箱の蓋を開けたタイミングで、央香がそう言った。


 木箱の中身は折りたたまれた紙、金色の玉、レンズがあり、木くずが緩衝材のように詰まっていた。


「何じゃこの玉は? 怜人のキンタマのスペアか?」


「こんなにでかくないわ」

 金色の玉の大きさは、野球の球より若干小さいくらいだった。


 全く意味がわからないので、怜人はとりあえず木箱に入っている紙を取って読もうとした。


 その途端、

「朗読せよ」

 と言って央香は腕組みをした。


 態度がムカつくなと思ったが、怜人は朗読を始める。


「えー、【ウチのバカ娘が粗相をしているようで、誠に申し訳ございません】」


「おいこらぁ! また暴言を吐きおって!」

 央香が直ぐに割って入ってきたので、朗読が止まった。


「そう書いてあるんだよ」

 怜人が書いてある文章を見せると、


「なっ何でじゃ! 本当に母様なのか?」

 央香は悲痛な面持ちになった。


 手紙を読もうとする央香を振り払い、怜人は目の前に戻した。


「初めから読み直すぞ。【ウチのバカ娘が粗相をしているようで、誠に申し訳ございません。央香がどうしても行きたいと申したので、修行も兼ねることを条件に許可をしましたが、時期早々であったと後悔しております】 ……って、出てくるのがお前って決まっていたのか?」


「そうじゃな」

 さもありなんと返してきた央香に、怜人は顔をしかめる。


「はぁ? お前、出てきた時に『運の良い奴じゃのう』って言ってたろ?」


「そうじゃったか? そんな昔のことは忘れた」

 ボケーッとした顔で央香が言った。


 怜人と央香の初対面の台詞で、まだ一ヶ月も経っていない出来事である。


「お前の海馬は機能しているのか?」

 溜め息まじりに怜人が皮肉を言ったが、

「……ん? どういう意味じゃ? わし、デュエルはやらんぞ」

 アホなので伝わらなかった。


 ……某デュエリストの社長じゃねぇよ。


 怜人を肩を落とし、朗読を再開する。


「続きな。【央香には昔から言い聞かせておりましたが、神気は人の祈りあってこそ、神とて人なしでは存在できないのです。央香は人を敬い、人と共存する意識が欠けています。このままでは後継者として失格です】だってさ。お母さんわかってるなぁ!」


「くっ……そんなバカな! 何かの間違いじゃ!」


「書いてあるよ。ほーれほれ」

 怜人は文章を指でなぞって見せた後、手紙をひらつかせて嘲笑った。


「ううううう!」

 悔しそうな顔をする央香に、怜人は満足げに笑みを浮かべた。


「これは強制送還決定だな。えっと、【つきましては、央香が心を入れ替えるための修行がまだまだ必要です】 うんうん、そうそう! 【本来であれば神界に戻して鍛え直したいところですが、残念ながらそれは不可能なため心苦しい限りでございます】 ……え? これって現状維持ってことか? ちょっと、央香のお母さん!」

 思わぬ展開に怜人が焦りだすと、

「あははは! 残念じゃったな!」

 央香は高笑いをしてきた。

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