央理からの贈り物

 怜人は嘆きの息を漏らしつつも、央香を睨み付ける。


「喜んでるけど、お前自身も早く帰りたいって言っていたよな? 祭りに出られなくてもいいのか?」


「……あ」

 怜人の言葉で我に返ったのか、央香が固まった。


 そう、央香が是が非でも参加したいと言っていた、神界で三月二十日に催されるらしい祭りのことである。


「まぁ、わしは最悪三月二十日までに戻ることができれば良いしな。怜人が好きな女子に告白すれば済む話じゃ……くぁ」


 央香は直ぐに気持ちを切り替えたようで、そう言ってから欠伸をした。


 怜人は軽く舌打ちし、ミスではないかと再確認をしたが、読み上げた通りであった。怜人は落胆したが、文章はまだ半分以上残っているので一縷の望みをかける。


「でも、まだまだ続きがあるからな」


「いや、もうよいわ。母様がそう言うなら、今直ぐ帰るのは無理なんじゃろ。はー、面倒くさいのう」

 央香は賽銭箱からピョンッと地面に着地し、歩き始めた。


「おい、どこへ行く?」


「腹が減ったし、寒いから帰る」

 央香は振り返ってそう言うと、歩を進め怜人の視界から消えていった。


 呆気にとられた怜人であったが、我に返り木箱を持って央香を追った。


「まだ終わっていない! 待て!」

 階段を降りたところで追いつき、怜人が言った。


「断る。母様の話を聞いていたらムカムカしてきたわ。何でわしが人間なんぞを敬わなければならんのだ。わしは神じゃぞ!」

 央香は歩調を緩めず、前を向いたまま言い返してきた。


「お前のお母さんはそういう態度を改めろって言ってんだよ」


「嫌! ぜーったいに嫌じゃ! わしは好きなように生きる。いつだってわしはこうだ。わしはこういう神じゃ!」


「この……クズ神」

 昔流行った大家族の夫みたいな言い訳しやがって、とイラッとした怜人だったが、丁度家に着いたので鍵を開けて入った。


 家の中へ入るなり央香はトイレに向かい、怜人は洗面所で手洗いとうがいをした後、リビングに行った。


 大崎家のリビングは十五畳で、ダイニングキッチンと一体型になっている。ダイニングキッチンの方に、四人掛け用のダイニングテーブルと椅子のセットがあり、リビングの方にはテレビやオーディオ機器、三人掛けと二人掛け用のソファがあった。


 怜人は二人掛け用のソファに座ると、木箱を横に置いて手紙の続きを読み進める。


【引き続き、怜人殿にはご迷惑をおかけするかと存じますが、央香を御する物を同梱しております。操玉は央香最大の弱点を攻撃することができますので、躾けの際には是非ご活用ください。もう一つ、透晶は躾けに使うような物ではないかもしれませんが、央香の状態を見ることができます。神気量も見れるので、補助品としてご利用いただければと思います。また、操玉と透晶は怜人殿しか使えない仕様にいたしましたので、ご安心ください。央香の帰還を望まれているところ大変申し訳ございませんが、召喚者の願いを叶えず帰還させることは掟に反するためできません。央香の愚行、ならびに私の力が至らないこと、重ねてお詫び申し上げます。追伸、央香、あなたのことは全部見ています。怜人殿の願いを叶えることは勿論ですが、使った金銭もしっかり返すように。完済するまではこちらへ帰れないようしているので、気を張って励みなさい。 央理】


 央香の母、央理おうりからの手紙を読み終えると、怜人は小さく息を吐いた。


 央香を返せないことに関しては正直ガッカリしたが、手紙によると何やら対央香に役立つ物を用意してくれているようだ。


 怜人は気を持ち直し、木箱の蓋を開けた。


 金色の玉とレンズを手に取り膝の上に乗せた怜人は、これが手紙に書かれていた【操玉】と【透晶】であろうと判断した。


「さーて、朝はフルグラじゃな」

 軽快な足取りで来た央香に怜人は目を向け、操玉を左手で持ち軽く握ると、

「ひゃい!」

 突然央香が膝を突いた。


 央香の動作にびっくりした怜人であったが、続いて操玉を強く握る。


「あっ! あひゃ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 身体全体が床に倒れ込んだ央香は、なぜか笑い転げていた。


 怜人が操玉を握る力を弱めると、

「な……何じゃ?」

 と言って央香が立ち上がろうとしたので、また強く握る。


「だー、あひゃひゃひゃ! ぎゃーはっはっは!」

 また崩れ落ち、央香はくすぐったそうに喚いていた。


【操玉は央香最大の弱点を攻撃することができます】


 怜人は央理の手紙に書かれていたことを思い出し、操玉を握ることで央香の弱点であるくすぐりができると理解した。


 怜人は握っている力を弱め、央香が立ち上がり何事かとキョロキョロしている様を見つめていた。


 央香との視線が合うと、

「……ふんっ」

 大袈裟に鼻息を出し怜人はニヤッと笑った。


「怜人、まさかお前がやったのか?」

 訝しげな面持ちをした央香に、怜人はゆっくりと頷き操玉を掲げる。


「木箱に入っていた物だよ。お前を御することができるよう、央理様がくれたんだ」


「そのキンタマでか?」


「だから、キンタマじゃない。操玉っていうらしいぞ」

 怜人はそう述べ、相変わらず下品な奴だなと力が抜けた。


「ふーん……って隙ありじゃい!」

 怜人の目線が下にいったからか、央香が飛びかかって操玉を奪おうとしてきたが、

「は? え? なぜ触れん!」

 ご覧の結果となった。

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