無数の十円ハゲ

 そもそも山中の髪を触ったことはないし、髪を切る度胸が怜人にあるわけがない。


 というか、狙って十円ハゲを作れる技量などあるはずもない。


「何のことって……大崎君のせいで私の髪がこんなことになってるんでしょうが!」


「俺は山中さんと一切接触をしていませんよ。髪をどうやって切ったというんですか? というか、そんな風に一部だけを刈り取るようなことを俺ができるとでも? ただのストレスなのでは? すみませんが、話が全く見えません」

 完全な言い掛かりなので、怜人は強気な態度で反論した。


「ストレスなんかなかったわよ! 嘘を言わないで! 大崎君の従妹が夢に出てきてからこうなったんだよ! あんたが私に呪いをかけたんでしょ!」


 呪いとか……気でも触れたのか?

 と怜人は思ったが、央香が出てきたことが引っ掛かった。


「俺の従妹? 央香のことですか? 央香が夢に出てきて何かしたんですか?」


「そうよ。あのクソ女が夢に出てきて、『わしは絶対にお前を許さない。髪の毛をむしっていく呪いをかけた』って言ってきたのよ! だから、毎日髪の毛がむしられていくの! どうしたらいいのよ! 振られたからって逆恨みしないでよ!」

 山中は般若のような顔になって怒鳴ってきた。


 やはり言い掛かりであり、普通なら妄言だろうと判断するだろうが、

『わしは絶対にお前を許さない』

 という台詞が怜人は気になった。


 山中と央香は大宮の百貨店で会っているが、その時央香は自分のことを【わし】とは言っていなかったはずである。


 もしかして、本当に央香が関係しているのか?

 と思ったものの確証がないので、家でじっくり考え直そうと怜人は歩き始める。


「ちょっと、話はまだ終わってないわよ! 待ちなさい!」

 山中が声を荒げた。


「俺は話しかけちゃいけなかったんですよね?」

 怜人は一旦止まり感情のない視線で刺すと、

「じゃ」

 と言って屋上から出ていった。


「なっ……」

 その際、山中は言葉にならない声を発したが、どうでもよかったので直ぐに払拭し

た。


 怜人にとって、この女は既にいない者として認識されていた。


 この日はアルバイトがないのでそのまま帰宅した怜人だったが、一人でいる家だと何だか落ち着かないので快央神社で考えることにした。


 日が落ちた拝殿の前、怜人は沈潜する。


『髪の毛をむしっていく呪いをかけた』

 髪の毛を切るとかではなく、むしるというのが何となく央香っぽい。


『毎日髪の毛がむしられていくの!』

 そしてこの言葉は山中の主張なので信憑性はないし、告白して以降怜人は山中を直視していなかったので、髪の毛がむしられているなんて気付かなかった。


 実際、山中はカツラで隠していたしな。


 だけども、山中の頭部には十円ハゲが沢山あった。これは事実で怜人も見ている。


 山中の話が真実だと仮定した場合、山中が自分であのような姿にしたわけではなく、誰かにむしられたということになる。


 髪の毛をむしったのが央香の呪いとは他の人なら笑い飛ばすだろうが、あいにくながら怜人は本物の神様を降臨させ、一緒に暮らしていたという経験があった。


 央香は神様であり、神気で人を攻撃できるとも言っていた。


 神気を使い、山中の髪の毛を削ぐことは造作もないであろう。


『神気を使って人間を攻撃をすることは、神界において禁忌とされておる』


 怜人は央香の言葉を思い返した直後、

【諸事情で帰ることになった 央香】

 と書かれた紙が脳裏をかすめた。


「……央香……本当にお前がやったのか?」

 点と点が繋がり、怜人は言葉を漏らした。


 だが、なぜやったんだ?

 と疑問を感じる怜人だったが、一瞬にして答えに辿り着いた。


 央香がいなくなったのは、怜人が山中に惨敗したことを打ち明けた翌日である。


「……まさか……俺のために……か?」

 怜人は独りでに言い、大きく目を開いた。


 俺のために、禁忌を犯したのか?


 だから、神界に帰ることになってしまったのか?


「……何やってんだよ……央香……おかしいだろ」

 怜人はそう呟き、拳を思いっきり握った。



 色々な感情が怜人に襲い掛かってきたが、一番は焦燥感だった。


 央香がやったことを自分がどうにかしなきゃ。


 その気持ちしかなかった。


 怜人は快央神社を後にし、いつもお世話になっている近所の理髪店に向かった。


 店へ入るなり、怜人は丸刈りにしてくれと店主に言った。


 今まで怜人が丸刈りにしたことはなかったからか、店主は何回も本気なのかと確認をしてきたが、怜人の決意は揺らがなかった。


 バリカンで髪の毛を刈り始められてから三十分ほど、五分刈りになった怜人が鏡に映った。


 怜人は店主に礼を述べて代金を支払い、早々に家へ戻ると二十万円が入った封筒を持って快央神社へと走った。

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