ポッカリと開いた穴


 けれども、沙織が帰った途端に生気が失っていく。


『央香なら、その内帰ってくるから平気だよ』


 どの口が言ったんだ?


 怜人は自虐的に笑った。


 月曜日の朝。


 気が滅入りすぎて、何もする気が起きなかった。


 参拝は欠かさなかったものの、この状態で地獄のような学校に行くのかと考えると、怜人の身体は動かなかった。


 結局、学校は休むことにし、怜人はソファに座ったままぼんやりとしていた。


 そのまま時が過ぎ、午後一時になった頃だろうか、テレビに接続している外付けHDDが動き出し録画を始めた。


 ……録画予約はしていないはずだが?

 と不思議に思い、怜人は番組表を確認すべくリモコンでテレビをつけると、番組表を見るまでもなく理由がわかった。


 録画しているのは今テレビに映っている番組、【ラセンの花】だった。


 そう、央香がハマっている昼ドラである。


 怜人はどんなものかと見ていたが、登場人物や相関図がわからないので話が全く頭に入ってこない。ならば、暇だし最初から見てみるかと録画リストを確認するが、【ラセンの花】は録画リストにはなかった。


 ……ん?


 怜人は妙だなと感じた。


 録画リストに【ラセンの花】がないということは、央香がリアルタイムで見ていた、もしくは録画したけれど消去済みであることに他ならない。


 怜人は【ラセンの花】の予約状況を改めて確認したが、予約されているのは本日の分だけだった。


 これは……妙である。


 平日の午後一時が【ラセンの花】の放送日。


 となると、明日も当然放送するわけだが、録画予約がされてはいないのである。


 それに、曜日ごとの自動予約も設定していない。央香はアホだが割りと電子機器には強く、こういうのは簡単に覚えるので使うはずなのだ。


 けれども、央香は本日の分だけを予約した。


【諸事情で帰ることになった 央香】


 央香は確かにいなくなったし、神界へ帰ったのかもしれない。


 だがしかし、この痕跡から推測するに……。


 央香は、こっちに戻ってくるつもりなのだろう。


 早ければ明日。でなければ、本日の分しか予約していない理由がわからない。


 怜人はそう思い込んだ。


 央香が単に本日の分を絶対に見たかったから、念のために予約をした。近所の子供と遊ぶ約束していたから、予約をした。否定的な考えも浮かんだが、怜人はそれらを受け付けず頭から消し去った。


 事実、操玉や透晶などは手元に残ったままだった。央香が本当に神界へ帰り、こっちへ戻ってくるつもりがないのであれば、これらも消えるはずである。


 ……央香は……戻ってくる!


 ようやく暗い闇に明かりが一つ灯った。


 怜人は【ラセンの花】を自動予約設定にしておき、央香のタブレットPCでメイプルファンタジーの無料のガチャガチャを回しておき、イベントの周回プレイもやっておいた。


 怜人はこの日アルバイトへ行き、央香が体調を崩したのでしばらく休むかもしれないと店長に言った。


 次の日は学校にも行った。


 央香がいつ戻ってきてもいいように、戻ってきても笑われないように頑張ることにした。


 悲しいけれど、絶対に泣かないと決めた。


 泣いたら、央香が神界へ帰ったことを認めるような気がして、そうなったらもう戻ってこないと怜人は思ったのだ。


 嫌な学校生活も無心で耐え、沙織には明るく振る舞い、アルバイトも精力的にこなす。いつもの参拝では、央香が戻ってきてくれとだけ願っていた。



 だけど、央香は戻ってこなかった。



 空虚のような生活が二週間過ぎた。


 七時限目の授業が終わり、早々に帰宅するべく怜人は教室を出ようとしたが、突然山中に呼び止められ、ついて来いと言われた。


 今となっては顔や姿が視界に入るのも嫌だし、近くで息も吸いたくない相手である。

 とはいえ、クラス内で蹂躙されている怜人に拒否権などはないので、仕方なく山中と一緒に屋上へ行くことにした。


「大崎君。そろそろ許してくれないかな? 君のせいだよね?」

 着いた矢先、山中は唐突にそう言ってきた。


 何のことだか皆目見がつかない怜人は顔をしかめるが、山中の顔はもっと苦々しかった。


「とぼけないでよ! 私の髪だよ! あんたがこうしたんでしょ!」

 山中は怒号を放ち、自分の髪を指さすと、被っていたのであろうカツラを取った。


 怜人が知っている山中は黒髪セミロングだったが、今の山中の頭には至る所に十円ハゲができていた。


 あまりの悲惨な姿に、思わず怜人は吹き出しそうになってしまった。


「……何のことですか?」

 怜人は表情を引き締めなおし、怜人は言った。

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