突然の出来事
トイレなどで一時的に布団からいないこともあったが、布団は常に出しっぱなしで央香が自ら片すようなことはなかった。
「央香! トイレか?」
怜人は一階のトイレの前で声を上げ、ドアをノックした。
が……返事がない。
怜人はトイレのドアを開けて確認したが、中には誰もいない。
続いて、脱衣所、風呂場、リビング、二階のトイレなど家中を探したが、央香はどこにもいなかった。
爽やかな目覚めだったのに、怜人の額に嫌な汗が滲む。
もしかして、出掛けたのか?
央香が一人で出掛けることはあまりないが、近くのコンビニエンスストアには一人で行くこともあった。
そこかもしれない……いや……そこであってくれ。
怜人は着の身着のまま家を出て、玄関の鍵をかけるとコンビニエンスストアへと向かった。
全力疾走すること三分。
コンビニエンスストアには到着したが、央香はいなかった。
怜人は暫し両膝に手をついて呼吸を整え、帰路に戻る。道中、央香が近所の子供達と遊んでいた公園にも寄ってみたが、央香はいなかった。
この時、怜人は央香が自発的にいなくなったというよりは、一人で外に出て誰かに誘拐されたのではないかと思い始めていた。
家に戻った怜人は、警察に連絡しようと携帯電話を取りに行ったが、液晶画面に沙織からのメッセージが表示されていたのを見てハッとした。
怜人は沙織なら何か知っているかもしれないと思い直し電話をするが、沙織も央香がいないことは初耳だったようで、居場所はわからないと言った。
「怜兄。快央神社には行ってみた?」
「……あ」
完全に失念していた。
沙織に礼を言い、怜人は再び家を出た。
快央神社への階段を急いで上がり、境内へと入る。
怜人は呼吸を乱しながらも、境内の中を探し回った。
何度も何度も、隈なく探した。
しかしながら、央香はいなかった。
怜人は拝殿の前に立ち、空を見上げる。
央香……どこに行ったんだ?
それともやはり誘拐されたのか?
そう心の中で呟き、怜人は俯いた。
瞬間、視界に何かが映った。
怜人は顔を上げて確認をすると、それは賽銭箱の上に置かれていた一枚の紙と封筒であった。
紙を手にし、怜人は書かれている文字に目を通す。
【諸事情で帰ることになった 央香】
怜人は唖然としたが、封筒に何か他のことが書いてあるかもしれないと思い、封筒の中身をチェックした。
封筒の中身はお金で、一万円札が二十枚入っていた。
二十万円。
央香の負債額分だった。
諸事情って何だよ?
俺の想いが成就するまでは帰れなかったんじゃなかったのか?
……央香……お前……本当に帰ったのか?
……何で?
「怜兄! 央香ちゃんは見つかった?」
怜人が打ちひしがれている中、後方から沙織の声が聞こえた。
怜人は返事をせずに前をぼんやり見ていると、沙織が怜人の横にくる。
沙織は怜人の顔を覗き込むようにしてきたが、
「怜に……え? ……央香ちゃん……帰ったの?」
紙に気付いたらしく沙織は驚愕していた。
「そうらしい」
怜人は呟くように答えた。
「何で? 諸事情って何?」
「……わからない」
再び気のない返答をする怜人であったが、本当にそのままの気持ちだった。
・怜人の想いが成就すること。
・負債額を央香自身が返しきること。
これが央香の帰還条件だったはずだ。
にも関わらず、なぜ?
祭りに出たくて、央理に負債額を立て替えてもらったのか?
いやしかし、であれば【祭りに参加してくる】と央香なら書く。もしくは、怜人にそう言っていなくなるはずだ。
「……わからない……わからないよ」
怜人は口を震わせながら言った。
「怜兄……大丈夫?」
沙織が心配そうに言ってきた。
怜人はそこで我に返り、動揺した姿を見せたら余計に沙織が不安がると思い、息を吐いてから気を振り絞った。
「う……うん。大丈夫だよ。でも、突然のことだったので驚いているかな。理由は家に帰ってゆっくり考えることにするよ。だから気にしないで、また連絡するからさ」
「あ、うん。わかった」
「じゃあね」
気丈に振る舞うのは一分が限界だったので、怜人はこれ以上沙織に気を使わせまいと、足早に快央神社から去った。
しかし、去ったはいいが待っていたのは静まり返った家だった。
誰もいない……央香がもういない家だった。
央香がいなくなったという事実を受け止めきれず、怜人はただ悄然とした。
その日は何も食べず水だけで過ごし、寝ようにも寝つけなかった。
日曜日。
央香がいなくなってから一日が経過したが、未だに現実感がなかった。
恒例の参拝も何を祈れば良いのかわからず、怜人は黙祷するだけだった。
昼頃、沙織が食事を作りに来てくれたが何の味も感じなかった。悲嘆に暮れる怜人であったが、央香が帰ったことが沙織も相当ショックだったらしく、口数は少なく笑顔はなかった。
沙織がいる前では、
「央香なら、その内帰ってくるから平気だよ。だから、そんな顔しないで……ね?」
と、怜人は気を張って沙織を励ました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます