何か見たことがあるのが出てきた


 拝殿の前で呼吸を整え終えると、怜人は真剣な顔つきになった。


「央理様、どうか聞いてください」

 怜人は深々と一礼し、語り始める。


「央香が神気を使って山中さんの髪の毛をむしったことは、いけないことだとわかっています。これは現実世界でもそうです。どんな理由があろうと、人を傷つけることは罪となります。ですから、央香がやったことの是非を問うつもりはありません。しかし、央香が罰せられるのであれば私にもそうしてください。今回の件は央香が自分本意でやったわけじゃなく、私のためにやったはずなんです!」

 怜人はここまで言うと、真っすぐに姿勢を正した。


「山中さんの髪の毛を奪った分として、自分もケジメをつけようと丸刈りにしてきましたが、これではまだ足りないでしょう? 央香と一緒に罰を受けさせてください!」

 そう、怜人は願いを込めて頭を下げた。


 数十秒その体勢だったが、何の反応もないので怜人はゆっくりと顔を上げた。


 暗闇と静寂に包まれている快央神社の境内。


 怜人の表情が、徐々に歪んでいく。


「央香……お前は本当にバカだな」

 思うわけでもなく、怜人の口から勝手に出た。


 出てしまったら……もう止まらなかった。


「いつも好き勝手やって、迷惑かけるのがお前だろ! 何恰好つけてんだよ! 俺はこんなことなんか望んでいないぞ! 聞いているのか! 央香! このバカ……バカが!」

 怜人は思いの丈をぶちまけた。


 その際、封筒を握り締めたのでグシャッという音がし、怜人はそちらに目を向ける。


「こんなもので借金がチャラになると思うなよ」

 そう、怜人は賽銭箱に二十万円が入った封筒を入れると、

「しっかり働いて、節制して、計画的にお金を返すんだよ。バイトだって休職扱いなんだからな。辞めさせないぞ!」

 と続けて声を上げた。


「生活態度だってそうだ! 夜遅くまで起きてゲームをしているし、苦手な野菜だってまだ克服できていないだろうが! 神様なのにピーマンと人参が食えないとかあり得ないだろ……」

 ここで、一旦息が切れた怜人であったが、構わず続ける。


「お前なんかな……神様としてまだまだなんだよ。こっちで修行することが山ほど残っているんだ。それに……俺はまだ恋人ができていないぞ! お前は恋愛成就の神様だろうが! 俺の望みを叶えないまま帰るのか? 神様ならちゃんと最後まで責任を持って対応しろよ! このまま戻ってこないなんて許さないからな! 許さない……」

 叫んでいる最中、泣きそうになってしまい怜人は下唇を噛んで堪えた。


 大きく息を吐き、怜人は顔を上げる。


「戻ってこい! 央香! 戻ってこい! 央香ぁああ!」

 怜人は全身全霊を込め、快央神社に訴え掛けた。



 ……されど……快央神社からは何の反応もない。



「……頼むよ」

 怜人はそう呟きながらしゃがみこむ。


 我慢を重ねていたが、遂に涙腺が決壊した。


 肩で息をする怜人から、とめどなく涙が零れ落ちる。


 怜人は目をつぶり、何度も手で目を拭うが止まらなかった。


 もう一度怜人は目をギュッとつぶり、両手で顔を覆う。深呼吸を繰り返し涙を止めようと試みるも、やはり止まらない。


 ……ダメか。


 怜人は諦めて目を開くが、その瞬間に涙がピタリと止まった。


 なぜなら、見たことがある光景が目に入ったからである。


 そう、賽銭箱の上には、なぜかメイプルファンタジーのガチャ画面が浮かんでおり、ハンドル部分が出ており淡く光っていた。


 ただ、上に表示されていた文字がメイプルファンタジーでは【まわしてね】だったが、【まわしますか? はい いいえ】となっており、ハンドル部分を回そうとしても感触がなかった。


 これは、【はい】か【いいえ】を選ばないと、回せない仕組みなのかもしれない。

 と怜人は思い、【はい】のところを指でさした。


【やり直しはできませんがよろしいですか? はい いいえ】

 今度は別の文字が表示されたが、怜人は【はい】を選択した。


【返神はできませんがよろしいですか? はい いいえ】

 返神って単語を初めて見たと思いつつ、怜人は【はい】を指した。


【クレームは受け付けませんがよろしいですか? はい いいえ】

 用心深いなと眉を寄せるが、怜人は【はい】を選んだ。


【本当によろしいですか? はい いいえ】

 怜人は【はい】を指した。


【本当の本当によろしいですか? はい いいえ】

 間を置かず、怜人はまた【はい】を指した。


【本当の本当の本当ですね? はい いいえ】


 確認がしつこい!

 と、怜人は眉間に力を入れ溜め息を吐く。もういい加減に確認はやめろよと思いながら【はい】を選択したところ、今度は何か変なのが表示される。


【むむっ! くー! これはいいんですか? いいんです!】


「選択肢ないじゃん。ていうか、これって某スポーツキャスターの台詞だよな?」

 怜人がそう言うと、

【大当たりぃ! もう一回遊べるドン!】

 という表示が浮き出てきた。


「遊んでないわ! やらせる気ある?」

 怜人はイラッときて思わず語気を荒げたが、

【やらせる気は、ありまぁす】

 更にイラッときた。


「腹立つなぁ。おい、やってるの央香だろ? わかってるぞ」

 怜人は文句を言ったが、少しだけ口元が緩んだ。


【まわしますか? はい いいえ】


 再び、この表示。


 ループしそうだなと怜人は思ったが、【はい】をしっかりと選んだ。


 文字の表示が消え、ガチャのハンドル部分が点滅し出す。怜人が恐る恐るハンドル部分に手を伸ばすと、確かな感触があった。

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