第三章

昼ドラを見ている央香様


 木曜日。


 この日はアルバイトのシフトが入っていない日である。


 放課後、怜人は校内の図書室で勉強をし、午後五時過ぎに学校を出た。


 怜人の学校から最寄り駅である大宮駅までは徒歩二十分、そこから電車に乗って北本駅まで二十分、北本駅から自転車に乗って家まで十五分、片道大体一時間くらいを要する。


 怜人が北本駅に着いたのは、丁度午後六時だった。


 駅前の弁当屋で唐揚げ弁当を二つ買い、怜人は自分の自転車をとめている有料駐輪場に向かう。駐輪場に入り自転車に付けている鍵をあけると、前のカゴに弁当が入っているレジ袋を置き、学校鞄を肩にかけてから自転車を漕ぎ出した。


 真冬の凍てつく寒さの中で自転車を乗るのはかなり堪えるが、五分くらいで概ね身体が温まってくる。帰宅する頃には、ほとんど寒さを感じなかった。


 怜人は家の敷地に入り、とめた自転車に鍵をかける。大きく息を吐き、白い息が夜と同化する様を見つつ、玄関のドアノブに鍵を差し込んで回した。


 ガチャリ。


 という音と共に玄関のドアが解錠され、


「ただいまー」

 怜人は家の中へ入った。


 そしてその直後、怜人は異変に気付いた。

 家の中が完全な真っ暗闇で、玄関の照明をつけようとスイッチを押しても感触があるだけで反応がない。


 そう、家の中の電気がついていないし、つかないのである。


「おーい! 央香? いないのか?」

 怜人は呼びかけたが、央香からの返事がない。


 暗闇と静寂に不安を感じ始めた怜人であったが、聞き覚えがある音楽が鳴り始めると、事の次第を察し大きな息を吐いた。


「パターン青です」

 凛とした央香の声。


「央香ちゃん! 準備はいい?」

 成人状態の央香の声。


「勿論じゃあ!」

 普段の央香の声。


「発射!」

 という成人央香の言葉と共に、家の中が眩い光に包まれる。


 央香はうつ伏せの状態で大きな銃を握っており、銃口から凄まじい光線が怜人に放たれた。


「やったか?」


「はい! ムッツリスケベエルの撃破を確認! 反応ありません」

 光線が消えると、央香は声色を変えて一人芝居を続けた。銃はなくなっており、央香の身体全体が淡く光っている。


「おい、誰がムッツリスケベだ」

 怜人はそう言い、央香をジロリと睨む。


「怜人の部屋にある鍵付きの引き出しに、エロ本が入っているではないか」


「お前、何で知ってんだ?」


「神は全てを見通せるのじゃ!」

 央香は立ち上がって胸を張ると、高笑いをした。


 ムカッときたので、怜人はポケットから操玉を取り出して思いっきり握る。


「ぶはっ! あははははは! やめてぇ! ぎゃははは! 言うから! 言うからぁ!」

 央香は転げ回りながらも、手を震わせて懇願してきた。


「何で鍵付きの引き出しを開けたのかな?」

 操玉をポケットに入れ、怜人は刺すような視線を央香に向けた。


「最近怜人が金をくれないから、金目の物がないか家中を探していたのじゃ」

 とんでもない理由で、やっていることが泥棒である。


「それで……神気を使って鍵を開けたのか?」

 怜人の眉間にしわが寄った。


「や、最近ピッキングとやらを覚えたのじゃ。針金があれば開けられる」


「この泥棒!」

 平然と答える央香に、怜人は怒りの叫び声であった。


「泥棒ではないわ! この家の物しかやっておらん! セーフじゃろ?」


「アウトに決まってんだろ」

 怜人が再び操玉を握ろうとして凄むと、

「すいやせん! 完全にタッチが先でした! リクエスト失敗です!」

 央香はすぐさま土下座をしてきた。


「で? さっきのは何?」

 小さく息を吐き、怜人は央香と目線を合わせた。


「あのロボットアニメごっこをしてたんじゃ。リアリティを出すために家の電気は落としておる」

 央香は得意げな顔で言ってきた。


 予想を裏切らないアホな行動に、怜人は嘆息する。


「さっさとブレーカーを上げてこい。バカホタル」


「バカホタルじゃと? ホタルとかいう虫けらとわしを一緒にするでないわ!」


「央香は光ることしか能がないじゃん。まぁ、ホタルの方が百倍可愛いし、お前なんかと一緒にされたらかわいそうか」

 怒りで頬を膨らませている央香に対し、怜人は冷たく笑った。


「きっ、貴様ぁ!」


「いいから、早く行け」

 怜人が操玉をスッと前に出すと、

「へい! かしこまりました!」

 央香は腰を低くして言い、奥へと向かっていった。


 数十秒後、玄関の照明がついた。


 怜人は靴を脱ぐと洗面所へ行き、手洗いとうがいをする。


「晩飯は何じゃ?」

 最中、央香が後ろから聞いてきた。


「唐揚げ弁当」


「んもう、怜人さんったらまた油物? 私、五百五十三歳なのよ。私のことも考えてお弁当を選んで欲しいわね」

 央香は変な声色で言った。


「何それ?」

 怜人はタオルで手を拭きながら、軽く笑った。


「昼ドラの【ラセンの花】で姑が言っておった、その真似じゃ」

 央香はふんっと息を出した。


「昼ドラを見てんのか?」


「うむ。あれは良いぞ。愛憎、強欲、人間の愚かな業が良くわかるものじゃ」


「嫌な見方してるなぁ」

 怜人は苦笑し、央香の頭に手を乗せた。


 怜人と央香は一緒にリビングへと行き、電子レンジで温め直した弁当を食べる。三十分ほどで食べ終え、一服しようと怜人は緑茶を淹れた。


 そろそろ風呂に入る頃合いだが、その前に怜人は央香にある話をしようと思い、まずは透晶で状態を確認する。


 体調:良

 機嫌:普

 神気量:六百五十/八百二十

 負債額:十八万五千円


 神気量の上限と負債額が増えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る