沙織は央香が大好き


 怜人は自宅へ入ろうとドアノブを回したが、鍵がかかっていることに気付く。ここで、央香に鍵を渡していたことを思い出した。


「おーい! 央香! 開けてくれ!」

 玄関のドアを叩き、怜人は大声で央香を呼んだ。


「何者じゃ?」

 数秒後、ドア越しに央香がそう言ってきた。


「俺だよ俺。さっさと開けろ」


「これがオレオレ詐欺か」


「ドア越しでどうやって詐欺をするんだよ!」

 怜人はツッコミと同時にドアを叩いた。


「怜人という名のムッツリスケベに開けるなと言われておる」


「誰がムッツリスケベだと? 操玉を使うぞ!」

 ムカついたので、怜人は操玉をポケットから取り出した。


「キンタマを使ったら開けぬぞ!」

 央香が焦ったような感じで言ってきたが、


「操玉のことがわかるなら、もう俺だってわかってるよな?」

 怜人は溜め息まじりに言い返した。


 その後、両者暫し沈黙していたが、

「合言葉は?」

 と央香が言ってきた。


「合言葉? そんなの決めてないだろ」

 怜人は眉間にしわを寄せた。


「それではいくぞ」

 央香は怜人の返答を無視し、勝手に始める。


「わしの好きな食べ物」


「トマトと甘味」


「わしのスリーサイズは?」


「どっちのよ? 本来の姿の方か? つってもどっちも知らんがな」


「沙織のスリーサイズを知りたいか?」


「……は……そ……そういうのは聞いてはいけませんっ!」


 最後の問いにはいと答えそうになるも、怜人は唾を飛ばした。


 すると、玄関のドアが開く。


「うむ! お前は怜人じゃな! ムッツリスケベじゃからな!」

 ドアを開けた央香は、嬉しそうに手招きをしてきた。


「だからムッツリスケベじゃねぇっての。てか、合言葉でもなんでもないじゃん」

 家の中へ入った怜人はそう呟き、深く息を吐いた。



 大崎家の風呂場。


 沙織は央香を前に座らせ、シャンプーハットをつけてから髪を洗い始めた。


「おー気持ちいい。さすが沙織じゃな」


「ははー。光栄でございます」


「怜人にもやってあげたらどうじゃ? 喜ぶと思うぞ」


 央香に突然そう提案され、

「恥ずかしいよ!」

 沙織は手を止めて言い返した。


「沙織。お前怜人が好きなんじゃろ? あいつは好きな奴が他におるぞ。このまま指をくわえて見ているだけで良いのか?」


「うっ!」

 央香に図星を突かれ、沙織は言葉を失った。


 央香がやってきた頃、最初は従妹だと怜人に言われたが、怜人の親戚関係はほぼ知っているので、従妹ということを沙織はあまり信じていなかった。


 そして幾日か経ち、央香と仲良くなってきた沙織は、実は怜人が召喚した快央神社の神様だということを央香から聞いた。


 快央神社で謎の発光現象が起きていたことは怜人に何度も聞かされており、直接目にすることはできなかったものの、沙織は怜人が嘘を言っているとは思えなかった。


 発光現象の正体が央香だと知り、怜人から央香が本当に神様であることの言質も取れた。


 しかも、恋愛成就の神様とのこと。


 幼少時から怜人に恋慕している自分にとって、この上ない好機だと沙織は思った。


 沙織は央香が神様だと信じ、快央神社へ毎日参拝するようになった。また、央香には料理を振る舞ったり怜人のことを相談したりと、どんどん仲も良くなっていった。


「そのおっぱいで誘惑すれば、あいつなら簡単に落ちるぞ」


「怜兄はそんな人じゃないよ!」

 央香は可愛いし大好きだが、セクハラには困る沙織であった。


「いや、男はおっぱいの前では無力なんじゃよ」

 央香がそう呟き、沙織は苦笑した。


 言葉のやり取りが止まり、沙織は央香の後ろ髪を丁寧に洗う。


「央香ちゃん」

 沙織がそっと声をかけると、

「んー?」

 央香が生返事をしてきた。


「怜兄に黙っていてくれてありがとうね」

 沙織は心を込めて言った。


 怜人に返してもらった一万円は、央香が撮ってきた怜人の写真に対する対価だったのだ。


「ふん……沙織はわしの信者だからな。それに、金になるから沙織との取引はやめたくない」

 照れながら言う央香であったが、その仕草も可愛いと沙織は感じた。


「結局、お金は私に戻ってきちゃったけどね」


「怜人から直接もらうのは最近厳しいんじゃ」


「あんまり怜兄を困らせちゃダメだよ」

 央香の頭頂部をモミモミし、沙織は窘めるように言った。


「まぁ、考えておいてやるわ。それより新作が入ったぞ。怜人の寝顔二十枚セットじゃ」


「え? 欲しい! 絶対欲しい!」

 沙織はまた手を止め、食い気味に言った。


「一枚五百円じゃから、一万円じゃな」


「払ってもいいけど、怜兄って律義だから多分また私に戻ってくるよ?」

 沙織が懸念を口にしたが、

「わしが金を使えればどうでもよいのじゃ」

 央香は全然気にしていない様子だった。


「何か、怜兄だけが損をする三角貿易みたいだなぁ」

 怜人に同情し、沙織は独りでに言った。


「サンカクボー駅って何じゃ? サクランボと関係がある駅なのか?」

 呆気らかんとして聞いてくる央香に、

「プッ、違うよ」

 沙織は笑った。


 央香は可愛いのでいるだけで癒されるが、それだけではなく沙織が怜人と過ごす時間を増やしてくれる存在でもある。


 本当にありがたく、沙織は央香に深く感謝しているのであった。

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