砂遊びでご満悦の央香(神)
沙織の言葉に力が抜けた怜人であったが、この時、そもそも沙織へ会いに行った理由、央香が使ったお金を返すことを思い出した。
怜人はポケットから財布を出し、一万円札を取って沙織に渡す。
「許せちゃうからって、あいつにお金をあげなくていいからね」
「……え? 何これ?」
怜人から受け取った一万円札を手にし、沙織は目をぱちくりさせていた。
「央香に無理を言われてあげたんでしょ? ごめんね」
「いやいや平気だよ。央香ちゃんにはちゃんともらったし、そういう約束だったから!」
謝る怜人に対し、沙織は首を振って一万円札を返そうとしてきた。
「何をもらったの?」
「え? ……あ? その……えーっと……」
軽い感じで怜人は聞いたが、沙織は頬を赤く染め言い淀んだ。
沙織の反応から、央香のセクハラまがいな要求に耐え兼ね、やむなくお金を渡してしまったんだな。と怜人は推察した。
「無理して言わなくていいから返させてよ。どうせ央香のせいなんだから気にしないで」
「あ……うん」
怜人が沙織のダッフルコートのポケットに一万円札を入れると、沙織は困惑しつつも頷いた。
「じゃ、じゃあさ。何かお返しをさせて。怜兄達、夕飯は何食べるのか決まってる? 決まってないなら作らせてよ!」
沙織は怜人に身体を寄せ、力強く言ってきた。
「央香にピーマンを食わせることは決まってるかな。でも、お返しなんていいよ。悪いのは央香なんだからさ」
「いいっていいって、やらせてよ! 央香ちゃんが来てから、怜兄全然ご飯食べに来ないでしょ。お母さんが心配しているんだよ」
「親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ? 沙織ちゃんや駿太だけならまだしも、おばさんとおじさんの前にあんな無礼な奴を連れて行ったら、大崎家と松永家の関係が崩壊するわ」
怜人は自嘲的に笑った。
事実、央香が来てから松永家で食事をすることはなく、その代わりに沙織が週に一、二回ほど食事を作りに来てくれるようになった。
「可愛いから大丈夫だと思うけどなぁ」
「そう思っているの、沙織ちゃんだけだよ」
杞憂とでも言いたげな沙織に、怜人は真顔で否定した。
「とりあえず、夕飯は私が作りに行っていいよね? 央香ちゃんにピーマンを食べさせたいなら青椒肉絲とかどうかな? 怜兄も好きでしょ?」
「作ってくれるのは凄く助かるけど、本当にいいの?」
沙織の好意がありがたいと感じた怜人だったが、央香のせいでお金を取られたのに、夕食までご馳走になるのは気が引けた。
「勿論! あと、勉強も見て欲しいんだよね。だから、気にしなくていいよ」
怜人が遠慮をしていることに勘付いたのか、沙織はそう言って微笑んだ。
「そういうことなら、お言葉に甘えようかな」
怜人は表情を和らげ、沙織に顔を向けた。
怜人の回答に沙織は小さくガッツポーズをしたので、その様が可愛らしく怜人は自然と笑みを浮かべた。
冬は夜の訪れが早く、午後五時近くになると暗くなり始める。
砂場で遊んでいた子供の母親であろう人達が迎えに来て、子供達は帰っていった。
同時に、央香もこっちへ戻ってくる。
「わしが作った砂団子の方が綺麗だったが、あの童共も筋が良かったな」
両手を泥だらけにし、央香は凄く満足そうだった。
「心から楽しんだようで何よりです、央香様」
砂場ではしゃいできた五百五十三歳に、怜人は無機質な口調となった。
「央香ちゃん、今日は私がご飯を作るからね」
「おー、それはありがたい。靖子の作り置きもなくなってきているし、怜人はレトルトしか作れん無能じゃからのう」
央香は嬉しそうに沙織に言ったが、言葉の最後で怜人を蔑視してきた。
ちなみに、
「それならお前が作れよ」
「わし、料理をしたことがないから無理じゃ。それに、面倒くさそうだからやりたくない」
「……何じゃこいつ」
あまりにも清々しいクズっぷりな央香の発言に、怜人は顔をしかめた。
「沙織、わしと風呂に入れ。お前に髪を洗ってもらうのが好きなんじゃ」
「ははー。かしこまりました」
央香の要求に、沙織は仰々しくお辞儀をした。
「図々しい奴だな」
怜人が舌打ちをすると、央香は怜人に目を向け口角を上げる。
「沙織の生乳が見れるのが羨ましいんじゃろ? 良い形の乳房でのう……」
「央香ちゃん!」
沙織が咄嗟に声を上げた。
「セクハラしてないで、早く手を洗ってこい」
怜人は溜め息を吐き、園内にある水道を指さした。
央香が手洗いを済ませ、怜人達は散歩を再開する。
大崎家が見えてきた頃には辺りは真っ暗になっており、寒さも増していた。
「怜人、鍵をよこせ。わしが風呂をわかしておく」
「ん。誰か来ても勝手に開けるなよ」
怜人は央香に鍵を渡してから釘を刺した。
「わしを子供扱いするでないわ!」
央香は唾を飛ばして言い、鍵を受け取ると去っていった。
あれだけ砂場で遊んでいた奴は、どう見ても子供だろうよ。
と、怜人は大袈裟に鼻から息を出した。
怜人と沙織は松永家の敷地に入り、バロンのリードを外し犬小屋へとワイヤーを取りつける。最中、バロンが怜人にじゃれてきたので喜んで付き合う。
「怜兄はバロンが好きだねぇ」
怜人から道具一式を受け取りつつ、沙織はにこにこしていた。
「だって世界一可愛いんだもん」
「央香ちゃんも可愛いよ?」
「あいつは全然可愛くない。世界一ウザいだけ」
怜人はバロンに顔を埋め、そう言った。
沙織は仕方なさそうに笑った後、
「じゃあ、材料とか準備したら行くね」
と言って家の中へ入っていった。
バロンを何度か撫でてから一つ息を吐き、怜人は自宅へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます