可愛いは正義らしい


 央香は息を切らしながら立ち上がり、怜人の側に寄ってくる。


「犬畜生の分際で、神の顔を舐め回しおって……」


「俺のズボンで拭くな」

 怜人はズボンに顔を擦りつけてきた央香を引き剥がすと、コートに付いてしまった土を払ってあげた。


「沙織ちゃん、俺にリードを持たせてくれない?」

 沙織がバロンの首輪にリードをつけ終わると、怜人はお願いした。


「いいよ。その代わりフンの処理もお願いするからね」


「やるやる!」

 沙織から道具一式とリードを受け取った怜人は破顔した。


「けっ!」

 何が気に入らないのか全くもって不明だが、央香は不貞腐れた。


「央香ちゃんは私と手を繋ごうか」

 沙織は薄く笑い、央香に手を伸ばした。


 引き続き央香はムスッとした顔だったが、沙織と手を繋ぐ。バロンを連れた怜人が歩き始めると、二、三歩遅れて二人がついてきた。


 散歩を開始してから十分近く経ち、バロンが五回目のオシッコを電柱にかける。


「こやつ、何回シッコをすれば気が済むんじゃ? 出しすぎじゃろ?」


「まぁ、マーキングの意味もあるから」

 鼻を鳴らす央香に、沙織は苦笑いであった。


 直後、バロンがふんばる。


「今度はウンコか。外でウンコをすることに、何ら抵抗を感じておらん。やはり、犬畜生じゃのう」

 央香はバロンを小馬鹿にし、ケラケラと笑った。


 怜人はフンの始末をした後、央香を睨み付ける。


「お前、さっきからグチグチとうるさいぞ。リードを放しちゃおっかなぁ」

 そう言って怜人はリードを放すような仕草をし、バロンも央香を威嚇する。


「いやはや、さすがお犬様! ノグソも粋ですな!」

 央香は腰を低くし、両手を揉みながらペコペコした。


「プッ……何それ」

 変わり身の早さが面白かったのか、沙織は吹き出した。


 それから、散歩コースの折り返し地点である小さな公園に到着し、怜人はバロンに水分補給をさせるべく園内のベンチに座った。


 沙織が怜人の横に座り、バロンは怜人と沙織の前に座らせる。怜人がペット用のウォーターボトルを取り出すと、

「寒いのに砂遊びとは、元気な童共じゃのう」

 央香は目の前の砂場をチラチラ見ていた。


 砂場には見た目が央香と同じくらいの男児と女児がおり、砂山を作って遊んでいる。央香がベンチに座らずソワソワしている様子から怜人は察した。


「お前、行きたいんだろ? バロンに水分補給をさせなきゃならんし、俺と沙織ちゃんはここで少し休んでるから行ってきていいぞ」

 怜人はバロンに水を飲ませつつ、央香に言った。


「ふん……たまには神自ら童と触れ合ってやるか」

 央香は偉そうにして砂場へと向かった。


「フフッ、央香ちゃん可愛いなぁ」

 沙織が笑みを含んで呟いた。


 ……どこが?

 と、怜人は眉をひそめるが、沙織は頬を緩めて央香を見つめていた。


「おーい童共! わしと信玄堤を作らんか?」


「どんな誘い方してんだよ」

 央香がとんでもない声のかけ方をしたので、怜人は思わず反応した。


「なにそれー?」

 女児がキョトンとした顔で言った。


 当たり前である。


「やはり童にはわからんか。よいか、まず川を作ってから二分にしてじゃな……」


「えーわかんない」


「おまえ、しゃべりかたがへん」

 央香が信玄堤の説明を開始したが、女児には困惑され、男児からは文句を言われていた。


「喋り方が変じゃと? テレビ埼玉の人気番組に出ている芸人と同じで、お前らにも馴染みがあるじゃろうが」


「あれは岡山弁だろ」

 怜人がボソッと言うと、沙織は笑い声を出した。


「それから、お前と呼ぶでない。わしは神じゃぞ。敬語を使わんか、敬語を!」

 央香は頬を膨らませ、そう言った。


 本当に央香は神様であるのだが、

「うそだぁ!」

 男児は全く信じる様子はなく、

「けーごってなに?」

 女児に至っては敬語という単語が気になっているようだった。


「嘘ではないわ! よかろう……神である証拠を見せてやる。かめ〇め波を撃ってやろうではないか」


 どうせ、光らせるだけだろ。ホタルじゃん。

 と怜人は内心ツッコミをした。


「べつにいい」

 男児はそう言い、遊びを再開しようとする。


「待て! よし、特別に最近覚えた神の呼吸法とやらを見せてやる! はっ! ふぅううう……はぁあああ……こぉおおお」

 央香は深呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと動作をし始めた。


「……太極拳?」

 沙織が怜人に不可解そうな顔を向けてきた。


 沙織が言う通り、央香の動きはほとんど太極拳……というか太極拳体操に似ていたが、

「いや、央香が単に呼吸しているって技」

 怜人は平坦な口調で答えを述べた。


 その言葉に沙織はまた吹き出し、怜人も釣られて口元を緩めた。


「ほうっておこうぜ」

「すなだんごつくろー」

 男児と女児にスルーをされた央香は動きを止め、


「やれやれ仕方がない、今回は童共に合わせてやるかのう。超一流の砂団子職人であるわしの絶技、とくと見るがよい!」

 と言って砂遊びに参加した。


「央香ちゃん……ホント可愛いなぁ」

 沙織は恍惚として央香を眺めていた。


「沙織ちゃんって趣味悪くない? あいつのどこが可愛いのよ? 態度は尊大だし、平気で嘘はつくし、お金は勝手に使うし、いいとこなんか全然ないよ?」

 怜人は不快感を滲ませて言ったが、


「んー。見た目が可愛いから全部許せちゃう。可愛いは正義!」

 沙織は笑顔でそう答えた。

 

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