第四章
央香様の華麗なる夕食
「おい」
「何じゃ?」
怜人の呼びかけに、央香は素知らぬ顔で返事をした。
「自分のスープに入っているセロリを、沙織ちゃんのスープに移すな」
「はっ! セロリは歌だけで良いのじゃ。食わなくてもよかろ」
「どういう理屈だよ」
怜人は央香を睨みつつ、これ以上沙織のスープに入れないよう手で止めた。
央香がアルバイトを始めてから一週間が経った、土曜日の夜。
沙織が食事を作りに来てくれ、三人一緒に夕食を食べている状況であった。
夕食のメニューはオムライムと野菜スープで、野菜スープはコンソメベースの味付けとなっており、具は卵と玉ねぎとキャベツ、そして央香が嫌いな野菜の一つであるセロリも入っていた。
二品とも怜人的には大満足な美味しさなのだが、央香は好き嫌いが多く、特に苦みがある野菜は絶対に食べない。
折角沙織が作ってくれたのに失礼極まりない行為であり、怜人は央香への躾が甘かったと後悔し、沙織への申し訳なさでいっぱいになった。
「沙織ちゃん、本当にごめんね。そのセロリ、俺がもらうよ。あと、沙織ちゃんも央香にガンガン文句を言っていいから」
怜人がそう言い央香に鋭い視線を向けたが、
「ううん、私はセロリ好きな方だし大丈夫。子供って舌が敏感だから、苦みを感じやすいんだと思う。央香ちゃんも次第に食べられるようになるよ」
と、沙織は柔和な笑みを浮かべた。
「うむ!」
沙織の気遣いに礼を述べるわけでもなく、ただ央香は自信に満ちた表情で頷いた。
「央香は五百五十三歳だよ? この中で一番若いの沙織ちゃんだからね」
怜人が呆れ顔で言うと、沙織は目を大きく開く。
「あっ……そっか。でも、子供の姿をしているから苦手なのかもしれないよ」
「関係ない、全然関係ない。こいつは、単純に好き嫌いが多いだけ」
「そうかなぁ。無理して食べる必要はないし、焦らなくてもいいんじゃない?」
自分が作った物を無下にされてもこの態度である。
この子は優しすぎる。というか、央香に甘すぎる。
沙織の言動によって、怜人は毒気を抜かれた。
「沙織ママァ! わし、次は頑張って食べるから!」
「え? ……ママ?」
央香にガバッと抱きつかれ、沙織は困惑していた。
「沙織ちゃんを母親扱いするな。まだ十五歳だぞ」
「いや、沙織からは潜在的にバブみを感じる」
「……ば……ばぶみ?」
ニヤリとする央香であったが、沙織は余計に混乱しているようであった。
「アホなこと言ってないで、セロリを食え」
怜人は自分のスープに入っていたセロリをスプーンで三つすくい上げ、央香のスープの中へ入れた。
「ママァ! 頭カチカチであそこもカチカチの奴がわしをイジメるぅ!」
央香は沙織にしがみつき、なぜか胸を揉み始めた。
「お、央香ちゃん。わ……わかったから……胸を揉まないで」
沙織は顔を真っ赤にし抗っていたが、頑としてやめない央香。
「お前、沙織ちゃんの前で下ネタを言うのとセクハラするのやめろ」
見兼ねた怜人が注意するものの、
「羨ましいんじゃろ? ほーれほれ!」
央香は沙織の胸を揉みしだきながら挑発してきた。
「さぁて、何秒持つかな」
怜人は怪しく笑い、ポケットから操玉を取り出した。
すると、パッと沙織から離れた央香は一つ息を吐き、自分のスープカップを持ち上げ満面の笑みを浮かべる。
「まぁ、何ということでしょう! 匠の技によって、絶対に苦いぞということが視覚から伝わってくるようです。特筆すべきは、他の野菜と比べ凛とした色味! 苦み満載の素敵なセロリとなりました」
「何そのナレーション」
沙織がクスッと笑い、央香はしたり顔となったが、怜人は黙ったまま無表情で見つめ続けていた。
央香は怜人の視線から思惑を感じとったのであろう、素の表情に戻っていく。
「はい。五……四……三……」
怜人が操玉をにぎにぎしつつカウントダウンを始めると、央香は悔しそうに唇を噛む。
「わしは人間をやめるぞ! 怜人!」
央香はスプーンを手にし、大声を上げた。
「うるさいな、早く食え。それと、お前は元々人間じゃないだろ」
怜人が真顔でツッコミをすると、沙織はプッと吹き出し、威勢が良かった央香の動きは止まった。
暫し、怜人と央香が見つめ合う。
……絶対に食えよ。
そう、怜人が目で訴え続けていると、央香は観念したのか野菜スープを食べ始める。
央香は目を閉じ、野菜スープを食すことに集中しているようであった。
沙織は驚きの表情で眺めており、怜人も初めてセロリを食べている央香に注視した。
噛む動作を何度かした後、しっかりと飲み込む。
央香は口角を上げ、怜人に目で答えを送ってきた。
遂に苦手な野菜を食べた!
と、怜人は頬を緩ませたが……。
デッテン!
「うぇええ」
謎の効果音と同時に、央香はスープカップにセロリだけを吐き出した。
「お前はマジシャンか」
怜人は思わずフッと笑ってしまい、ツボに入ったのか顔を伏せて肩を揺らし続ける沙織であった。
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