やっぱりおっさんだな


「怜人ぉ。わし、今回は割りと頑張ったじゃろ? 食べてぇ」


「えー、お前が吐いたのを食うの?」

 セロリだけが入ったスープカップを差し出され、怜人は露骨に嫌悪感を示した。


「間接キスとか気にしないタイプじゃから安心しろ。わし特製のセロリの唾液あえ、今回は特別に味わうことを許す」

 央香は腕組みをし、にんまりと笑った。


「何が許すだ……ほうれん草の胡麻あえ風に言うなよ。ったく、しょうがないなぁ」

 一度吐き出した苦手な野菜を央香が食べるわけがなく、かといって沙織が作った物を捨てるわけにもいかないので、怜人は渋々唾液まみれのセロリを食べた。


「沙織、セロリ以外は美味いスープであったぞ!」


「ありがと」

 沙織が嬉しそうに口元を緩めた。


 偉そうな態度なので窘めようと怜人は口を開きかけたが、オムライスを食べている央香の口の周りにケチャップがついているので、気持ちが萎えていき怒るのはやめた。


 その後は和やかに談笑し、夕食を終えた。


 怜人は沙織と一緒に食器を洗い終えると、沙織が自作し持ってきてくれたパウンドケーキと紅茶で一服することにした。


 甘い物が大好きな央香は早々に自分の分を平らげ、物欲しそうに怜人と沙織の分を見てきたので、怜人と沙織は自分の分を半分ずつ央香にあげた。


 央香がにこやかに咀嚼している様を眺めつつ、ふと怜人の視線が沙織と交わる。沙織が薄く笑ってきたので、怜人の表情も視線と緩んだ。


「央香ちゃん、あの話を怜兄にしなくていいの?」

 全員がパウンドケーキを食べ終えたタイミングで、沙織が央香に言った。


「あ、そうであった。怜人、話があるんじゃが」

 央香はハッとしたような顔になり、怜人に目を向けてきた。


「話? もしかして、レト6の件か?」


「そうそう! 何でやらしてくれないのじゃ!」


「未成年なんだから、保護者同伴じゃなきゃダメなんだよ」

 この前、央香と二人で駅前に行った時、宝くじ売り場に央香が反応し、レト6を購入して借金を返したいと言い出したのである。


「レト6は宝くじなんだから未成年でも買えるじゃろうが! わし、ネットで調べたんじゃからな!」


「あの売り場が未成年は購入できないよう、自主的に規制してるんだよ。いいことじゃないか」


「どこかじゃ! 納得できんわ! あんのクソガキ!」

 売り場の女性は初老だったのが、央香からしてみたらガキなのか。


「ていうか、コツコツ借金を返すって約束したろ。宝くじは禁止です」


「約束はパイの皮のようなもの、破るためにつくられる」


「何一丁前に英語のことわざ使って、インテリぶってんだよ」

 キメ顔をしてきた央香に、怜人は鼻で笑った。


「このパイっておっぱいのことじゃろ? おっぱいを見るには、ブラジャーという皮を取らなければならない、というありがたい言葉じゃな」


「全然意味が違うわ!」

 怜人は唾を飛ばした。


「あのう……二人は何の話をしてるの?」

 沙織が困り顔で割って入ってきた。


「え? あ、ごめん。央香が宝くじ売り場で駄々をこねたんだよね。幼女が買えるわけないのにさぁ」


「じゃからぁ! わしは二十歳をとっくに超えておるわい!」


「央香ちゃん、宝くじはまだちょっと早いんじゃない?」


「沙織までそんなこと言うのか……わしは一人なんじゃな。いつも……一人なんじゃ。孤独は寂しい。寒い……寒いよ! 私、凍えちゃうよぉ!」


「それ、どうせ【ラセンの花】であった台詞だろ?」

 央香が急に芝居かがった口調になったので、怜人は察した。央香がニヤリとしてきたので、どうやら正解だったようである。


「あのう……央香ちゃんが話したかった件はこれじゃないんだけど」

 と、沙織が真剣に言ってきた。


「あ……違ったんだ。じゃあ何?」

 怜人は眉を寄せ央香に顔を向けるが、

「……何じゃったっけ?」

 こいつもわかっていないようであった。


 沙織は軽く溜め息を吐いたが、頬を朱に染め央香に耳打ちをした。


「あーあー、そうであったな!」

 央香は思い出したのか身体全体で頷き、真面目な顔つきになる。


「最近、沙織が使っているブラジャーのサイズがきつくなっているらしい。全く中学生なのにけしからん……」


「違うよ!」

 話し始めた央香を咄嗟に沙織が遮断した。


「何が違うんじゃ? Dカップのブラジャーがきつくなってきたから、そろそろEカップにしないとダメかなぁと申しておったろ?」

 央香が淡々と述べるが、

「そっ! それはそうだけど……違うって! 私の話じゃないでしょ! 央香ちゃんの下着や服の話でしょ? 怜兄、私のじゃないからね!」

 沙織は顔を林檎のように赤くして反論した。


「央香の下着や服ってこと?」

 怜人が落ち着きを払って聞くと、沙織の顔色が徐々に戻っていった。


「うん、そうだよ。央香ちゃん、今の状態なら莉子ちゃんのおさがりでいいだろうけど、最近アルバイトを始めたでしょ? 大人の姿になっている時に合う下着や服がないんだよ」

 沙織は一旦央香に目を向けた後、怜人にそう言った。


 ちなみに、莉子りことは怜人の姉の名である。


「うむ! 沙織よ、説明ご苦労であった」


「もう……央香ちゃんの意地悪」

 沙織は恥ずかしそうにして口を結んだ。


「沙織にむくれられるのは、案外悪くないのう」

 と言って、央香は鼻の下を伸ばした。


 見てくれは完璧に愛らしい幼女だが、内面は単なるおっさんである。

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