第二章

ミニパンダに熱湯を


 央香に使われた生活費を補填するべく、怜人は駅前にあるカレー屋でアルバイトを始めることにした。


 シフトは週に三回、月水金の午後五時から午後九時までの四時間と決めたが、昨日の金曜日は模試対策の特別授業が急遽入ったのでアルバイトに行けなかった。その代わりに、怜人は本日土曜日の午前九時から午後一時まで働いた。


 業務を終えた怜人は、賄いでもらったトマトカレーを二つ持って帰り、央香と一緒に食べた。


 食後に少し休憩し、怜人がダイニングテーブルで勉強を始めると、央香は怜人の斜め前に座り、漫画を読みつつメイプルファンタジーをやっていた。


 央香の格好はパンダの着ぐるみで、家から出ない時は大体この姿だった。


 勉強をして、おやつの時間になったら央香に一口ドーナツを与える。その際、勉強からの疲労を感じた怜人は、眼鏡を外して目の周りをマッサージした。


 最中、ふんふんふんという央香の鼻歌が聞こえた。


 怜人は眼鏡をかけ直して央香を見ると、あからさまに上機嫌な様子でメイプルファンタジーをプレイしていた。確認する必要はないかもしれないが、一応透晶越しに見たところ機嫌:良となっていた。


 ご機嫌なのは別に悪くないが、鼻歌まで出ているので何となく怜人は嫌な予感がした。


 というのも、央香の機嫌が良くなるのは好きな物を食べている時か、メイプルファンタジーで狙ったキャラクターが出た時と決まっているからだ。


 好物のトマトカレーを食べたからではなく、央香の機嫌は朝から良かった。


 そこから導き出される答えは……。


 怜人は携帯電話を取り、メイプルファンタジーを起動させた。


 怜人は央香とフレンド登録をしており、保有のキャラクター全てを見れるわけではないが、装備中のキャラクターは見ることができる。央香は決まって新キャラクターを装備するタイプなので、新キャラクターを獲得したかどうかは概ね把握可能だった。


 怜人は央香が装備中のキャラクターを確認すると、即座に目を見開いた。


 央香の装備中のキャラクターの中に、昨日登場したばかりのアラスカンマラミュート神、更にレア度が高い子犬バージョンがいたのである。


 しかも、そのキャラクターはレベルが上限に達しており、カウンターストップこと俗にいうカンスト状態であった。


 不審に思った怜人はもう一度透晶越しに央香を見たが、負債額は先週と同じで十六万五千円のままだった。


 ……これはおかしい。


 怜人は携帯電話をテーブルの上に戻し、

「おい。ミニパンダ」

 と、央香に声をかけた。


「ちゃんと名を呼ばんか」

 いつもであればミニパンダで央香はプンプンするのだが、機嫌が良いからかにこにこしていた。


「スーパーバッドオバ香神様」


「ぐるぅぁああ!」

 機嫌が良くても悪口には限界があったようである。


「今日はご機嫌だな?」


「今丁度、機嫌が悪くなったがな!」

 央香は真剣に睨んでいるのだろうが、恰好が恰好なので怜人は凄みを全く感じなかった。


「早速、アラスカンマラミュート神を獲得したみたいだね」


「フッ。しかも子犬バージョン! 羨ましいじゃろ?」

 央香はドヤ顔で言ってきたが、怜人は無表情のままだった。


「そうだね、確かに羨ましいよ。それはひとまず置いておいて、お前……ガチャをやるだけのシロップが残っていたのか?」


 怜人がそう聞くと、央香は手は止め徐々に顔を背けていった。


 シロップとは、メイプルファンタジー内の通貨であり、主にキャラクターを獲得するためのガチャガチャや、キャラクター育成アイテムを手に入れるために使用する。


 先週の土曜日、ジャコウネコ神が中々出なかった央香は、母からもらった追加の生活費を全額メイプルファンタジーに使い、シロップを購入してガチャガチャをやりまくった。


 結果、央香は何とかジャコウネコ神を出したが、シロップの残量はギリギリだった。


 毎日無料でシロップは補充されるが、少量であり何回もガチャガチャを回すことはできないので、央香が保有していたシロップの残量では、レア度が高いキャラを出すことは極めて困難だと怜人は推測していたのである。


 というか、無断でお金を使ったと疑っていた。


「……うん……残しておいたのじゃ」

 央香が消え入りそうな声で言った。


「嘘だな。こっちを見ろ」

 央香の態度で、怜人が感じた疑惑は確信に変わった。


 央香は怜人に顔を向けてきたが、目が完全に泳いでいる。


「お前、お金を使ったな?」

 怜人が鋭い視線を送ると、央香は暫し沈黙していたが、

「つっ……使ってない! 怜人の金は使っておらんぞ!」

 と言い返してきた。


「俺のお金は使ってない?」


「あ……う」

 言い訳からぼろが出たことを逃さない怜人に、央香は苦い顔をして俯いた。


「誰のお金を使ったんだ? 誰からもらった?」

 引き続き、怜人は険しい顔で詰問をしたが、央香は口を結んだままで返答してこなかった。


 怜人は追及しようと口を開こうとしたが、央香がパフォという効果音と共に、

【黙秘権を行使する】

 と書かれた白いプラカードを出してきた。


「黙秘権とか、小賢しいことばっかり覚えるのな」


【あざまる水産!】

 央香はまた、音付きの白いプラカードで返事をした。


「褒めとらんわ。てか、普通に喋れ。そして早く答えろ」


【断固拒否!】


「ったく、毎度要らんことに神気を使ってばかりだな。いいからさっさと言え、続けるならお湯をかけるぞ」

 怜人は大きな溜め息を吐き、そう言った。


【言えぬ!】

 央香がまだ続けるので、怜人は真顔で睨む。


 パフォ!


【わしは口が堅いのじゃ】


 パフォ!


【堅いといえば、怜人のあそこもたまに硬くなる】


 パフォ!


【こらー、シコシコ代を取るぞ】


「っしゃ! 熱湯かけよ!」

 怜人がバンッとテーブルを叩いて立ち上がると、

「待て! 冗談じゃ! 冗談!」

 央香は降参のポーズをした。

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