怜人の幸運な一日


「やむを得ん……見るだけではなく揉んでもよいぞ。シコシコ代は持ってけ泥棒!」

 央香は怜人の両肩を掴み、うんうんと頷いた。


「お前……エジプシャンマウ神が欲しいんだろ?」

 怜人が半目で睨むと、央香の目が露骨に泳ぐ。


「欲しくないと申せば嘘になるやもしれぬし、嘘である可能性も多少なりとも感じており、その感情に身を任せるのは非常によろしくなく、真摯に向き合うべきじゃと思い始めておる」


 ええいっ回りくどい!

 そう、怜人は更に睨み付ける。


「要するに、欲しいんだな?」

 怜人が再確認すると、央香は咳払いをし、両手を口元に近付けコクリと顔を動かした。


 可愛らしい仕草であり、沙織なら落ちただろうが……。


「やらん」

 怜人には効かなかった。


 央香の口がピクピクし始め、眉が吊り上がる。


「貴様ぁ! 乙女の純情を踏みにじりおって! お前の携帯を渡せ! そしてエジプシャンマウ神をわしによこせ!」

 央香は怜人に覆い被さるように乗っかり、携帯電話を奪おうとしてきた。


「誰が乙女だよ。遂に本性を現したな! このオバ香神!」


「誰がオバ香神じゃあ!」


「いいから離れろ! 重いんだよ!」

 怜人が吼えた。


 央香はとてつもなく美人でスタイルも良いが、本性を知っている怜人は何の魅力も感じず、そもそも女性として見ていなかったので、単なる重りでしかなかった。


「乙女に重いとか申すな! この阿呆が!」


「誰がアホだ! このスーパーバッドオバ香神が!」


「その呼び方やめんかぁ!」

 最早子供のような喧嘩であったが、当人達にその自覚はなかった。


 罵り合う攻防がしばらく続いたが、

「あれ? ……大崎君?」

 と聞いたことがある声が聞こえ、怜人の動きが止まった。


「山中……さん?」

 怜人は目を見開き、一瞬身体が完全に固まった。


 身長は百五十センチちょっと、黒髪セミロングに愛らしい垂れ目が特徴的な端正な顔立ちをしている女子。服装はファーが付いた青色のコートにピンク色のスカートで、清純そうな見た目とバッチリ合っており、さながら妖精のようであった。


 山中有希子。


 怜人の想い人。


 その人物が目の前にいるのである。


 怜人は咄嗟に央香を振り払い、直立不動になった。


「誰? 有希子の知り合い?」

 山中の隣にいる女子が、山中に聞いた。


 身長は山中より少し高く、茶髪のボブカットにキャスケットを被っており、服装などを含めて怜人はボーイッシュな印象を受けた。


「うん。ウチのクラスメイトの大崎怜人君。すっごく勉強が得意なんだよ」

 山中はボーイッシュな女子に向かって言った後、怜人へ微笑んだ。


 ドクンッ。


 あまりの可愛さから怜人は心臓をつかまれた感覚がし、

「いやぁ」

 火照った顔がバレないよう俯いた。


「今日は買い物? このフロア、女性物がメインだけど」

 山中は軽く首を傾げた。


「あ、いや。こいつ……じゃなくて、従妹の買い物の付き添いなんだ」

 誤解されたら最悪だ。

 と、怜人は焦って山中に説明した。


 山中は怜人から央香へと視線をずらすと、そのまま近寄ってきた。


「初めまして、大崎君と同じクラスの山中有希子です。わぁ、凄くお綺麗ですね。モデルとかされているんですか?」

 山中はにこにこしながら言い、央香へ握手を求めているかのように手を差し出した。


 央香はスッと立ち上がり、山中の手を握る。


「大崎央香。モデルとかはしていません」

 不愛想ながらもまともに応対し、怜人は央香が敬語を使ったことに驚いた。


「えー、勿体ないですよ。だってそんなに……」


「有希子、悪いんだけど」

 喋り続けようとする山中をボーイッシュな女子が止めた。


「あ、そうだったね。ごめんごめん」

 山中はボーイッシュな女子に謝った後、央香から手を放す。


「ではまた、機会があれば是非お話をさせてください」

 山中は央香にお辞儀をし、

「大崎君、明日また学校でね」

 最後に両手を小さく振った。


「あ、うん」

 怜人も手を振り返すと、山中は破顔した。


 ……可愛すぎる。


 怜人が呆けている中、二人はトイレの中へと入っていた。


「あれがお前の好きな女子か?」

 央香に聞かれ、怜人は我に返る。


「そ……そうだよ」


「締まりのない顔をしおって……情けない」

 央香は怜人を蔑視してきた。


「いいだろ別に!」

 恥ずかしさから怜人が強い口調で言うと、なぜか央香は不機嫌になり横を向いた。


 央香の態度に少し眉を寄せる怜人だったが、そんなことはどうでもよいので気にするのはやめ、幸せな体験を振り返る。


「メイファンのデイリーガチャでエジプシャンマウ神が出ただけじゃなく、まさか山中さんに会えるなんて……今日は最高の日だよ。明日、事故に遭わないよう気を付けないとな」

 怜人がホクホク顔で言ったが、

「バカバカしい。そろそろ、沙織を迎えに行くぞ」

 央香は笑い飛ばすと、怜人の手を握り強引にこの場から離れた。


 丁度、買い物を終えた沙織と合流し、三人は買い足す物がないか確認しながら他のショップを幾つか見て回った。


 最中、央香の成人状態化の時間制限が迫ってきたので、沙織に央香を託してトイレで着替えをしてもらい、再び合流すると地下のフードコートで昼食を食べた。


 最後に、沙織が所望したアップルパイを央香の分も含めて買って帰宅。


 こうして、怜人の幸運な一日は終わった。

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