そろそろ本気で考えないと……


 央香の態度に嘆息しつつも、怜人は物思いにふける。


 山中との仲は前と比べて良くなっているものの、それが自分へ好意を向けてきてくれているからなのかはわからないし、央香が言うには違うらしいし、正直なところ怜人としては今の状態を保ちたい気持ちの方が強かった。


 しかしながら、このままではいけないという気持ち、焦っているのも事実であった。


 なぜならば、学年が上がると山中とは別のクラスになるであろう。と怜人は推測しているからである。


 怜人の高校は進学校であり、一年生は全員同じ授業を受けるが、二年生からは文系、理系、そして国公立と志望校別にクラスが振り分けられる。怜人は国公立志望だが山中は文系志望らしいので、学年が上がれば二人は十中八九別のクラスになり、会えるのはせいぜい選択授業の時くらいだと予想される。


 その結果、どうなってしまうのか?


 学年でも際立つ存在の山中と、クラスでも目立たない存在の怜人。


 今は同じクラスだからかろうじて会話ができているものの、クラスが別になれば接点を持つことは皆無に等しいと怜人は考えていた。


「んー。確かに山中さんに告白するなら、今がベストなのかもな」

 怜人は渋い顔つきとなり、独りでに言った。


「おい。あの女狐はやめろと何度も忠告しているであろう? あの女狐以外にせんか」


「山中さんの何がダメなわけ?」


「性根じゃな。あの女狐の性根は腐っておる。お前には合わん」

 央香はきっぱりと答えた。


「自分の性根が腐っているから、清らかな山中さんが嫌いなんだろ?」

 と怜人が冗談まじりに聞くが、

「たわけたことを申すでない。とにかく、あの女狐はいかん」

 央香は確固たる面持ちであった。


 大きく一つ息を吐き、また怜人は思案する。


「そもそも、央香が神界へ帰れる条件って、俺の恋が成就しなければならないんだろう? 俺が好きでもない奴と付き合っても帰れるのか?」

 考えている最中、怜人は疑問を口にした。


「誰でも良いわけではない。怜人が好きになった女子と付き合う、想いが成就しなければ目的達成とはならん」

 そう答えた央香は、若干表情が和らいだ。


「だったら、山中さんじゃないと無理じゃん。俺が山中さんに惚れたから、お前がやってきたわけだろ? それが、今更他の人に惚れろって無茶を言うなよ。俺の初恋なんだぞ?」


「恋は盲目というであろう。女狐が良いのは外見だけじゃ。悪いことは言わんから、他の女子に切り替えていけ」

 央香は再び厳しい顔つきになり、怜人の意見を全く受け入れなかった。


 珍しく強固な姿勢の央香に、多少は自分のことを配慮してくれているのだと感じた怜人であったが、表情は芳しくなかった。


「好きな相手をそんな簡単にポンポンと切り替えられるわけがないだろ」


「そこを何とかしろ。祭りに間に合わんじゃろうが!」


 いや、やっぱりこいつは自分のことしか考えていない。

 そう思い直した怜人は央香を睨む。


「おっと。相手を変えろと申したが、わしには惚れるなよ。神と人間の恋愛は上手くいかん」

 何を勘違いしたのか照れながら言ってきた央香に対して、

「お前に惚れるくらいならゴキブリの方がマシだわ」

 と、怜人は言い放った。


「何じゃとぉ! この愛らしいスーパーゴッド央香神様がゴキブリ以下と申すか!」


「申してる申してる」

 憤慨する央香に対し、怜人は表情一つ変えずにうんうんと頷いた。


「……こやつ。本当に礼儀知らずな奴じゃな!」

 央香が苦虫を嚙み潰したような顔になったが、怜人は鼻を鳴らす。


「どっちが礼儀知らずだよ? お前より自分勝手な奴はいないっつーの。というか、央香は借金が二十万円あるんだぞ? 俺の恋愛がどうこうの前に、借金を返さなければ神界へは帰れないだろ? 央理様からの手紙にそう書いてあったじゃん。どの道、祭りには間に合わないよ」

 怜人が説明し終えると、央香が無表情になった。


 三日前、エジプシャンマウ神がどうしても欲しかったのか、央香は給料の前借りと言って怜人に一万五千円借りた。借金を返すためにアルバイトをしているはずが、給料を前借りとか全く持って無意味な行為であり、欲望のままに生きている央香らしいといえばらしい……。


 とにかくも、現在央香の負債額は二十万円になっていた。


「競馬で一発当てるから大丈夫」

 央香は自信満々に言った。


「どこが大丈夫? だから、ギャンブルはするなって言ったよね?」


「ならば、母様に泣いて土下座して許しを乞う」

 そう言った央香の表情は至って真剣であり、

「真面目な顔をして言うことか。相変わらずクズだなぁ」

 怜人は脱力した。


「怜人……頼む……頼むから祭りに行かせてくれ。皆で騒げる年に一度の楽しみなんじゃ」

 央香は半泣き状態となり、怜人に懇願してきた。


 ……こうなると絶対に言うことを曲げないから、面倒くさいんだよな。


 怜人は大袈裟に溜め息を吐き、携帯電話を取り出した。


 央香を神界へ帰すためだけではないが、怜人は山中に告白することを決め、埼玉県内で縁結びや良縁にご利益がありそうな神社を検索し始めた。


 というのも、快央神社信仰者の怜人であるが、こっちについているのは央香のみ。丸っきり当てにならないので、恋愛成就に強い神社で祈願しようと怜人は思ったのである。

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