ヘアスタイルを変えてみよう


「怜人、何をやっておるのじゃ?」

 怜人が髪にヘアワックスを付けて早々、央香がやってきた。


「ヘアワックスで髪型を整えてみようかなと」


「完全に色気づきおって」

 央香は呆れているような目を向けてきた。


「いいだろ別に、ほっとけ」


「リビングでやればよかろう」


「あそこ、鏡がないじゃん」


「怜人の部屋に卓上の鏡があったな、それを持ってきてやるからこっちでやれ」

 央香はそう言い、洗面所から離れて階段を上がっていった。


 別にここで良かったんだが。と思いながらも、怜人はヘアワックスと雑誌を持ってリビングへと行き、ダイニングテーブルの椅子に座った。


 程なくして、央香が卓上鏡と一冊の漫画を持ってきて、怜人の前にその漫画を置いた。


「なぜこの漫画を持ってきた?」


「怜人がモテないのは怜人が悪いからじゃ。慣れないことをすると、更に恥をかくぞ」

 央香がクスッと笑ったので、怜人はもう一度漫画に目を向ける。


 この漫画は、己を喪女と認めないぼっちの女子高生が、青春を謳歌しようとあの手この手で奮闘する姿を、コメディあり哀愁ありで描かれたものである。


 央香の言いたいことは伝わったが、

「だけど、この主人公は今リア充だし、頑張って報われてるじゃん」

 最新話の方では高校生活を充分に満喫しているので、自分もいけるのではないかと怜人はプラスに考えた。


「ったく……わからず屋じゃのう。では、致し方ない。怜人はセンスがないし、わしがやってやるとするか」

 央香が腕まくりをした。


「え? 央香が俺の髪をセットするの? できる?」


「わしは神じゃぞ! 髪のセットくらい容易いわ!」

 央香は胸を張って言い、怜人にリビングの床へ座れと指をさしてきた。


 怜人はリビングの床であぐらをかくと、央香が後ろにきたのでヘアワックスを手渡した。


「で、どんな感じすればいいんじゃ?」


「毛を少しツンツンさせてみて」

 怜人が指示すると、央香は相槌をしヘアワックスを手に付ける。央香に髪を触られ、理髪店以外で誰かに髪を触ってもらうことがなかった怜人は、心地良さから睡魔に襲われた。


 何分か寝てしまい、

「できたぞ」

 央香に身体を揺すられ、怜人はパッと目を開く。


 央香は怜人の前におり、両手で鏡を持っていた。


 鏡に映っている怜人の髪はツンツンと立っていたが、

「おー、髪の毛がツンツンになってる……じゃなくてなりすぎぃ!」

 立ちすぎていてウニみたいだった。


「いが栗ヘアーじゃな。よしよし」


「よしよし、じゃない! ダメに決まってんだろ!」

 央香が額を拭って一息つこうとしたので、怜人は央香の腕をつかんだ。


「えー。だったら、もっと細かく要求せんか」

 央香にそう言われ、怜人はダイニングテーブルから雑誌を持ってきて開くと、ソフトモヒカンのモデルを見せる。


「うーん。じゃ、このソフトモヒカンってやつ」


「モヒカン? ヒャッハーする気か?」


「しないわ! この人あんなに髪の毛が逆立ってないだろうが」

 怜人がソフトモヒカンのモデルをトントンと指さすと、央香は小声ではいはいと言いながら、後ろに回った。


 髪のセットが始まり、今度は起きていようと怜人は目に力を込めていたが、気持ち良さに抗えずまた眠ってしまった。


「仕上がったぞ」

 怜人は央香の声で起き鏡で状態を確認すると、思いっきり眉を寄せる。


「おい! 誰がこんなに頭の中心で立てろと言った!」

 髪の全体がつむじに集まり、そこだけがピョンと立っていたのだ。


「写真の通りやったであろうが」


「どこかだよ。ワックスを付けすぎだし固めすぎ。これじゃあ球根というか、某国民的アニメの玉ねぎ男子じゃん」

 見た目、そのまんまであった。


「ふははっ! 似ているのぅ! あははははは!」

 央香は四つん這いになって床を叩き、笑い声を上げた。


「おいこらぁ! 早く直せ!」


「ひぃひぃ……腹が痛い」


「もう自分でやる」

 笑い続ける央香に怜人はムカッとし、立ち上がった。


「わかったわかった。ちゃんとやってやるわい。座り直さんか」

 央香はまだニヤニヤしていたが、しっかりと怜人の行く手を阻んできた。


「マジでやれよ」

 怜人は溜め息を吐きながら座り直し、

「髪の毛を遊ばせるような感じで、ガッツリ固めなくていいからな」

 と注文した。


 央香は首を縦に振り、怜人の髪をセットし始める。今度こそは眠らないようにし、怜人は髪に意識を集中させていた。


 途中から、明らかに指示とは異なる感じがしたので、怜人はツッコもうかなと思ったが、とりあえず最後までやってもらうことにした。


「ん」

 央香が終わったと目の前に来たが、既に口がピクピクしているので嫌な予感しかない。

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